13 騎士団長インタビュー
町と伯爵の城が離れているのは、一つには、要害の地と商業地が一致していないということが理由だが、もう一つには、町の自治権の問題が絡んでいる。
伯爵の領内にあるから、町に伯爵の統治権が及ぶのは確かなのだが、オンドレの町は、伯爵に対して何度か献金を繰り返し、また武力抗争もあったりで、現在は一定の自治権が認められるに至っている。
そうすると、伯爵が町に常駐するのはなかなか具合が悪いし、伯爵軍が駐屯することも基本的には認められない。
そういうわけで、町と城は離れている。
別に離れているのは伯爵が不便なだけなので別に構わないんだが、俺が行くとなると骨だ。まず3キロ。歩かなければならない。これが面倒くさい。3キロだぞ。舗装された道ではないから大変だ。往復で6キロだ。俺が小学生だったら遠足みたいな感じで楽しめたかもしれないが、俺の心は中年男性だ。6キロも歩くのは嫌だ。もっともこれはどうしようもない。
もう一つ問題がある。魔物が出る可能性があるということだ。盗賊が出ることもたまにあるらしい。もっとも俺が手ぶらで歩いているだけなら、盗賊に襲われることもないだろう。だから魔物だ。
冒険者ギルドに行ってみた。中央区にある。小説にあるような構えだが、基本的には興味がないので、普通に入ってカウンターみたいなところに行く。女の子が座って応対してくれるみたいだ。ちょっと可愛い。まあ、普通よりちょっと可愛いかなっていうとこかな。なにしろイケメンだから、かなり余裕だ。
「城まで行きたいのですが、護衛依頼できますか?」
聞いてみた。
きょとんとしている。
「城ですか。すぐですよ。出るとしたらスライム程度ですから、町の人は長い棒を持って行きます。あえて護衛を依頼するほどのことはありません。」
なにを言っているんだよ。スライムが出るっていうことだろ。危険じゃないか。スライムだぞ。あんたスライムが何を考えてるのか知ってるのかよ。何考えてるかわかんない奴は基本的に危険なんだ。
「やっぱり護衛お願いします。」
女の子は、笑いをかみ殺している。夜中にトイレに行けない子供を見たような気分なのだろう。別にどう思われても構わんさ。とにかく俺は怖いのだよ。
「往復で依頼されるとなると、一日仕事になります。低ランクの冒険者であっても、大銀貨5枚は必要だと思いますが。」
5000円か。仕方がないよな。記事の取材として西島組から受け取る報酬が金貨1枚だ。その半分が道中の護衛に取られることになる。出来上がった記事を見せに行くとすると、護衛費用だけで収支がトントンになってしまう。もっとも、取材はあくまでも前段階で、広告収入の2割が俺の本当の報酬だ。そう考えると、まあ仕方ないか。本当は西島組から若いのを回して欲しいのだが、組員を連れて伯爵の城に行くわけにもいかない。それに何か事故があったときには、西島組に妙な借りを作ることになってしまう。そう考えると、冒険者ギルドを通すのが一番だろう。
依頼書を作成して、掲示板に貼ってもらう。その辺の椅子に座って待っていると、男の冒険者が近づいてきた。
「あんたが依頼者だな。俺は、ルソーっていうんだ。往復の護衛、請け負ってやるぜ。こんな簡単な仕事はねえな。城までの道は散歩道みたいなもんだ。まあ、あんたは、結構弱っちい感じだから、仕方がないかもな。」
むかついたが、我慢する。
さっそく移動しながら話を聞いてみた。ルソーは、冒険者になって2年目らしい。ランクはE。SABCDEFという順らしい。2年目でEというのは、まあ順当なところだということだ。
「俺より前に冒険者になって、いまだにFの奴がいるんだぜ。みんなに馬鹿にされてる。」
「なんだ、弱い奴なのか?」
聞いてみた。
「弱いわけではないだろうな。軍隊上がりだし。ただ、ものすごく雰囲気が悪いので、みんなから完璧に嫌われているんだ。」
なるほど。つまりこういうことらしい。
冒険者は、初心者のうちは採取の仕事をする。採取といっても危険な場所もあるけど、そこで少しずつ経験を積んでいく。もっとも、弱い魔物相手でも、うっかり手元が狂って、一撃で倒せないこともある。反撃されて頭を打って気絶することもある。そうなったら、意識がないまま殺されかねないから、基本的には複数で活動する。まあ保険だな。そりゃそうだよ。よほどの熟練者でない限り、いかに相手がスライムとはいえ、100回闘ったら、一度くらいはミスもありえる。最低レベルの危険度なのに、それで死亡率1%と考えると、リスクとしては決して無視できない。
だから、パーティーを組めない冒険者は、いつまでも安全なところで採取をすることになる。そうすると報酬も安いし、装備もいいものを揃えられない。そうやってFランクのまま留まっている奴がいるらしい。気の毒だな。
そんな話をしているうちに城についた。冒険者のルソーは、その辺で草でもむしっていると言ったので、一人で城門をくぐった。四万十川騎士団長にアポをとっていると言ったので、すぐに通してくれた。さて、どう攻略すべきか。達成目標はいくつかある。一つは、西島組の連れ込み宿についての上納金を少し猶予して貰うこと。それからインタビューをして記事にすることを承知してもらうこと。
待合室のようなところに通された。
待つ。
延々と待つ。
2時間くらい待たされた。アポを取っていたんだがな。
腹が減ってきた。
昼過ぎになって、やっと通された。
「ああ、君が池とかいう者だな。」
四万十川騎士団長が偉そうに執務室でふんぞり返って座っていた。俺の椅子はない。
「はい。お目にかかれて光栄でございます。オンドレの町を救った伝説の英雄にお会いできて感激です。このたびは、閣下の記事を書くことを許可頂き、ありがとうございます。」
下手に出ることにした。
自慢話を延々を聞かされた。その合間に、
「君は南からの避難者なんだな。君たちが避難しているうちに、我々が命を張って魔物を討伐しているのだよ。君たちはお気楽でいいな。」とか、
「平民は教養がなくて話にならん。その割には年貢を減らせなどと言ってくるので困る。年貢がなければ、我々が平民どもを統治することができない。そうすると平民はお互いが野獣のように争いあうことになるだろう。オンドレの町も、そうなるはずのところを、騎士団によって守られているのだ。」だの、
「君たち平民は、金のために仕事をするのだろう。そこが我々貴族との最も大きな違いだ。我々は名誉のために無償で闘うのが仕事だ。」だとか、くだらん世迷言を話し続ける。
違うだろ。お前は、領地があって年貢を取り立てているんだろ。そもそも闘うとかいいつつ、お前は今、城にいるじゃないか。
もっとも、四万十川騎士団長は、腐っても武人だとは感じられた。恐ろしいほどの気迫もなかったし、贅肉がついてはいたが、貴族としてある程度の戦闘技術は身につけているように思われた。まあ、そんなことはどうでもいいけどね。
気分が悪くなったが、最後まで笑顔のままなんとか耐え切った。長時間立たされて、足が痛くなった。
四万十川騎士団長は、たっぷりと自慢話ができて、かなり機嫌が良いみたいだった。俺の相槌も、なかなかのものだったと思う。
丁度良いので、西島組の話題を出して、しばらくの間だけ、騎士を巡回させるのをやめてもらうことはできた。
それから、完成した記事は、もう俺に任せてくれることになった。あと、好評であれば続編も書きたいと言ったら、それもOKだった。そっちも内容は任せるということだったから、「月刊オンドレ出版社に対し、確認を要せず記事の発行を許す。」と一筆貰っておいた。これで、もう城まで来なくて済む。長話も聞かなくて済む。助かった。
ちょっと待合室を借りて、文章を大急ぎでまとめる。帰り道で歩いているうちに忘れそうだわ。それに、こんな気持ちの悪い人間の提灯記事なんて、すぐに書いてあとは全部忘れたい。
記事は、おおよそこんな感じだ。
四万十川郷に足を運ぶことにした。
静かな農村地帯だが、村に入った途端、かぐわしい香りがする。
近くを歩く村人に聞いてみた。
「ああ、それですか。領主様は麝香猫人族でいらっしゃいますから。」
とても丁寧に教えてくれた。
取材に来たことを伝えると、村の人は帽子を脱いで、深く頭を下げ、
「領主様のお知り合いでしたか!それは気付かずに大変失礼を致しました。この村は、お優しい領主様のおかげで我々生きているようなものです。」
と涙を流し始めた。
こちらが恐縮してしまうくらい手厚い歓迎をして頂いた。
この村には不幸せという言葉がない。
領主様が慈愛あふれる方なので、不幸せを感じる要素がないのだ。
村を見れば領主のお人柄が分かる。どれだけ尊敬され、愛されているか分かる。
「これは直接取材しなければならない。」そう感じた。
騎士団長にお会いすることができた。面識はなかったのだが、すぐにアポが取れた。気さくな方のようだ。
(中略。13年前の戦争の思い出話とかを、美化して書いた。戦争の天才とか、そんな感じ。)
しかし、立派な人だ。
万が一敵対することになったら、恐ろしくて死んでしまうのではないか。
とてもではないが、このような方の敵には回りたくない。
がたがた震えながら、13年前の敵軍の兵士も、討たれていったのだろう。
わたしなら、戦う気力も失って逃亡しただろう。
のこった僅かな兵士も、ろくに戦うことはできなかっただろう。
馬上の戦士。戦さ場での振舞いにも、そつがなかっただろう。
かすかに残った希望。わが王国の最後の盾。
とりあえず大筋は書き出したので、後は宿屋に戻って完成させることにした。待合室を出て城門の外に出たら、冒険者のルソーがうろうろしてた。
「ついでに色々採取できたよ。」といっていた。ちょうど良いアルバイトだったみたいだな。俺が文句をつける筋合いではないし。
帰りも散歩道だ。まだ夕方にはなっていない、気分の良い昼下がりだ。
道は狭いが、それなりにしっかり作られている。平野をずっと進んでいくが、少し森が近いところがある。そこに差し掛かったとき、森の中から、遠吠えが聞こえた。茂みががさがさ言って、突然、ものすごい大きな狼みたいなのが現れた。高さだけでも3メートルくらいある。
「でた!ビッグウルフだ!」冒険者のルソーが叫んだ。
「こいつは、超ベテランが10人くらいでかかって、やっと討伐できるくらいの魔物だぞ!逃げるしかない。いや、逃げてもすぐに追いつかれてしまう!どうしよう?どうしようもない!したがって、俺たちにできるのは、せめて抵抗して、死ぬ時を少しでも遅らせるくらいしかない!!」
ものすごく説明くさい発言だわ。
ビッグウルフ(なにこの名前)がうなりながら走って近づいてきた。ルソーが剣を抜く。手が震えているが仕方あるまい。俺だって震えている。
しかし、ここで怖がっているわけにもいかない。今、ふと思いついた技を使ってみることにした。
一歩前に出る。
ビッグウルフは、俺を睨んでいる。
「イケメン・スマーイル!」叫んだ。いや、頭の中で叫んだだけだよ。本当に叫んでたら、絶対にアホな人だろ。
にっこり笑ってみた。白い歯がキラリと光る。いや、俺の歯だから自分では見えないけど、多分キラリと光ったと思う。
ビッグウルフは、じっと俺を見ている。
さっきは睨んでいたが、今は、敵意が感じられない。
「イケメン・スマーイル!」もう一度頭の中で叫んでみて、今度は、本当に心を込めて、にっこりと微笑んでみた。
ビッグウルフの巨大な尾がゆらりと左右に揺れた。尻尾を振っている?ビッグウルフから、愛の気持ちが伝わってくる!
ビッグウルフはゆっくりと俺に近づいてきて、前足を折った。俺の前に鼻を突き出す。
俺はゆっくりと鼻をなで、顎の下をごしごししてやった。
ビッグウルフの尻尾は、いまやものすごい勢いで振られている。喜んでいるらしい。
ビッグウルフは、ついに頭を地面に付けてしまった。そのままごろりと転がり、腹を出す。
「そうかそうか。」と言いながら、お腹も撫でてやった。
・・・
「じゃあな。俺は町に戻らなければならない。また遊びに来るから。」
そういった。ビッグウルフは名残惜しそうに立ち上がり、何度も俺の方を振り返りながら、森の中へ消えていった。また会いに行くことにしよう。
「魔物たちはいい。心が素朴で綺麗だ。人と違って、打算もなければ腹の探りあいもない。純粋に外見だけで人を判断してくれるのだ。」
キメのせりふだ。なんか違う気がするけど。
無事に宿屋に帰った。原稿を仕上げて、ティナちゃんの読めない漢字を教えて、ちょっとお触りをして、お尻を叩いて、西島組の事務所に行った。片桐組長に記事の原稿を渡す。これであとは出版するだけだ。広告はもう集まっているらしい。良かった。
広告は一件金貨10枚。これで12件集めたそうだから120枚。片桐組長によると、広告は全然問題なく集まったそうだ。
町の名士に対するゴマすりにもなる。断って西島組と余計なトラブルになるのも嫌だろう。多少なりとも広告効果もある。それなら10枚は惜しくないということだそうだ。毎月来られたらせびられる方も大変だろうけど、適当に回していくから大丈夫だという組長の言葉を信用すると、このまま定期的に続けられそうだ。
出版費用などで20枚使ったということなので、俺の取り分は20枚。20万円ということになる。もっとも印刷機械とかを買った費用も含まれているので、次からはもう少し俺の取り分も増えそうだ。
最初だから大変だったけど、慣れたら手頃な仕事になりそうだ。アンケート用紙を作れば、もう取材で走り回る必要もない。そうすれば、毎月作文を2通書いて、ティナちゃんに組事務所に届けさせれば、あとは自動的に報酬が入ってくることになる。
宿屋に戻り、いい気分でアンケート用紙を作る。
それと並行して、ティナちゃんに言って、エルフ人妻のナーナを呼んできて貰った。裁判の最終打ち合わせをした。翌日、裁判所に行くことにする。さて、異世界の離婚弁護士デビューだぞ。




