2 おしのさん
部屋に入った。ベッドが置いてある。修道女っぽい人が案内してくれた。
「運び込まれてから意識が全くないのです。」
部屋は、妙にいい匂いがした。お香でも焚いているのだろうか。
ベッドに近づいた。おしのさんだ。血の気がない。静かに呼吸している。
「なにがあったのですか?」
修道女さんが答えた。
「運び込まれたとき、腕に切り傷がありました。何らかの薬をつけた刃物で切られたのだろうと思うのですが、このような症状は聞いたことがありません。ご主人からも、事情は知らない、客室で倒れていたとだけ聞きました。」
治療法はないのだろうか。
「奇跡を待つしかありません。」
しばらくおしのさんを見ていて、それから部屋をあとにした。
司祭さんとティナちゃんが待っていた。ナーナは先に帰っている。
司祭さんがいう。
「おしのさんは、慈善活動にも、よく協力してくれていた人です。ただ、ご主人は、おしのさんを運び込んだきり、お見舞いにも来ないですし、その、寄付などもされません。」
適当に処理してくれと言わんばかりの対応だよな。
まあ、そういう男だとは分かっていた。
「すみません、一日当たり、どれくらいの費用がかかっていますか。」聞いてみた。
「うちは、営利でやっているわけではないので・・・。一日大銀貨1枚あれば充分なのですが。」1000円か。身の回りの世話とか栄養補給などを含めて考えると、ものすごく良心的な値段だと思う。
「今はこれくらいしか出せませんが、足りなくなる前にまた必ず来ます。」
金貨6枚を渡した。2か月分になるはずだ。
「申し訳ありませんが、領収書頂けますか。」
おしのさんが心配なのは事実だ。それとおしのさんのために金貨を払うことに異存はない。ただ、領収書は貰っておくことにした。
帰り道、黙ってティナちゃんと歩いていた。ショックだった。おしのさんを見つけられた喜びよりも、意識がないことのショックの方が大きい。
「あの、メンデス先輩。」ティナちゃんが話し掛けてきた。
「ああ。」生返事をした。
「先輩がおしのさんのこと、好きだとしたら。」
そうだよ。そのとおりだよ。
「そうだとしても。」ティナちゃんが続けた。
「わたしのお尻は、先輩の、です!」
?
お尻。ああ、俺が毎日叩いているお尻な。いきなりの話題なんで、全然繋がらなかった。ティナちゃんは、相変わらず変化球でくる子だ。
横を歩くティナちゃんを見ると、顔が真っ赤になっている。
「胸も?」
聞いてみたら、そのときにはティナちゃんは先に走って行ってしまっていた。
宿の部屋の前に着いたら、亭主とティナちゃんが喋っていた。
「おい、あいつはどこをほっつき歩いているんだ。宿賃を払わないのなら早く出て行けと伝えておけ。」
ティナちゃんが答えるのが聞こえた。
「メンデス先輩は、宿賃を滞納するような人ではありません。出て行く筋合いはありません。」
ティナちゃんには、宿賃のことは簡単に説明している。曖昧なままになっていることも知っているはずなんだが、どうやらおしのさんから色々聞いていたのだろう。宿屋の亭主のことも嫌っているのだろう。
「お前は、あいつの妾になったのか。ろくに食うもんもなかろうが。あんな奴の下で働くくらいなら、俺のところで働いたらどうだ。住み込みで雇ってやるぞ。」
手を出したらしい。ティナちゃんの「キャッ!」という声がした。おい、どこを触ったんだ。胸とお尻は、さっきから俺のものになったんだぞ。
物陰で様子を見ていたが、慌てて出て行って、亭主を軽く突き飛ばしてやった。
「うちの秘書になんてことをするんだ。警備隊に突き出すぞ。」
亭主が言い返す。
「一人前の口を叩くじゃねえか。宿賃払ってからものをいえ。考えてみれば、お前はここに来てから一度もまともに払ったことがない。」
まあ、一応は、そのとおりだ。そして、俺はこれからもこいつにまともに宿賃を払うつもりはない。
「お前こそ、まともな宿屋にしてから宿賃を請求しに来い。それから自分の女房の入院費用くらい、ちゃんと負担しろ。」
カバンから教会に書いてもらった領収書を出して、目の前でぶらぶらさせた。
「お前が、女房を教会に押し付けたきり、ほったらかしだから、教会でも困っていたんだぞ。俺が肩代わりして払っておいてやった。これで宿代はチャラだ。」
亭主は、意表をつかれたらしく黙ってしまった。
他の客たちがドアを開けて顔を出している。おしのさんは、ここの看板女将みたいなものだった。そのおしのさんを亭主が見捨てているというのは、相当外聞の悪いことだろう。
固まった亭主をそのままにして、部屋に入った。これで、俺の宿賃は、またよく分からないままになった。次に文句を言い出す前に、また教会から領収書を貰っておくことにしよう。
宿に帰ってから、少しだけティナちゃんを誉めておいた。それから、いつもどおり仕事した。いつもどおりだよ。ほら、資料を読んだり、ティナちゃんに筆写させたり。別に変なことをしてたわけじゃないぞ。
読んで頂いてありがとうございました。
お見舞いシーンはうまく書けませんでした。
今日は、もう少し投稿させて頂きます。