5 『いいわけニャンニャン』の不始末
『いいわけニャンニャン』に来た。ピンクの看板がまぶしい。売春宿だ。ちょっと恥らいながら店内に入る。奥の事務室みたいなところに通された。
中年の男がソファに座っている。酒臭い。顔に濡れたタオルを掛けられている。
店長が、
「ちょっと暴れたんで、取り押さえるのに苦労したんです。お客様なんですが、ものすごく怒っていて、事情が聞けなかったんだけど、どうもうちの女の子が失礼なことをしたらしい。女の子は、サキです。」
アンドロポフが言った。
「ああ、サキか。とりあえずサキの方から言い分を聞いてみようか。」部屋を移動した。
サキは不貞腐れていた。
アンドロポフが低い声で言った。
「お咲、説明しろ。」
お咲が本名か。あれ、ドワーフヤクザの三丁目の健太がほれてるって、ひょっとしてこの子かな。確かになかなか可愛い。お店のナンバースリーなのだそうだ。
サキが話し始めた。
「あの客酔っ払ってたんだよ。だからバレないと思って。」
ベッドの脇から透明な長い袋を出した。
「なんだこれ。」アンドロポフが聞く。なんだかものすごく嫌な匂いがする。これ、知ってる匂いだよ。夜にひとりのときに嗅ぐ匂いだ。嫌な気分になった。アンドロポフも嫌な顔をしている。この透明な長い袋は、あれだ、恋人の代わりになってくれる器具だ。日本ではウレタンを使っていたが、こっちでも似たようなものがあるのか。
お咲は、掛け布団を丸めて丸太棒のようにした。お客さんに見立てているらしい。そしてその上に優しくまたがる。そして、うつぶせになると、尻尾を使って器用に袋を持ち上げた。尻尾を丸めて、その袋を優しく包み込むと、袋の口を下側にして、それを尻尾の付け根あたりにあてがう。客からは見えない角度だ。お咲にまたがられた掛け布団は、悲しげにじっとしていた。
おおっ!
「酔っ払っていると、客は、これを使われても気付かないんだよ。羊の腸を使って自分で作ったんだ。」
お咲は自慢げに言った。なるほど!しかし、それはお客さんにとっては痛恨だ。羊の腸で満足するために売春宿に来たわけではあるまい。お客さんが怒って暴れた理由が分かった。
アンドロポフが質問する。
「どうしてそんなことをするんだ。嫌な客だったのか。」
「別にそんなんじゃないよ。ただ、なんていうか、スリルがあるんだよ。この男、私に騙されてる!って思うとぞくぞくするんだ。」
あ、この子、末期だわ。
「客を馬鹿にしてるのか。一生懸命稼いだ金を持ってここに来てんだぞ。心を込めて接客しろ。」アンドロポフが注意する。
「分かってるわ。でも、面白くって、止められないんだよ。どうせ男なんて、満足するならなんでもいいんでしょ」
お咲はそっぽを向いた。
アンドロポフが静かに怒り始める。
「仕事を舐めんじゃねえよ。」
「男が稼いでくる銭は、そいつの生命を削った対価だ。それを握ってつかの間の楽しみを得ようとこの店に足を運んできて下さってるんだ。どんな男であれ、その金を甘く見るな。」
店長が口を出した。
「とりあえずお客さんには帰ってもらいましょうかね。お客さんが悪いわけじゃないことはもう明らかですので。」
アンドロポフが答えた。
「そいつはお前さんの判断だ。しかし、そのまま帰れってのはないだろう。侘びのしるしにいくらか金を包んでおく方がいいと思う。悪い評判が立つとまずい。口止め料もかねてだ。」
横から口を出した。
「金を払うと、客はもう戻ってこない。割引券を作って渡すといい。」
「おお、先生、流石だな。それが一番だと思うぜ、店長。」
かくして、『いいわけニャンニャン』事件は解決した。俺は付いていっただけだけどね。
サキが、『羊使いのお咲』と呼ばれるようになったと、あとで聞いた。
読んで頂いてありがとうございました。
考えてみれば、正統派美少女ヒロインとして活躍させるはずだったティナちゃんが汚れ担当になってしまったので、端役で考えていたエルフヤクザのターニャちゃんをもう少しメインにしようかと思っています。もともとの予定では、次回くらいから勇者登場とする予定だったのですが、勇者は更に後回しになります。
またお楽しみ頂けたら幸いです。おそらく明日くらいに投稿させて頂きます。




