9 エルフの人妻
エルフだ。美しい。やっぱりエルフって綺麗なんだな。でも、なんとなくエロスを感じる。物語のエルフは、もっと神々しい感じで、綺麗は綺麗なんだけど、下半身に訴えてこない感じ。でも実物は違うぞ。存在感が違う。露出の激しい服装でもなくお洒落でもないんだけど、フェロモンを出しまくっている。なるほど。いや、何がなるほどなのか分からないけど、なるほど、と言いたくなる。
ティナちゃんに言って、机の上を片付けさせた。メモとペンだけを出す。席を用意して勧めた。俺の横だ。なんていうのかな、お医者さんの机と椅子、その脇に置かれた患者さん用の椅子みたいな配置っていうのかな。机越しにお話するのがもったいないほどの美人さんだから、あえてそういう配置にした。エルフさんが俺の方を向いて座る。スカートの上で手を組む。その下は柔らかそうな太ももだ。それが机に遮られずに、俺の目の下に広がっている。俺は机の前の椅子をエルフさんの方に向けて座っている。お互いの膝小僧の距離は、約12センチメートルといったところか。
さすが俺だよ。完璧な配置だ。
ティナちゃんが複雑そうな顔をしていたが、俺の知ったことじゃないしね。お尻に人権はない。日本国憲法にも書いてないだろ。マッカーサー元帥が、尻には人権はいらんと言ったからなのだ。
エルフの人妻だ。
そもそも名前を聞くのを忘れていた。
「ナーナです。26歳。」
ナーナさん。なるほど。
「先日、夫が逮捕されました。シャブです。」
お、刑事事件かな。ていうか、覚せい剤があるのか。
「覚せい剤?違います。先生、シャブっていうのは、ドリーミング・ゴブリンの爪を粉々にしたものです。焙って吸引するのが一般的です。ジュースに混ぜて飲む人もいますが、それは邪道です。」
ドリーミング・ゴブリンっていうのがいるのか。その爪が麻薬になるんだな。しかし、ドリーミング・ゴブリンって、どんなのだろう。
「森の中のお花畑でよく遊んでいるんですよ。肌はピンク色です。禁制品なので、冒険者ギルドでは医療目的以外では扱っていません。闇業者が捕まえて処理するので、ものすごく高いんです。」
ナーナさんが教えてくれた。なんか余計な情報が増えてきたぞ。俺の記憶力では処理できなくなりそうだ。いや、事件の話を聞こう。
「常習だったので、判決が懲役3年となりました。初めての実刑です。」
あ、終わったんだね。もっと早く来てくれたらよかったのに。
「弁護士さんがいるというのは、噂話で聞いていたんですけど、別に夫の刑が軽くなっても意味がないので。」
雲行きが変わってきた。そういえば真樹も松本俊彦被告人のことを同じように言っていたな。この世界では、夫というのは本当に邪魔者みたいだ。
「夫がいなくなったのですが、夫の父親が迫ってくるんです。」
おおー。その辺詳しく聞こうではありませんか。
「今、夫の持ち家に住んでいるんですが、義父が出て行けと。嫌なら俺の相手をしろっていうんですが、義父は嫌なんです。」
まあ、義父じゃなくても嫌だろ。エルフのナーナさんは、平然として続けた。
「いえ、義父じゃなかったら別にいいんですけど。」
またエルフのイメージ壊れた。この前のゼット検察官もそうだけど、この世界のエルフって、どうなっているんだろう。なんか違うぞ。俺にそんな剥き出しの現実を見せないで欲しい。
「義父は臭豚人族なんです。」
なんだ、その種族。そんなのがいるのか。いや、それ以上の説明は結構ですわ。ほぼ予測できた。詳細には聞きたくない。さっきお昼食べたとこだし。あ、でも、そうだったら、夫はどうなるんだね。
「義母は、犬人族なので、まあ普通です。義父は、郊外に土地を持っていたので、それで義母と結婚できたんです。夫は4人兄弟の3男で、長男、つまり私の義兄は、臭豚人族、義姉は犬人族、義妹も犬人族です。」
おおっ!メンデルの法則だよ。すげえ。しかし兄弟ですごい落差ができてしまうもんだな。逆の比率でなくて良かったとは思うけど。
「それでなんとかならないのかと思いまして。」
聞いてみた。
「離婚も覚悟されていますか?」
「離婚ってなんですか?」
聞き返された。
法律上は離婚という制度はあるけど、ほとんど使われていないらしい。男性優位のこの世界では、夫が妻を追い出すことがあるくらいで、妻の側からどうこうするという発想自体はないみたいだ。でも、法律では、ちゃんと決まっているんだよ。
契約書を交わした。着手金は金貨30枚、成功報酬として、今の持ち家を分捕って離婚できれば金貨50枚とした。暴利かな。ちょっと不安に思ったけど、気にしないことにした。だって、この世界中で離婚を成功させられる弁護士は、多分俺一人だ。いや、そこまで極端じゃないかもしれないけど、おそらくはそうだ。それだったら、多少高くしても構わないだろう。それに持ち家が、かなりの価値がありそうだし。そう考えると、むしろ格安なはずだ。
「しかし、ナーナさん、家を取っても、その後の生活に困りませんか。」
「知り合いが売春宿を経営しているんです。そこでしばらく働きます。年齢的にきつくなったら引退して、持ち家を誰かに賃貸に出して、私は安い下宿に移ります。それで、パートに出れば、生活の面では全然問題はありません。」
しっかりしてるな。ともあれ、子供はいないということなので良かった。やっぱり子供さんのいるご夫婦の離婚事件となると、後味の悪さが半端ないもんね。
それからナーナさんと細かく打ち合わせをした。事情も聞いた。必要以上に細かく説明して貰ったぞ。これはご褒美だな。また追加で聞くことがあるかもしれませんと言って、とりあえず今日はこれで終わりとすることにした。
ティナちゃんに言って、お金を受け取りに、ナーナさんについていかせた。領収書を預けておく。着手金と引換えに渡させるのだ。あと帰り道に法務局でナーナさんの夫の持ち家の所有権を確認してくるよう指示する。
ふう。
松本俊彦被告人の事件と地上げが終わったと思ったら、また新しいお仕事だ。順調だぞ。
と思っていたら、またノックの音だ。
お仕事かな。
西島組の六郎氏が入ってきた。
「池先生、困ったことになった。来て欲しいって、オヤジが言ってます。すみませんが、お願いできますか?」
宿屋の前に馬車を待たせてくれているらしい。親切だな。っていうか、重大なことになっているのかも。心配になってきた。