2 「概説 刑事訴訟法」 を 手に入れた!
細切れの投稿で申し訳ありません。これから数話投稿して、今日の分は終了致します。
「そういう意味で、先生には期待しているんだよ。六郎から先生の話は聞いた。この人だ!って思ったんだ。警察や検事に、きちんと話ができる人間は、この町にはいない。その点、先生はイケメンで不思議な説得力があるらしい。先生が捜査や裁判で助けてくれると、この町の司法も変わってくるんじゃないかと思っているんだよ。」
片桐が立ち上がった。机の上から一冊の本をとって、俺に渡す。ぼろぼろになった本だ。表題を見た。
「概説 刑事訴訟法」と書いてある。著者名が・・・
「江藤新平・・・」
江藤さん、こんな異世界まできて何やってはるんですか。あなた明治初期に太政官政府を離れて下野して、佐賀の乱で敗れた挙句に斬首されたんとちゃうのですか。ああそうか、転生したっていうことか。トラックにひかれて転生する話もあるんだから、斬首されて転生もおかしくない。全然おかしくない。
さすがに、転生者が江藤新平だとすると、訪ねていって、お互い情報交換をするとか、そういうわけにもいかんだろうな。恐れ多いよ。「大久保利通が」とか「中央政府は」とか言われても困るし。アームストロング砲は無敵なのです、っていうのは聞いてみたい気がするな。
「この本は・・・?」
片桐組長が答える。
「何年か前に王都で買ってきた本だ。その筋では最も権威ある文献として扱われているんだそうだ。」
「先生、俺の組の人間は、生まれも育ちも良くねえもんだから、やっぱり悪いことをすることがある。それで捕まって罰を受けるのは仕方がねえ。でもよ、法務官も検事もみんなプロだ。その中で、つかまった奴にもそれなりに言い分ってもんがある。そいつがプロに囲まれて、いいように非難されて一方的に刑を決められる。それはひでえと思う。一人だけでもそいつに味方をしてやる奴がいなきゃならねえから、俺も裁判に立会いに行くんだ。だけどよ、俺は小学校中退の身だ。自分の考えをうまくいえねえんだ。」
「概説 刑事訴訟法」を開いてみた。書き込みがたくさんある。「自白」という文字の横には汚い字で「じはく」と読み仮名が振ってあった。
「この書き込みは、組長が?」
「そうだ。この本を買って、一生懸命読んだ。必死になって何度も繰り返して読んだ。俺は若けえころ左のエンコ詰めたから、ページもうまくめくれねえ。それでも色々分かってきたことがある。でも、裁判にいくと、どうしてもうまく話せねえんだ。」
片桐組長は、左手を振ってみせた。ドワーフの指は短い。それでも第一間接が存在しない左小指は、ひどく異様に見えた。もっとも、左の小指とページをめくるのと、どう関係があるのかは分からない。
ページをめくってみた。滲んでいる。涙の痕だ。漢の涙だ。
次のページを見た。予想どおりだ。黒く乾いた血がこびりついている。組長、あんたどういう読み方をしたんだ。この本は、血と涙を流しながら読んだんだ。
「法務官に、『こいつがやったっていう証拠はねえです。』って言ったことがあるんだ。そうすると、法務官が、『じゃあ、こいつがやってないっていう証拠はあるのかにゃ』って、せせら笑いながら答えた。その理屈がおかしいことは分かるんだが、どうおかしいのか、いくらこの本を読んでも言葉にできねえ。それでも俺は俺の身内が厳しい罰を受けるのが嫌で、いつも裁判には行っている。悔しくって悔しくって、それでも俺には何もできねえ。」
片桐組長、あんたは、立派だよ。俺、この世界に来て、初めて本当の意味で感動した。
俺は前の世界では、親に金だして貰って大学を出た。一応は勉強をしたと思う。実は司法書士になりたくて勉強してた。頑張りはしたと思うけど、血や涙は流さなかった。俺の教科書は綺麗なままだった。結局、不動産屋に就職した。怠けたりはしなかったが、基本的には必死になって何かに取り組んだりはしなかった。
「先生、この本を受け取ってくれ。きっとこの本は、今日、先生が手に取るために、俺に買われてこの町に来たんだ。これを読んで、何かこの町のためにできることがないか考えてくれないか。見返りを求めて言っているんじゃねえんだ。ただ、俺は悔しいだけなんだ。」
高価なものじゃないのか。少し迷ったが、これは片桐氏の心の言葉だ。俺も心の言葉で返すのが礼儀というものだろう。姿勢を正す。
「組長、分かりました。お言葉ですので、これは俺のものにします。若輩者ですが、年齢や見た目に関係なく、組長は、俺という人間をみて、この本を渡してくれました。俺も、組長のお立場や力とか関係なく、片桐さんという人、あなたからこの本を受け取ります。決して無駄には致しません。」
片桐氏と俺は固く握手した。
それから気になっていた、江藤新平のことを聞いてみる。もう400年くらい前の人で、この国の法制度を全て作り上げた人なんだそうだ。立法の父と呼ばれているくらい偉いんだって。でも、それって時代が違わないか。400年前といえば、江戸時代が始まったころだ。つまりこういうことだ。転移や転生は、稀に起きるのだが、時代的な一致はないということか。じゃあ、あした2000年前の人が現れてもおかしくないことになる。
転移してきた身でこういうこというのは気が引けるけど、あまりぽこぽこ転移とか転生とか気軽にして欲しくない。小野妹子とかが、「どうしたどうした」とか言いながら出てきたら嫌だろ。古墳時代だぞ。
小野妹子 (男) 12歳 職業 遣隋使 特技 渡航・古墳 所属 大和政権
とかさ。共通の話題がなさすぎて困りそうだわ。江藤新平だったら、カステイラ好きですかとか、鹿児島弁って聞き取りにくいですよねとか何とか間はもちそうだけど。
その点、小野妹子は困る。船に乗りたがるかもしれないし困る。勝手に乗れよ。で、もう帰ってくんな。阿倍仲麻呂みたく帰ってくるな。別に嫌いな人ではないんだけどね。なんとなく困る。距離感がつかめないっていうか。
沖田総司とかなら、ありだな。咳をして、輝くような赤い血を吐いて、剣を振るい、
「ゴブリンをなで斬りにしたでござる。なあに、トシさんと池田屋を改めたときのことを思えばなんでもないでござるよ。はっは。つきましては討伐報酬を頂くでござる。うっ!げぽっ」とか聞いてみたい。「総司!おめえはただの身体じゃねえ。心配せずに休んでろ!」とか言ってみたい。俺、関係ない人だけど。横から総司に言ってみたい。