19 斬られても、仕事を離しませんでした
知らない女の人が置いてくれたパンと水を飲む。
まだ下は寝静まっている。判断力が低下しているまま、とりあえず、義務感にかられて、昨日出来なかった仕事を片付けようと思った。
地上げ計画の詳細だ。住人に支払う費用や今後入る賃料の見積もり、その収入をどのように配分していくかという金の流れ。
契約書の案文も作成した。これを持っていけば、住人と交渉を始められる。
ふと気が付いて窓を開けた。空がもう明るくなってきている。どうやら熱中していたらしい。はっきりした時間は分からないが、もうお昼近いかもしれない。
乱暴に部屋のドアがあけられた。ノックの音すらしない。
ぼんくら亭主だ
「おい、いつまでここに居座っているんだ。商工会議所から出しているのは二日分だけだぞ。うちに泊まりたかったら金を稼いでからこい。」
かっとした。
「一昨日金貨一枚追加で払っただろうが。客に文句つける前に帳簿くらい確認したらどうだ。」勢いで続けた。
「それよりも昨日の夜帰ってきたら食堂には誰もいなかったぞ。この宿屋では、金だけとって飯を出さずに誤魔化すのか。どうなんだ、答えてみろ。」
ぼんくらは、
「稼ぎもない癖に金が払えるはずがないだろう。そんな奴に食わせる飯がなかっただけだ。今すぐ出て行かないのなら、ここで金を払え。」と言った。
なんという滅茶苦茶なことをいう男だろうか。ものすごく腹が立ったが、ここは大人の対応をしてやろうと思った。
「お前は厨房に篭っていればいいだろう。何をしているのか知らないが。客室をうろうろしたら、お客さんが不快に思うだろうが。おしのさんに聞けば、俺がさっき言った話はすぐに分かるはずだ。」
隣の部屋から誰かが顔を出した。
「そのおにいちゃんの言ってることは本当だよ。昨日、西島組の六郎さんが、この人のために金を払っていたのは俺も見てた。おしのさんはちゃんとした人だから、帳簿につけてあるはずだ。おにいちゃんに難癖つける前に、確認するべきだな。それより昨日の夜はなんだったんだ。俺が行ったときも食堂には誰もいなかったぞ。」
ぼんくらは、
「う・・・西島組か。」とちょっとあせった顔をした。こういう男は、強い相手には弱いんだよね。ぼんくらは隣の客に弁解した。
「実は昨日、おしのが突然倒れたんだ。それでちょっとばたばたしてな。申し訳なかった。」と、隣に謝ってから俺の方を向いた。
「とりあえずお前の言い分を聞いておくことにする。だが、金が尽きたら、すぐにでも追い出すから覚悟しておけ。」謝罪はなしだ。もっとも、それよりも気になることがある。
「おしのさんが倒れたのか。何があったんだ。今どうしてる。」
ぼんくらは俺の顔を睨み付けた。
「お前には関係のないことだろ。それともなにか、おしのを狙っているのか。人の嫁に色目を使うな。」
隣の客が口を挟む。
「おい、おしのさんがいないとなると、この宿の飯はどうなるんだ。飯代も含めて払ってんだぞ。」
ぼんくらと客が言い争いを始めた。
俺は不安と空腹で頭がくらくらしてきた。
「入院しているのか。」
ぼんくらが、
「だから関係ないって言ってるだろう。いつまでもぐうたら寝ていないで、とっとと仕事でも探しに行け。他人の女を気にかける前に、まっとうな人間になるのが先だろうが。」
いちいち一言多い奴だ。しかし、このぼんくらの超理論を聞いているうちに俺は頭も身体も辛くなってきた。ドアを閉め、ベッドに倒れこむ。少しだけ横になっていたら回復するだろう。




