7 西島組
さっきの屋台と法務局で、かなりいい気分だった。スキップしそうな勢いで事務所に入る。
「こんにちは!」元気に挨拶した。
それなのに、なんか雰囲気が暗い。組長に会いに行った。
「ああ、先生か。月刊誌ではお世話になったな。次の取材対象は決まった。それで、その次はまた四万十川騎士団長にしようと思う。そうすると、二ヶ月後には、時間稼ぎができなくなる。それまでには、上納金についてなんとかしなくちゃいけねえ。それでちょっといらいらしてたんだ。他の仕事は全部うまく回っているのに、これだけが引っかかってるんだ。」
なんか申し訳ない気分になる。俺が考えた地上げ作戦だもんね。もっとも、普通の下宿屋にしていればいいものを、突然の思いつきで連れ込み宿に変更したのは片桐組長だ。その判断自体は悪くないと思うけど、騎士団長に目を付けられて、暗に上納金を求められるというのは完全に想定外で、俺の責任ではない。もちろん組長も、別に俺に責任とれなんて言ってないけど、なんか気がとがめるので、自分で勝手に考えて勝手に結論を出しておいた。
もっとも、片桐組長も、他の仕事が順調なだけに、騎士団長の一件が気になって機嫌が悪くなったに過ぎない。差し迫った問題でもないし、最悪の場合は、月刊誌の広告収入をつぎ込めば、上納金程度はなんとでもなるはずだ。組の屋台骨を揺るがすほどの問題ではないだろう。まあ、悔しいだろうけどね。
話を切り替えて、チーム流星の件を話しておいた。組長としては、特に異存はないということだ。別に俺を独占してどうこうしようと考えていたわけではないと言って、気持ち良く了解してくれた。
「そうだ先生、一度うちの店に遊びに行こう。」
片桐組長がいきなり言い出した。
「ほら、キャバクラをやってるって、言っただろ。一度はご招待しようと思ってたんだよ。」
おお。それはすごく楽しそうだ。
少し離れたところのビルの地下一階が、キャバクラ「ドワーフの穴蔵」は、東区ではもっとも高級店とされている。階段を降りて荷物や上着を預け、席に案内された。
さっそく女の子が、俺と組長の脇に座る。お酒を用意して貰って、飲み始めた。
片桐組長からは、今日は奢るから心配しないでいいと言われている。まあ気に入ったら、また来てお金を落としていってくれとは言われたけど。
なかなかいい気分だ。女の子たちには、お仕事なんですか?とか、お肌がすべすべっ!とか言われて、腕を触られたりして楽しい。
離婚裁判の話をしていたら、女の子の食いつきがやたらと良かった。さっき、「えー、彼氏なんかいないですよ。」とか言ってたはずだが、ひょっとして家に帰るとぐうたら亭主がいるのかもしれないね。
片桐組長が、俺の方を見ていた。
「そうか。離婚なんてものができるのか。不倫の現場とかを押さえると、離婚事由になるのかね。」
「はい。なりますよ。もっとも裁判で証拠として使えるようにしないといけないので、現場を押さえてから、ある程度信用できる証人を複数用意する必要があると思います。」
この世界には写真というものがない。だから、証拠とするためには、裁判所が信用しそうな人物を現場に連れて行くという方法が考えられると思っていた。信用しそうな人物とは、司祭さんや学校の先生とか、大店の番頭さん、自治会長とかだろう。
「そうすると、若いのを使って尾行させて、いまだ!というタイミングでそういう偉い人に来てもらって、現場を見させるといいのか。」
なるほど、片桐組長は、手の空いている若いのを使って、興信所をさせようと考えているんだな。
「まあ、そういう事件があれば、是非私に裁判任せてください。」
とりあえず今後の仕事に繋がるかもしれないので、お願いしておいた。
「そういや先生、最近身辺は大丈夫か。」
突然話題を変えられた。
「え、特に問題はありませんが。一応、防刃チョッキは買いました。」
「この前、先生のことを嗅ぎまわっている奴のことを耳にしたんだよ。」
少し考えた。
「うらみを買ったかどうかですね。心当たりがありすぎて、どの件か分かりませんね。」
これは言いすぎだろうと思ったけど、一度言ってみたかった。女の子たちが、「すごーい」とか、「なんか、ちょいワルな感じ」とか言ってる。
「なんでも初老の男で、ものすごく臭かったらしい。」
あ、それなら心当たりがある。
「豚臭人族ですか?」
「多分そうだ。そういえば豚っぽかったと聞いた。先生なにやったんだ。」
「離婚です。」
「旦那か。」
「旦那の父親です。旦那が懲役に行ってたんで、その隙に嫁に迫っていたんです。」
片桐組長が顔をしかめた。
「嫌な話だな。俺は種族だとかそういうのには基本興味はないが、豚臭人族は、どうにも好きになれんのだ。この店も入店はお断りしている。」
うーん。まあそれは仕方がないよな。美女とお酒を飲みながら、豚臭いのは嫌だもんね。
「いずれにしても、先生、もう少し安全のことに気を配った方がいい。護身術を習って、剣を持ち歩くといい。」
「帯剣は禁止されているはずですが。」
「ああ、伯爵と商工会議所長の特例許可があればいいんだ。先生なら大丈夫なはずだ。実はな先生、この前法廷で先生を見たんだが、ほら、法務官と検察官と比べると見劣りがするんだよ。」
検察官は、騎士団の副長で武官だから、帯剣している。法務官は文官貴族だから帯剣はしてないけど黒い法服を着ていて権威を感じさせる。
あと移動もそうだ。検察官は乗馬で移動している。これも一般人には町内では禁止されている。法務官は馬車で移動している。
たしかに、そういうときにちょっと俺だけぱっとしない感じはしていたんだ。
「俺も馬車に乗るべきですかね。あ、エルフが乗ってた戦車みたいなのが欲しいな。」
「戦車かっこいい!せんせ、戦車買ったら、私も乗せてー!」女の子たちが両脇からもたれてくる。
「いいよ!でも帰りはちょっと遅くなるかもしれないけどね。」
「せんせエッチなこと考えてるでしょう!」
「あはは。」
「よし先生、まず、道場を紹介しよう。そこで剣術を習うんだな。それから俺の親戚が西区で武具屋をやっている。そこで何か買うといい。俺から話をしておくよ。伯爵と商工会議所長の許可は書面で申請するはずだが、細かいことは先生の方が得意だろう。弁護士ということなら問題はないはずだ。襲われた実績もある。それにもう仕事は色々しているんだから、実績的にも信用ができてきている。戦車は思い切って買ってしまうといい。相場にもよるが安い奴だと大金貨2枚程度で出ている。」
「いや、しかし今の宿では馬が置けないですよ。」
「城門近くに貸し馬屋があるんだぜ。一日借りて大銀貨5枚程度だ。」
なるほど。戦車を買うのに30万円程度、馬を借りるのに一日5000円なら、まあ出せない額ではない。毎日戦車を使うわけではないけど、例えばちょっと伯爵の城に行くとかそういう時に戦車があれば便利だ。馬に鞭打ちながら戦車を走らせ、上から剣を振り下ろし、群がるスライムをなで斬りにする俺の勇姿を思い浮かべた。
本当は、馬も買ってしまいたい。でも、そうすると世話が大変そうだし、今のぼんくら亭主の宿に置いておくのも心配だ。かといって、おしのさんの宿屋から離れるつもりもない。そうすると、貸し馬屋か。
ありだな。絶対にありだ。




