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5 俺と美人妻と空襲警報

おしのさんは、食堂で一人で座っていた。ろうそくを一本だけ使っている。お茶を飲みながら帳簿を付けているようだ。

「池君、おかえりなさい。楽しかった?」

声が低い。


「ごめんね、責めているわけじゃないの。うちのアホ亭主がさっき夜遊びに出たからね。どこに行くともいわないし、私も行くなとは言わない。あんまりうるさく言って追い出されても困るしね。別に愛情があるわけでもなんでもないけど、なんだか、なにもかも馬鹿らしくなってくるの。」


どうしよう。おしのさん、語りモードになった。促されて隣に座る。

「池君、香水の匂いがするわ。私なんかより、ずっと綺麗な女の人と楽しく飲んでたの?私、亭主がいくら浮気してもなんとも思わないけど、アントン君が綺麗な子といると、胸の奥がすごく痛いの。」


俺は返事ができない。少しエリスちゃんのことを思い出す。あのゴムマリは指名を受けるに値する。機会があれば、ドレスをひん剥いて、あのゴムマリを手でわしづかみにしてみたい!


「池君、なんだか男の顔をしているわ。いいお仕事見つかったの?」


よし、話題を変えよう。このままだと、二人の間に、いけない事故が起きてしまうかもしれない。

「おしのさん、この町の司法制度には、新しい風をいれる必要があるんです!」

勢い込んで言った。


「俺、この町に来るまでは、自分の身を守ることだけを考えていました。でも、何か人の役に立てることがあるような気がしてきたんです。」


その先が続かない。まだ具体的には何も考えていないんだよね。それに片桐組長の話をそのまま再現するわけにもいかないし。しかしこれで黙ってしまうと、俺とおしのさんとの関係が行き着くところまで行き着いてしまいそうだ。おしのさんは、とても綺麗で魅力的な人だ。俺のいままでの人生で、おしのさんくらい綺麗な人と、3秒以上、二人っきりでいたことはなかった。


今の生活でも、俺はおしのさんは好きだ。でも、おしのさんは人妻だ。人妻とそういう関係になるというのは抵抗がある。絶対に駄目というわけじゃない。まだふんぎりが付かない。ティナちゃんのことも気になる。ずるいようだが、俺はおしのさんとは、今の関係をもう少し維持していたい。なにしろ、俺はイケメンになってから、まだ一日しか経っていないんだし。


やむなく、無理やりにでも話し続ける。

「刑事訴訟法は、本来、訴追側に立証責任があるんですよ。」

昔、どこかで習った記憶がある。ものすごい適当だ。片桐組長の話で思い出した。猫の法務官にやりこめられたという話だ。法務官も、相手が片桐組長でなければ、屁理屈はこねなかっただろう。組長にはいわなかったが、見くびられていたんだ。


おしのさんは黙って聞いている。女は、男のたいていの話に口を挟んで意見をいうが、男が自分の仕事の展望を話し始めたときだけは、それがどんなにくだらない話であっても、黙って聞くのが常だ。これは異世界でも同じらしい。


俺は、記憶の限り、刑事手続きについて語り尽くした。推理小説とかで読んだ知識も総動員した。犯罪によって利益を受ける人間が一番怪しいとか口走った。そして俺の、くだらなくて長い話が終わった。


おしのさんは、黙って最後まで聞いてくれた。俺の話した内容を深くうなずきながら聞いていてくれた。この町の司法制度について、相当な問題意識を持ってくれたらしい。さっきの危ない話題からは、離れられたぞ。若い二人の危機は回避されました。


「池君、今日一日で、とても色々と考えたのね。なんだか遠い人になってしまったみたい。池君の隣には、きっと可愛くてやさしい女の子がふさわしいわ。」

訂正する。危機は全く回避されていなかった。


俺とおしのさんは、触れそうな距離で並んで座って、ゆらめくろうそくの炎を見ている。ろうそくは、あと5ミリくらいしか残っていない。このままだと、ろうそくの火が消え、おしのさんの存在が暗闇を満たすだろう。そうなれば、俺は多分、おしのさんに対する気持ちを抑えられない。


「おしのさん、おれ」

言葉を絞り出した。俺はどうしたいんだ。俺は、とりあえず今のままがいい。ずるいのは分かってるが、今のところ、先に進む勇気がない。

「考えてみれば、俺たち、今日初めて会ったんですよね。」

おしのさんの顔を見る。本当に綺麗な人だ。

「初めて会ったときから」言葉に詰まる。なんていえばいいんだ?


その瞬間、遠くで鐘が鳴り始めた。激しく叩かれている。すぐに、もっと近くで別の鐘が同じように鳴り始めている。ほとんど寝静まっていた通りから、人の声がし始めた。おしのさんが顔色を変えた。


「池君、何か大変なことが起きたみたい。私は通りの様子を見てくる。」

おしのさんが扉の方に向かうのを見送りながら、俺はいったん部屋に戻ることにする。ずっと手に持っていた刑事訴訟法が気になっていたのだ。それで、すぐに階下に下りる。他の宿泊客も食堂に集まっていた。


おしのさんが宿泊客たちの前に立った。

「通りで事情を聞いてきました。ドラゴンの群れが町に向かって飛んできているのが、城壁から見えたそうです。みなさん、裏の庭に防空壕があるので、静かにそこに入って下さい。」


ものすごく簡単な説明だ。ドラゴンの来襲は、数年に一度はあることらしいので、みんな知っているらしい。客たちは、「あー、ドラゴンかあ。心配だなあ。」と言いながら、ぞろぞろと裏庭に向かっていった。


ドラゴンでました。完璧に脇役です。

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