2 仲裁裁判
マーガレットがまず言い分を話し始めた。
「依頼は、マーベラス・ストロベリーの採取だったんだ。」
マーベラス・ストロベリーって、なんだ。
「苦いイチゴだよ。薬草として使うんだけど、私は普通のイチゴと区別が付かない。一方で、マーベラス・ストロベリーは、東の森の崖に生えていて、そこだとミドルウルフが出るから、こいつ一人だと危険なんだ。あ、こいつは、Fランクの亀道隼人っていう奴で、全然闘えなく有名な奴なんだ。手渡しはDランクのマーガレット。私は、いつもの仲間が今日は全員都合が悪いから、たまたまこいつと組むことにしたんだ。あ、そっちのルソーもいつも私たちと組んでる。」
マーガレットが続ける。
「それで、今朝、誰も組む奴がいないってなって、依頼書見ても特に手頃なのがないから、こいつに声を掛けたんだ。それで、丁度、こいつが薬草採取できるっていうもんだから、私が警備、こいつが採取っていうことで、この仕事を請け負ったんだ。そのときには、私が三分の二、こいつが三分の一の取り分の約束だった。」
「ところが、こいつは、行く道からずっとじろじろいやらしい目で私のこと見てるし、狭い道では、私に触ろうとしてくるから、振り払おうとして私が転んだんだよ。」
「崖でこいつが採取している間、私はミドルウルフを何頭もやっつけていたんだが、そのうちに私の剣が折れてしまったんだ。」
「ギルドに帰ってきたら、採取したストロベリーの一つが、上位種のグレート・マーベラス・ストロベリーだって分かったから、買取額が高くなった。ところが、私の折れた剣の分は、私が負担するとなると私の方は足が出る。そもそも剣が折れたのはこいつが私に触ろうとしたせいだし、どっちにしても、私の武装に出た損害は両方で負担するべきだろ。私の剣は、買ったときには金貨12枚のものだった。今は中古だから半額だとしても金貨6枚の損害にはなる。」
なるほど。趣旨は分かった。中年男が反論をしようとするのを抑えて、もう少し確認したいことがある。
「剣を見せてくれ。」
マーガレットが剣を出してきたから、それをすぐに机の下にさげて、俺の膝の上で調べた。剣は確かに古そうだったけど、一応まだ使えただろうと思われた。確かに折れている。しかし、あまり手入れをしていた剣には見えない。
いくつかマーガレットに聞くことにした。
「あんたはいつもこの剣を使っているのかね。」
「そうだよ。」
「あんたは、今朝、仕事を探しにギルドに来たんだな。」
「うん。」
「それで、いつもの仲間と今日は組めないことに気が付いたっていうことでいいのかな。」
「そうだ。」
「で、ソロでやる仕事も特に見当たらなかった、と。」
「うん。」
中年男に聞いてみた。
「俺はいつも採取の仕事をしているが、今日も掲示板を見ていたら、この女が声を掛けてきた。何度か見たことがあったから名前くらいは知っていたし、上位ランクの冒険者だというのは知っていた。それで、こちらもありがたい仕事だから、臨時に組ませてもらうことにした。俺はこの女をじろじろ見てはいないし、触ろうともしていない。この女が勝手に転んだだけだ。剣が折れたというのは知らなかった。ギルドに帰ってからこいつが剣が折れたから弁償しろって言い出したんだ。」
更に聞いてみた。
「ミドルウルフを退治したことについては、報酬は出るのか。」
「ミドルウルフは、金になる部位もないし討伐の必要もそれほど高くない。特に事前に依頼が出ていない限り討伐報酬もない。退治したあとは、その場においてきたよ。」マーガレットが答える。
中年男が、
「退治したこと自体は確かだと思う。採取している間、下の方で戦闘音が聞こえてきたし、ミドルウルフの死体もあった。」と言った。
うーん、個人的にはマーガレットという女がかなり怪しいとは思うが、ちゃんとした根拠がなければ納得しないだろう。それでルソーまで、俺が役に立たなかったとなると、ルソーが、チーム流星と距離を置くようになるかもしれない。今、四万十川騎士団長との関係で、ルソーは味方につけておきたい。かといって、いい加減な結論を出すのも、職業的に良心が許さない。
もう少しマーガレットに聞いてみる。
「今日は、いつごろ宿を出たんだ。」
「日の出から1時間くらいしてからだよ。それで出てすぐにギルドに来た。そうすると、仲間が全員都合が悪いことが分かったんだ。」
中年男に聞いてみる。
「いつごろギルドに来たんだ。」
「日の出の後すぐだ。すぐ近くの安宿に住んでいる。朝飯は出ないから、起きてそのまま来た。それで掲示板を見ながら、何がいいかずっと迷っていたんだ。そしたら、この女がギルドに入ってきて、しばらく掲示板を見ていたが、急に俺に声を掛けてきたんだ。」
マーガレットに聞く。
「仲間が都合が悪いと分かったのはいつだ。」
「さっき言ったじゃない。今朝ギルドについてからだよ。」
「なぜ分かったんだ。」
「待ってたけど、誰も来なかったからさ。知らない奴とか別のパーティーの奴とかばかりだったよ。」
中年男が口を挟んだ。
「お前は誰も待っていなかったじゃないか。ギルドに入ってすぐ掲示板のところに行って、そんなに時間が経たないうちに俺に声を掛けてきた。」
「なんだよ、そのときから、私のことをじろじろ見てたのかよ。本当に変態ね。私はたしかにそこの席について、仲間を待ってたんだ。」
マーガレットに聞いてみた。
「この男に声を掛けるまで、しばらく仲間を待ってたって言ったな。どこでどれくらいの時間待っていたんだ。」
「1時間くらいだよ。そこのテーブル席に座って待ってた。」
「他に座っている奴はいたか。」
「いたけど誰だったかは覚えてない。」
ルソーに聞いてみた。
「今日はメンバーは全員都合が悪かったのか。」
ルソーは口ごもる。
「まあ、そうだな。俺は朝からギルドにはいかずに、知り合いと話をしていた。ちょっと事情があって、色々聞いたりしなければならなかったんだ。そのあとすぐ、用事があって、チーム流星の事務所に行った。」
「マーガレットがいつも使っている剣の特徴を教えてくれ。」
ルソーが困った顔をした。
「うーん、はっきりは覚えていないな。」
「いつも一緒にやっているんじゃないのか。」
「それはそうだが、剣の特徴までは覚えていない。」
中年男に聞いてみた。
「あんたは、ミドルウルフやその他の魔獣に襲われたら、自分で闘えるのか。」
「いや、俺は戦闘の経験がほとんどない。」
マーガレットの方を向く。
「ミドルウルフと闘っている途中で折れたのか、それとも最後の一頭をやっつけたときに折れたのか、どっちだ。」
「最後だよ。」
「帰り道は丸腰か。」
「そうだよ、しょうがないじゃないか。」
「この男の剣を借りなかったのはなぜだ。」
「それは、その、剣が折れているということをこいつに知られると、何をされるか分からないからさ。行きの道から警戒してたんだよ。」
「帰り道の危険は考えなかったのか。行きは魔物に会わなかったのか。」
「行きは、一度だけ魔犬に会ったけど、おどしたら逃げていった。帰りは何もなかった。」
中年男が言った。
ギルドのカウンターに行って、事情を話して台帳がないか聞いた。仕事の請負状況を控えているはずだ。
職員さんが、台帳を出してきた。今日はけた仕事が一覧で控えられている。請け負った冒険者の氏名も出ている。
1番目に知らないパーティーの名前があって、2番目にマーガレットと亀道隼人という名前がある。
3番目にジャック・チェンと書いてあった。
職員さんに聞いてみた。
「ジャック・チェンさんというのはどういう人ですか。」
「Dランクの人です。いつもソロで活動しています。」
「いつごろこの仕事を請け負ったか覚えていますか?」
「えっと。かなり朝早くです。そのとき誰もギルドにはいなかったですから。」
「今朝は、掲示板だけを見て帰った人はいましたか。」
「朝のうちはそれはありません。」
それからいくつか聞いた。




