3 「高級寿司 いさり火」に行く
堅い話はその辺にして、というタイミングで、席をはずしていた六郎氏が事務所に入ってきた。
「オヤジ、車の用意ができました。」
おぉ、ヤクザの車だ。俺も乗せられるのか。行き先は南港とかじゃないだろうな。
「では、先生、行きやしょうか。」六郎氏の言葉遣いが改まっている。ドアもさっと開けてくれる。
大部屋を通って事務所の外にでた。真っ白な馬車が停まっていた。
馬車だ。真っ白だけど、お姫様が乗るような感じではない。まず、馬は黒馬が二頭だ。金メッキの馬具がすごく格好いい。
馬車は車高がめちゃくちゃ低い。地面を摺るような勢いだ。そして、車体の側面には、紫色の線が鋭く斜めに入っている。車体は、異常なまでに長い。おお。そうか、異世界のヤクザ好みといわれてみれば、ものすごくしっくりくる。
入ってみた。獣の毛皮が敷き詰められている。片桐組長が箱みたいなのを開けて、
「先生、一杯やるかね。」と聞いてきた。リムジンかよ。軽く頂くことにする。返杯する。
組長は、「おい、いさり火だ。」と声をかけ、御者台の若い衆が、へいっと返事をして馬車が走り出した。
「先生、この馬車は防弾加工しているから安心だよ。」
いや、それで安心する奴がどこにいるんだよ。
5分もしないうちに馬車が停まった。頂いた刑事訴訟法の本をそこにおいて馬車を降りた。
お店の前の看板に、『高級寿司 いさり火』と書いてある。店の構えは、すごく高級そうだ。黒服を着た人が入り口で出迎えてくれる。上着を預けて、恐縮しながら入って、テーブル席についた。
「回ってる。」思わず声に出た。小皿に二貫ずつ寿司が乗って、それがベルトコンベヤーに乗って流れてきている。
「はっはっは。先生、珍しいだろう。」片桐組長がにこにこする。これはあれだな、地方から来た人間を、ここで接待して驚かせることにしているんだな。
「先生、ここは中立地帯だ。いきなりハジかれることはねえから、くつろいでいいぜ。他の場所なら若いのを周りに置いておくんだが、先生もそれだとゆっくりできねえだろうからな」
と、また却って心配になることをいう。
ちなみに若い衆は、馬車を回してそこで待っているらしい。
回転寿司がくるくる回ってきた。全皿均一料金らしい。どんどん取っていく。
皿にネタの名前が書いてある。うん?マシシニク?
「先生、これは魔獅子肉だ。」
マーライオンと読むらしい。海の魚じゃないの?刺身で大丈夫なのかよ。
頭の中の資料を思い出す。神様がくれた奴だ。こっちの世界では、寄生虫とか食中毒とかの心配は基本的にないらしい。特に毒があるものは別だが、それはそれだ。
「これは、魔蛇だ。」
マジャだってさ。毒が少し残ってピリピリするのがたまらんらしい。河豚みたいな扱いなのだろう。ちなみに、酢飯は普通だった。
「カニ味噌の軍艦もいくかね。」これは普通だ。もっともこのカニは陸上で暴れるので、魔獣という位置づけらしい。
高級店だというのはよく分かった。とにかく美味しい。日本の寿司も懐かしいが、こっちの寿司もそれに負けないくらい美味しい。
ベルトコンベヤーは、奥で誰かがぐるぐる回しているそうだ。たまに休憩しているらしく、その間は皿は止まっている。
片桐組長は、俺の個人的な話は一切聞いてこなかった。俺が避難民だと知っているし、聞かれたくないということも察したのだろう。そういう点はヤクザは完璧に守るよね。掟っぽいことには、ものすごく従順なところがある。
そのかわり、片桐組長は、自分の話をしてくれた。ドワーフの村に生まれたこと。小学校の先生がよくしてくれたこと。家が貧しくて、姉も妹も娼婦になったこと。妹が、酔った客に刺されて死んだこと。村を出て、オンドレの町に出稼ぎに来たこと。先代の西島組長に拾われて、必死になって仕えてきたことなど、綺麗な話も汚い話も、淡々と語った。
しばらく話していると、後ろから、「組長、おつかれーっす。」と女達の声がした。
「おう、ピーコか。エリスも良く来たな。」片桐組長は、俺に気を使って、女に来るように言ってくれていたようだ。
「うちの組は、キャバクラを持っているんだ。そこの売れっ子たちなんだよ。」