8 俺、家出少年みたいだわ
前の世界にいた頃は、全然普通だったんだが。異世界にきて初めてあからさまな悪意を叩きつけられた。
自分でもびっくりするくらい打たれ弱くなっている。たった一日、ちやほやされていただけで、いままで我慢していたことが、全然我慢できなくなっていた。
それだけじゃない。突然転移させられたんだ。豊かな生活ではなかったけど、俺は俺なりに、前の世界で生きていた。明日どうなるかなんて全然不安に思ってなかった。多少なりとも貯金もあった。着る服は自分の金で買っていた。住むところも、自分で借りていた。誰からも食べるものを施されることはなかった。おごられることはあったけど、同情でおごられることはなかった。
夜の道はほとんど人通りがなかった。建物の戸口には人影が見えるが、おれが家路を急ぐように見えるのか、誰も声を掛けてこなかった。物音を立てるのを、みんな極度に恐れている。ふらふらと歩き続ける。その辺に座り込みたいが、そうするとさすがに誰かが声を掛けてくるだろう。説明するのも面倒だ。仮に説明するとしても、どう説明すればいいのか分からない。誰にも干渉されたくない。一人になりたい。
大通りに出た。道の中央部分が植え込みになっていて、街路樹が並んでいる。その茂みは暗くて、そこだと誰にもみられないだろう。その奥の方に入ってうずくまった。膝を抱えて座って顔をうずめた。何も考えずに、目をつぶった。
朝になったらしい。肩をやさしくゆすぶられて目が覚めた。目の前におしのさんの顔があった。心配そうに見ている。
「うちの亭主が本当にごめんね。あんなひどいことをいうなんて。私、池君が防空壕にいると思って安心していたんだけど、今になって気付いて、旦那怒鳴って店を放り出して探しにきちゃった。」
そんな、大丈夫なんだろうか。
おしのさんは、自分の言いたいことは、はっきりいえる人だ。そのおしのさんが、亭主には色々不満はあるらしいのだけど何もいわずに我慢している。それはおしのさんが、生活していかなくてはいけなくて、亭主に逆らえないからだ。
そのおしのさんに、亭主と喧嘩をさせた。店を放り出させて、俺のことを探してあちこち走り回らせた。二人の間は、俺のせいでずっとぎくしゃくするだろう。おしのさんは、居心地の悪い思いをするだろうし、下手をすると追い出されるかもしれない。
俺が軽率なことをしたばかりに、我慢をしなかったばかりに、おしのさんの立場を悪くした。
自分が情けない。何をしているんだろう。
「おしのさんごめんなさい。迷惑を掛けた。」
おしのさんが笑う。涙が流れている。輝くような笑顔だ。世界で一番美しい笑顔だ。おしのさんが目を伏せて、俺の手を取った。
「そうよ、大迷惑よ。あなたのことが心配で心配で、死にそうになったわ。もう会えないかもって思ったら、気が変になりそうだった。ね、早く帰ろう?あなたの部屋にサンドウィッチを用意しておいたの。あいつに触らせたくなかったから、私が作った。たくさん食べて欲しくて。」