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6 涙の法廷デビューだ

法務官が開廷を宣言した。

「にゅにゅっ、君は名前はなにかね。」

「松本俊彦、32歳です。」

「検察官。起訴状の朗読をどうぞ。」


そうだ、俺、ずっと気になっていた。この町では、伯爵騎士団の中で選ばれた者が検察官の役割をすることになっている。今は、騎士団副長がその任にあたっているとは聞いていたのだが・・・。


ゼット検察官。ゼットって、昨日の夜、居酒屋で発泡酒頼んでた、あのエルフじゃないか。女の子ナンパして、俺に酒代負担させて、ものすごく軽いノリで喋ってたあいつだ。そういえば、王都で勉強して文武両道を極めたって言ってたな。だから騎士団副長で検察官なのか。あんなに軽く言っていたので、てっきり冗談だと思っていたのだが、本当の話だったのか。真由美ちゃんの膝を触りながら、「職業は正義の味方さ!」と言っていたので、単なるアホだと思ってた。


あいつ、検察官だったのか。微妙な顔をして検察官を見る。ゼットも少し挙動不審だ。俺の顔は覚えているらしい。昨日のこと、ここでバラすぞ。


「はい、起訴状を朗読します。


被告人、松本俊彦は、平成22年12月24日、午後11時30分ころ、オンドレ町南区2丁目25番地付近の路上で、帰宅途中の金井宗高(56歳)を背後から殴りつけ昏倒させ、その抵抗を不可能な状態にし、上着ポケットから金貨21枚在中の財布一点を強取し、その際、同被害者の右膝及び後頭部に全治6か月の創傷又は打撲傷を負わせ、もって強盗傷害を行ったものである。」


「弁護人、いかがかにゃ。」

さて、俺の番だ。

「それでは、被告人の奥さんを証人に呼びます。」


真樹が前に出てきた。この前証人になることを頼んだときは、豹柄のシャツとホットパンツを着ていたが、今日は質素ながらも上品な服を着ている。俊彦の母親にねだって買わせたそうだ。さっき、胸元に輝く真珠のネックレスも見せてくれた。「これがないと証人として信用されへんってオカンにゆうたら、一発やったわ!」と自慢してた。


「被告人の妻の真樹です。このたびは、主人がとんでもない犯罪をしてしまって、本当に申し訳なかったと思います。」


真樹の話は長きに渡った。初めて被告人とであったときのこと、そして恋に落ちたこと。被告人との間に愛の結晶(クソガキって呼ばないで!)が授かったこと、その浩太君が昨日小学校の入学式だったこと(校長先生を背後から殴りつけ、金貨の入った財布を奪ったことは絶対にナイショだ。)、被告人は不器用なところはあるが、本当は優しい人であること、これからも被告人の帰りを母子で待って、被告人が帰ってきたら、必ずや被告人を説得して、一生懸命仕事を頑張らせる決意であること。もう二度とこんなひどい犯罪はさせないように監督すること。


法務官が問う。

「被告人は、極悪なことをしたにょ。本当にやさしいところがあるのかにゃー?」


よし、ここだ。いけっ、真樹!

「子供が風邪を引いたとき、としくんは、・・・うぅっ、すみません、被告人は、徹夜で看病してくれたんです。それで、浩太は、『パパが、刑務所で、お風邪を引いたら、僕は看病してあげられないね』って、・・・ぐすっ!・・・そう言うのです。うちの子が小学校を卒業するときには、親子三人でお祝いしたいしてやりたいと思うんです!


よく分からない締めだ。感動するポイントにいまひとつ乗り切れない中途半端な感じがする。もやもやする。しかし、この世界の人たちは、その手の話に免疫がないみたいだ。それに真樹の本性や浩太君の性格を知っているのは俺だけだ。法務官も、うつむいて、「にゃ、にゃんと!」と言っている。猫耳も垂れてしまった。ゼット検察官も、ずずーっと鼻をかんだ。傍聴席は静まり返っている。


俺はゆっくりと立ち上がる。証言台のそばに行き、真樹の横に寄り添って立つ。法務官を見る。静かな声で語り始めた。


「法務官閣下。被告人のしたことは、たしかに悪質なところもあります。しかし、被告人のことを思いやる妻と息子の支えがあれば、被告人は必ず真人間に更生することができるでしょう。どうか、寛大なご判決を、お願い致します。」


次はゼットの出番だ。

「はあ、求刑は、10年としようと思っておりましたが、私も、証人の言葉に心を打たれました。浩太君が卒業するまで、すなわち懲役6年の実刑に処することを求めます。」


大サービスだ。ある意味口止め料だな。

傍聴席から、話の分かる検察官の求刑をたたえて拍手が沸いた。


法務官は、「わかったにゃ。しかし浩太君も卒業前には就職とか進学とか考えなければならないから、もう少し早く出てこられるように、配慮する必要がある。よって、被告人を5年6月の懲役刑に処する。にゃにゃっ!」


よし、申し分のない結果だ。浩太君大人気だな。結局最後まで会わずに終わったけど、俺としてはこれからも会いたくない。被害者の金井氏はまだ病院でうなっているのだろうか。この判決聞いたら怒るかもしれんな。もっとも、それは俺の知ったことではない。


とりあえずうまく行った。良かった。

松本俊彦氏は、これから懲役に行く。


このオンドレ伯領での懲役はかなり厳しい。森の周辺部の木を刈り取ったりして、森が拡大してくるのを防ぐのだ。そうしないと魔物の支配領域が広がって、人間が住むところがなくなってしまう。作業中に、当然魔物に襲われることもある。武装は許されないから、逃げるしかない。一応軍隊が随伴して警備しているが、手に負えないと見たら逃げていいことになっている。そうすると魔物は足枷をつけて走れない囚人を殺していくことになる。それは別に構わないことだと考えられている。


その他の労働も、辛くて危険なものが多い。長い期間の懲役となると、生きて帰って来られるかも怪しいものだ。そういう世界だから、刑の長さは被告人にとっては生死の問題だ。


いずれにせよ、松本俊彦被告人が無事刑期をまっとうし、オンドレの町に戻って、心行くまで真樹を殴ったり、酒を飲んだりできるようになることを祈りつつ、あ、いや、真人間になるよう努力することを祈りつつ、裁判所を後にした。


宿屋に帰ると、ティナちゃんが待機していた。

「ティナちゃん、裁判は無事終わった。報告書を書くからそれを持って、松本俊彦氏の母親のところに行ってくれ。それで金貨10枚を受け取って、代わりに領収書を渡してきてくれたらいい。」

「はい、メンデス先輩、分かりました。」

ティナちゃんが答えた。


ティナちゃんは、あれから仕事をあれこれ手伝ってくれている。お客さんの住所録も作ってくれているから、松本母の住所もちゃんと分かっている。契約書もファイリングしているから、成功した場合の報酬金額が金貨10枚ということも分かっているから、簡単な指示だけであとは自動的にやってくれる。

そういう意味では、真面目で信頼できるし、助かっている。


ただ、俺とティナちゃんとの関係は全然落ち着かないものだった。

俺は、まだティナちゃんに対して笑顔を見せる気になれない。

ティナちゃんもいつも固い顔をしている。


事務的な会話以外、何も話さない。俺は俺で、書類を作ったり、法律書を読んだりしている。ティナちゃんは俺に言われた仕事をしているか、手が空いているときは、俺の服を洗濯したり、お茶を入れてくれたりしているが、俺は特にお礼をいうでもなく「ああ」とか、「分かった」とか、「そこに置いてくれ」と答える程度だ。


居心地は悪いはずだ。

居心地を悪くすれば辞めていくだろうとは思っているが、意外ともっている。こういう空気に耐性のない子だと思っていたが。

だんだんイライラしてきた。


報告書を作成する。報告書といっても簡単なものだ。


「報告書


平成23年5月21日 弁護士 メンデス・池


松本俊彦母 様


本日、オンドレ地方裁判所において、松本俊彦被告人に対する判決がありました。

検察官の求刑は、6年でしたが、判決主文は、「被告人を懲役5年6月とする」というものです。

当職及び真樹証人の証言が有効であったものと思われます。


成功報酬について下記のとおり請求致します。


記 


金貨10枚


本報告書を持参させますので、事務の者にお支払い下さいますようお願いいたします。」


というものだ。


ティナちゃんは出掛ける用意ができたみたいで、俺の報告書が出来上がるのを窓の外を見ながら待っていた。


俺は報告書を持って立ち上がって、ティナちゃんの後ろに立った。

ティナちゃんのお尻は、意外とふっくらしていて存在感があった。すらっとした背中から降りていって、ぷくっと盛り上がっているのがかなり魅力的だ。しかし、このときの俺にとっては、それも苛立たしいだけの曲線だった。

かなり力を込めて、ティナちゃんのお尻を、バシッと引っぱたいた。

「ひゃ!!??」


ティナちゃんがびっくりして振り向いた。顔は怒っていいのか、笑っていいのか、困った顔をしていて、目は丸く見開いていた。


「ぼけっとするな。」といって報告書を渡し、そのまま部屋を出た。お昼ご飯を食べに行こうと思う。


なんで俺はティナちゃんのお尻を叩いたんだろう。

歩きながら分析してみた。


まず、俺はティナちゃんとの今の状態を居心地悪く感じている。

その一方で、ティナちゃんとの関係を改善したいとか、仲良くなりたいとかそう思っているわけではない。

かといって、ティナちゃんを首にしたいとも思っていない。

結局、どうしたいか分からないままイライラしていて、ティナちゃんを傷つけたり、いじめたりしたくなったということだろうか。

それもちょっと違う気がする。


しかし、お尻の感触は良かった。引き締まっているのに柔らかい。なぜだ。なぜ相反する性質が両立しうるのか。不思議な感触だった。


そんなことを考え込みながら歩いていると、ちょうど前から六郎氏が歩いてきた。ドワーフヤクザだ。西島組に何かあったのだろうか。


「おうっ!池先生!ついにやりましたぜ!ビルが建った!オヤジが見に来て下さいって言ってます。」

完成か。すごく早いな。もっとも現代日本みたいに耐震構造だとかそういう難しい決まりもないし、造りは単純だから早いのか。行くことにした。


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