9 完全武装計画の始動
めちゃくちゃ張り切った。仕事のことも完全に忘れそうになったくらい。①道場、②武器屋、③戦車屋、④貸し馬屋、⑤帯剣許可と全部並行して進めることになった。幸い仕事は全般的に一段落している。あとは、ティナちゃんのお尻を忘れないようにしておくだけだ。
いや、最優先事項は、おしのさんなんだが、これは解決策が見つからない以上、できることがない。今ももちろんお見舞いは欠かさないが、他には、何もしていない。
まず道場に行った。片桐組長に聞いたら、南一丁目の大通りにあると聞いたが、住所を訪ねてみると移転していた。南六丁目のかなり裏路地になっていた。大丈夫だろうかと思いながら門を叩いた。
「入門希望です。」
「当流派は、刀を使用するもので、両刃の剣とは使い勝手が違うのですが、よろしいですか?」20歳にはなっていなさそうな女の人が応対してくれた。
「はい。刀がいいです。」
「ご経験がおありですか。」
高校の体育の授業でやった。それだけなので、「ほんの少し」と答えた。
入門を認められた。授業は夜にあるらしい。なんか、勤め帰りの人を対象にしたエアロビ教室みたいな雰囲気だった。
決められた時間になって、行ってみた。中年の男が数人木刀を振っていた。男ばかりなのは当然なのだが、どうして中年なのだろう。理由は明らかだった。
お昼間に応対してくれた女の人が、タンクトップ姿で木刀を持っていた。これはいい。ものすごく目の保養になる。こんな道場が近くにあるなんて、全然知らなかった。
女の人が、「いつもの基礎訓練を始めてください。」というと、男たちは、黙々と素振りを始めた。どうやら過程別にメニューが違うらしく、全員が違う動きをしている。共通しているのは、全員、女の人の方を向いているということだ。
女の人は俺に近づいてきた。
「今日が初めてでしたね。私は師範代のキアナ。よろしくお願いします。」
すっごい美人だ。
まずは構えて下さいといわれて、適当に構える。
「形はできていますね。」
そういいつつ、俺の後ろに回って、そっと両手で姿勢を正してくれる。触れるか触れないかという加減が絶妙で、ここは道場ではなく、別の種類のお店なのではないかと思うほどだ。
おじいちゃんが道場に入ってきた。
「キアナ!またそんな格好で稽古をつけとるのか!その男からすぐに離れなさい!」
「お父さん、夜は私の自由に指導させてくれるって、約束したじゃない!口出ししないで!」
キアナさんが言い返す。
どうやら、おじいちゃんが師範で、キアナちゃんはその娘のようだ。おじいちゃんは、おそらく腕は確かなのだろうが、経営が下手なのだろう。だから南一丁目大通りを引き払わなければならなくなった。そこでキアナちゃんが夜の部だけ指導することになっている。ところがキアナちゃんの指導方法はおじいちゃんとしては、師範として認めがたい。父親としても認めがたい。しかし、俺はキアナちゃんのやり方がいいと思うぞ。おじいちゃんには、絶対に俺の身体には触って欲しくないし。
「夜の部を自由にさせるとは言ったが、そんな指導方法は認められんぞ!どうしてもというのであれば、ワシの屍を踏み越えていけ!」
おじいちゃんは過激なことを口走りながら、道場の端に置いてあった木刀を構えた。なるほど、すごく綺麗な立ち姿だ。キアナちゃんの指導も良いが、おそらく実力はやはりおじいちゃんの方が上と見た。しかし、くどいようだが俺はキアナちゃんのやり方がいいと思うぞ。
キアナちゃんがおじいちゃんを睨みつけた。
「お父さんの代で道場潰していいの?どうしても勝負っていうのなら、私いまからこのタンクトップ脱ぐから!」
なんと。タンクトップを脱いだら色々見えてしまうのではないか。俺は、おじいちゃんとキアナちゃんの間に立ってしまう形になっているので、遠慮して、少し離れた。決して、キアナちゃんが俺の背後に立っていて、タンクトップを脱いでも見えないからとか、少し離れつつ、キアナちゃんの正面からよく見えるようにするためだとか、そういうのではない。なお、キアナちゃんは、すごくスタイルが良い。タンクトップの首のところに手を掛けて、脱ぐ態勢に入っている。
「い、いかん!嫁入り前の裸を男の前にさらすなど、キアナ、すぐに手を離しなさい。」
おじいちゃん、うろたえている。
キアナちゃんは激昂しているようだ。俺の頭を掴んで、正面に持ってきた。
「お父さん、三つ数えるうちに道場から出ないと、私、この子に全部見せちゃうから!他の人にも見られちゃうよ!」
なんたる卑劣な脅迫だろうか。俺の目の前にはタンクトップを下から盛り上げている大きなふくらみが二つ。ああ、あとでおじいちゃんに殺されるかもしれんな。これがイケメンの宿命って奴か。
他のお客さんも、ささっと音もなく移動する。すり足が巧みだ。流れるような位置取りは、相当の手練れと見た。キアナちゃんの正面に扇形のギャラリーが形成された。集団戦も教えているらしい。
おじいちゃんは、慌てて道場から出て行った。
キアナは、ギャラリーを見渡した。
「自分より強い者に対する対応の奥義です。皆様は、今日はとても運が良いです。本来であれば、初心者である皆様に対してお見せすべき術ではなかったのですが、皆さんもこの高みに至るよう研鑽を積んでください。」
すごく強引にまとめた。結局、ふくらみの中身を目にすることはできなかった。
その日は、基礎的な訓練に終わった。終わって、他の男たちも帰っていく。みんなぐずぐずしていて、キアナちゃんに一声掛けてもらっていく。ご褒美なんだな。キアナちゃんは、剣術の腕前は分からないが、経営者としては凄腕だ。
俺も一声掛けてもらった。
「池さん、とっても筋がいいです。それに木刀を構えたときの気迫がすごいです。私でも圧倒されそうになりました。」
そ、そうかな。あやうくその気になるところだった。この話術は、キャバクラにスカウトした方がいいかもしれない。
「この道場は、刀しか教えないのですか?」
「はい、そうですが。」
「女性向けのキックボクシング教室とか、いかがでしょうか。」
簡単に説明した。仕事帰りのOLさんとかが、ストレス解消に通うこと間違いなしだ。授業料は、ほとんど無料に近い額に設定してもいい。指導するのはボクシング素人のキアナちゃんだし。本当の狙いは、剣道を習いに来る中年男だ。道場を半分に仕切って、女性のキックボクシングの練習風景を見ながら素振りをしている方が、絶対に男性客が増えるはずだ。おじいちゃんは激怒するだろうが、ここの父娘の力関係は、もう把握済みだ。女性を無料としても、男性の授業料を高く設定すれば、充分にもとが取れる。
キアナちゃんと俺は悪い笑みを交わした。ちなみに、俺の授業料は据え置きとしてもらう約束だ。




