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4 エルフヤクザとの遭遇

「弁護士先生の癖に依頼人に手を出すなんて、人の道に反するんじゃねえか。」

別のエルフも言う。

「同じエルフとして黙ってみてるわけにはいかねえな。」


困った。俺がキスしたわけではないんだが、ナーナが近づいてきたときに、俺は目をつぶってしまった。まあ、拒否するべきだったんだろうけど、ちょっと期待してたし。


でも、別に同じエルフだからって文句を言われる筋合いはないと思う。

「ちょっと先生、顔貸してくれ。」


ナーナは黙っている。ちょっと片手をあげて、「ごめんっ!」みたいなそぶりをする。なんだ、ぐるだったのかよ。


俺はおとなしくナーナの家から連れ出された。

馬車が数台並んでいた。

馬車っていうのは正確ではないな。戦車だ。戦車っていっても大砲がついているやつのことではない。馬に二輪の荷車みたいなのが繫げられている。すごく早そうだ。そしてものすごく格好いい。これ、俺も乗せてくれるんだろうか。乗ってもいいのかね。


乗ってもいいですかって聞くまでもなかった。問答無用に乗せられた。

隣に乗り込んだ男が、ペンッと鞭を振るうと、戦車はすごいスピードで走り出した。後続の戦車も車列を組んで走り出す。状況が状況だけに楽しめないけど、これ、ものすごく格好いいぞ!俺も、ペンッ!ってやつやってみたい。すごい楽しそう。

そういう訳で、戦車が目的地に近づいて、スピードを緩めたときは、ちょっと残念に思った。別に来たくて連れて来られた訳じゃないしね。


この前行った冒険者ギルドの近くにビルが建っている。

灰色の石造りのビルだ。

そのままどこかの部屋に連れ込まれた。応接室みたいなところだ。

甲冑とかは置いていない。その代わり、大きな熊の剥製が置いてある。


ソファに座らされる。

向かい側にエルフの少女が一人座っていた。15歳くらい。俺と同じ年かな。西洋人形のように美しい。胸がすごく大きい。でも、全体に華奢な体つきをしている。胸だけがすごい。Eカップくらいあるんじゃないだろうか。俺も最近は、胸には多少詳しくなっているので、ある程度は判断できるのだ。ふとティナちゃんの胸を思い出す。その間、エルフの少女は、黙っていた。あれか。無口キャラか。


戦車を運転していた男が部屋に残って、少女の隣に座った。こっちは銀髪に灰色の瞳をしている。全体に尖った顔立ちをしているが、表情がなく、なにを考えているのか全然分からない。俺の方を見た。石ころを見るような目つきだ。


口を開いた。

「若頭のアンドロポフだ。」

なるほど。

「こちらのお嬢は、ターニャという。うちのチームの二代目総長だ。」

チームの総長?組長じゃないのか。


「うちの組は、『チーム流星』というの。」無口キャラのターニャが喋った。

どういうネーミングセンスだ。

「父の代のときは、『ピロシキ』だったの。」

ごくり。そういえば、異世界に来てからピロシキ食べてないな。思い出したら急に食べたくなった。


「ピロシキ貰える?」

聞いてみた。

「あとで分けてあげる。いくつ欲しい?」

食べるのは俺。でもティナちゃんにも分けてあげるかな。こういうのは、一人で食べても美味しくないもんね。

「6個下さい。それから冷めないうちに、俺の宿屋まで送ってくれます?」

ピロシキのためだ。下手に出てみた。


アンドロポフが口を挟んだ。

「お嬢、そんな話はどうでもいい。先生の話に釣られないようにしなよ。」


折角和ませようと思っていたんだが。


「先生、エルフとして物申すが、ついさっきまで人妻だった女、しかも自分の依頼人とキスするなんて、人として如何かと思うがどうかね。」


ふっ。粗雑なやり口だ。


「俺は、誰とだってキスをするし、他人にとやかく言われる筋合いはない。(実はファーストキスだったのは内緒にする。)それにもう人妻でもなんでもない。ところで、さっきまで人妻だったとあんたは言ったが、えらく細かいことまで知っているんだな。事前に準備していて仕掛けたんだな。しかも、チームの総長であるターニャと若頭のアンドロポフというトップ二人掛かりで、こうやって俺を拉致して脅している。危ない橋を渡るのは、下の者にやらせるのが常識だろ。それが組織というものだ。上が危険を冒していたら、組織が全滅するからだ。つまり、お前たちは、本気になって俺を脅すつもりはないということだ。用件を言ってくれ。」


そこまで言って思い出した。


「いや、その前に、どうしてピロシキっていう名前だったんだ。なぜチーム流星に変えた?」


別に興味があるわけではない。しかし、この話題だとターニャが乗ってくると読んでいた。それで会話の主導権を握ることができれば、これからの話も有利に進めていけそうだと踏んだ。ピロシキ貰う約束もちゃんと確認しておかないといけないし。


ターニャが話し出した。

「初代総長だった父がピロシキ好きだったからよ。ほら、うちみたいなマフィアは、チームの名前を出して商売をするでしょ。それでピロシキっていうと、相手もなんか和んじゃうの。それでまずいまずいって思っていたんだけど、お父さんが気に入ってた名前だから、変えるわけにもいかなくて。」ターニャは無口キャラではなかったらしい。


アンドロポフが補足する。

「お嬢は、去年まで王都の女学校に通っていたんだ。ちょうど卒業って時に、おやっさんが事故で亡くなったんだ。それでお嬢がオンドレの町に帰ってきて跡を継いだ。そのときに、みんなで考えて、チーム流星って名前にしたんだ。」


ターニャが、

「最初に思いついたのは私。私は、『チーム流星』か『ハバロフスク』がいいと思ってた。」と言って、ちょっと赤くなってこっちを見る。ほめて欲しいらしい。


「実にいい名前だな。トレンディだ。君の洗練された雰囲気によくあっている。ハバロフスクも捨てがたいな。俺ならかなり悩んでいただろう。」


今気がついた。この異世界というのは、雰囲気は、中世西洋風な感じだけど、社会的感覚というか、そういうのは昭和だ。言葉の感覚とか倫理観とかも昭和だな。俺がティナちゃんにセクハラして特に問題にならないのも、ヤクザがこんな風に公然と町を戦車で走っていて、それが普通に許されるのは、まさに昭和の時代感覚だ。だから、トレンディっていうと喜ぶと思った。


当たったらしい。ターニャは、潤んだ目で俺の方を見ている。


「名前の件は良く分かった。お土産にピロシキ6個も忘れないでくれ。で、俺に会いたかった理由を説明してくれ。」


さりげなく、「そっちが会いたかったんだろ。」というニュアンスを滲ませる。


「実は、代替わりがうまくいっていない。」アンドロポフが言った。

「分裂しそうなのか。」聞いてみた。

「それはない。しかし、上納金の入りが悪くなってきている。」


詳しく聞いてみると、チーム流星では、冒険者ギルド、売春宿など、色々な業種のケツ持ちをしている。普段からバックについていて、トラブルがあったら乗り出していって解決する。雰囲気的には、前世のスラブ系風貌のエルフヤクザは、見てるだけで相当怖い。いかにピロシキという緩い名前であっても、それなりに上納金が集まっていたのだろう。それが代替わりして、若い女の二代目総長になったということで、金を出し渋る店が出てきているらしい。


「俺に上納金の集金でもさせるのかね。」

アンドロポフが笑った。

「いや、そんな目の前のことを頼むつもりはないよ。西島組の話は聞いた。ビルを建てたり、月刊誌を作ったり、色々やってるらしいじゃないか。俺たちもずっと思っていたんだが、これからのヤクザは、経済知識を持たなきゃ駄目だ。初代は、昔ながらのマフィアだったんで、そういうのは嫌いだったんだが。」


おお。オンドレの町の裏社会で、俺は今、変革の瞬間に立ち会っているんだな。日本でも昔、同じことが起きた。ヤクザが軒並み経済ヤクザになっていった。これが時代というものか。


アンドロポフが続ける。

「そういうことを相談したいと思っていたんだが、先生と西島組との関係を考えると、普通に接触するのはまずいと思った。ちょうど、ナーナが離婚できそうだっていうのを耳に挟んだもんで、ひと芝居打ってみようと思ったんだよ。」


「じゃあ、何か新しいビジネスモデルを考え付いたら、そっちも誘うっていうことか。」


アンドロポフが笑った。

「なかなか理解が早くて助かる。もっとも西島組のひも付きの先生を使っていいのか、俺たちも判断が難しいところだ。」


「ひも付きとは心外だな。もちろん俺にとっては重要なお客様だけど、別に飼われているわけではない。俺は俺で自分の仕事をするだけだ。」

スタンスを明らかにしておくことにした。


顔繋ぎもひと段落したので、そろそろ帰ろうかと思っていたら、若いのが入ってきた。アンドロポフにメモみたいなものを渡す。


「先生ちょうどいい。うちがバックについている売春宿でちょっと揉め事らしい。良かったら一緒に来てくれないか。弁護士さんがいるだけで問題が解決しやすいこともある。」


迷った。なんかただ働きになりそうな気がするな。


「構わないけど、そもそも俺はナーナ(エルフの人妻ね。)から成功報酬を受け取ろうと思っていたところを、あんたたちに邪魔されてしまった。売春宿に同行するのは、サービスとして無料で着いていくが、成功報酬の取立てをお願いしたい。」


結局、金貨50枚の成功報酬をチーム流星に金貨48枚で売り払うという形にした。契約書を作成する。これで、俺は金貨48枚を受け取ることになり、チーム流星は、ナーナに対して成功報酬金貨50枚を請求することができるということになる。


もともとナーナが大人しく成功報酬を払うかどうか微妙なところだったので、ちょうど良かった。


しかし、いい世界だな。

現代日本で弁護士が報酬の取立てにヤクザを使ったら、一発でアウトだろうが、こっちでは、そういうのが問題になったことはないみたいだ。やっぱりそういうアバウトさは、平成日本とは全然違う。


そういうわけで、これからアンドロポフと売春宿に向かうことになった。ピロシキは貰い損ねた。

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