2 ガラス越しの接見(感動する要素は特にありません)
まずは接見する。小さな部屋に入った。目の細かい金網で仕切られている。これで声が聞こえるんだな。しかし文書の受け渡しとかそういうのはできない。よく出来ている。現代日本だと、強化プラスチックとかだけど、ここではそういうのはなさそうだしね。
しばらく待っていると、反対側の扉が開いて、男が入ってきた。町兵さんが一緒についていたが、すぐに出て行った。
自己紹介をする。「こんにちは。弁護士のメンデス・池です。弁護を依頼されたいということでいいですね。」と聞いた。
男は、
「はい。俺、松本俊彦っていいます。昨日の夜突然逮捕されてしまって、何がなんだか分からないんです。俺、何もやっていないんですけど。」
「逮捕状は見せられましたか。」
「はい。」
「なんて書いてありました?」
「強盗・・・強盗傷害罪って書いてました。」
なんだ、何で逮捕されたか分かってるじゃないか。
「取調べでは、その強盗傷害について何か聞かれてますか。」
「はい。最初は身上関係を聞かれて、家族構成や職業とかを答えました。それから去年の冬にやった強盗傷害について聞かれています。」
「ん?やったの?」
「はい。先生、俺、無罪になりますか?俺がいないと、嫁がまともに働かないんで。子供も心配だし。」
なんにもしてないって、さっき言ってたじゃないか。
「やったのは確かなんですね。そうであれば、無罪というのはよほどの事情がない限りは無理です。ただ、弁護士としては、罪ができるだけ軽くなるように頑張るということになります。一方、無罪といえるような事情があれば、無罪で頑張ることになります。その選択はあなた自身がして下さい。ただ、無罪と主張すると法務官の心証もよくないので、刑が重くなるかもしれません。無罪を主張できるだけの事情がなければ、罪を認めて情状で頑張ることをお勧めします。」
犯行態様を聞いた。どういう証拠があるかも聞いた。ぼろぼろでてきた。いや、これは無理だわ。それにもう「やったことは事実だ。」と自白して調書も取られている。今更ひっくり返すのは至難の業だ。事実関係は認めて、あとは情状で頑張るという方針で合意していったん外に出た。
松本俊彦の母親に会いに行った。息子が逮捕されていること、罪名などを伝え、受任の条件を詰める。この件で嬉しいのは、俊彦の母親が金を持っていて、しかもまだ俊彦を見捨てていないことだ。かなり溺愛している息子のようだ。
着手金として金貨15枚、刑が短くなれば成功報酬として更に10枚とした。これが相場として適正なのかはよく分からない。日本の貨幣価値よりは少し低い目ということと、凶悪事件だということを考慮した。まあ、こんなもんかと思う。
ここで、本当なら母親に情状証人になってもらうよう依頼するのだが、母親は、全然使えない感じだった。息子さんはどんな子でしたかって聞いたら、「とっても優しい子でした。」としか言わないし、被害者さんにどう思いますかと聞くと、「被害者の側も不用意に大金を持って夜道を歩いているから、俊彦も悪い気を起こしてしまった。」とか口走りだした。母親を呼ぶのは逆効果だ。やめておこう。
代わりに、松本俊彦の妻が西区にいるらしい。会いに行くことにした。
「先生、あんまり家の中見んといて。ちらかってて恥ずかしいわ。」
真樹が言った。松本俊彦の妻だ。
たしかに散らかっている。なんか、高価そうなおもちゃがたくさんぞんざいに打ち捨てられている。おもちゃにはマジックで大きく名前が書いてある。盗難等のトラブル防止なのだろう。三浦とかボブとか書いてある。アリスちゃんのもあるぞ。
「これはうちの浩太ちゃんが、お友達から借りてきたもんやわ。」
浩太ちゃんか。いまはいないようだ。三浦もボブもアリスも、みんな優しいお友達なんだな。
「浩太ちゃんか?今日は、幼稚園の卒園式やってん。それで、卒園式終わって、ウチでお昼ご飯食べたら、『先公のところに、お礼言ってきたる!』ていうて出てったわ。」
先生今頃無事か。しばし瞑目する。
気を取り直して、真樹に松本俊彦の裁判に証人として出てきてもらうようにお願いした。
「え、あいつ長く入ってる方がむしろありがたいけど。働きはせんし、酒は飲むは殴るわで、ええとこないわ。浩太も、「おとん死ねや!」っていうのが口癖やわ。うーん、まあええわ。あいつ(俊彦のことだ)のオカンには浩太ちゃんの養育費払ってもらわんといかんから。その辺、先生からオカンに、ええようにいうといてくれる?そしたら協力するで。」
なるほどわかった。しかし、あんたと浩太ちゃんなら、自分で立派に生活できると思うぞ。
その後綿密に打ち合わせた。真樹、あんた使えるよ。