10 宗教裁判
2話投稿します。それで完結です。
それから数日は、被害者の会の仕事に専念していた。
代理店から奪い取った台帳には、被害者の氏名と支払額、分配額が全て載っている。それから、俺が代理店に指示した、金の分配方法も残っていたが、それは全て焼いた。
台帳と被害者の会の名簿を照合して、間違いがないか確認した。嘘の申告をしている人が何人かいたので、チーム流星や冒険者ギルドから人を借りて呼び出して、詐欺罪になるぞと警告しておいた。おそらく分配金が足りないことになった場合には、彼らには少ない額が返還されることになるだろう。誤魔化そうとしたという弱みがあるから、多少割りを食っても黙らせることはできるはずだ。
伯爵側が担当することになっていた作業の方も順調で、四万十川騎士団長の領地と不動産を差し押さえることに成功した。裁判所の許可があればいいのだが、その裁判所自体が法務官のところだし、法務官は伯爵の配下だから、形式的に書類さえきちんと作れば何の問題もなかったはずだ。
で、あとは領地を売り払うだけの状態になっている。伯爵は、売り払うのを待たずに、先に伯爵の手持ち資金から、被害者への給付をするつもりらしい。騒ぎが続いていると社会不安に繋がるから、できるだけ早く処理を終えたいということだろう。
ゼット検察官は亭主を殺人未遂と傷害で起訴した。死刑を求刑する予定だそうだ。実行犯ではないし、殺人については未遂なので、死刑というのは異例の重さだが、どうやら伯爵の意向が働いているらしい。
今回のマルチ商法のせいで、町に不満が高まっている。ところが、四万十川は公式には逃亡中ということになっていて、怒りの捌け口がない。亭主はマルチ商法には直接関わっていないけど、四万十川と組んで凶悪犯罪を計画していた。そういう意味で、四万十川と絡めて情報を流して、町の中央広場で処刑したら、町の人たちの気持ちも、少しは収まるだろう。法務官にも話はついているだろうし、この町の弁護士は俺だけだから、亭主を弁護する人間もいない。亭主の親族は、大店らしいが、もうとっくの昔に絶縁しているから、今更どうこうすることもない。むしろ下手に動くと町中を敵に回すから、動かないはずだ。
そうすると、おしのが離婚する必要もないかもしれないが、絶縁したとはいえ、亭主の親族が相続権を主張してくるかもしれない。そう考えると、やはり離婚して宿屋はおしのの名義に移しておくのがいいと考えた。
離婚裁判の判決の日が来た。今日は、ティナちゃんにはボーナスを上げてお休みを上げることにした。ずっと頑張ってくれていたからね。
お昼前に、教会に行った。おしのは、午前中は、宿屋の模様替えだとかで走り回っていたから、別々に集合した。司祭さんが待っていた。
「判決 亭主と、しのは離婚する。オンドレ町南区6丁目23番地の南門前ホテルの土地建物の所有権は、しのに移転する。被告が何等反論をしないので、被告は、原告しのの主張を事実として認めたものとして扱う。以上」
司祭さんが読み上げた。本当にあっけなかった。司祭さんが笑顔でおしのに話しかけた。
「これで新しい人生を歩んで下さい。教会としては、離婚は残念ではありますが、おしのさんのご事情はよく知っていますので、良かったと思っています。」といった。
おしのは、そのあと、まだまだ宿屋の仕事があるといって帰っていった。夜になったら、俺に手料理を食べさせてくれるんだそうだ。
俺は、それからギルドに行って、被害者の会の雑務の整理に没頭した。どさくさに紛れてエリカのおっぱいを触ったが、殴られた。いつもうまくいくとは限らないんだな。
夜になった。俺は部屋に戻って、水で身体を拭いた。特定部位を丁寧に洗った。なぜかって?それは言えないな。ただ、何か予感がするとだけ言っておこう。それから新しい服に着替えた。
しばらくしてから下の階に下りていった。おしのは厨房にいたが、ご飯はほとんど出来上がっていたので、二人分を俺の部屋に運んだ。
武装狸肉の野菜炒め定食だ。
「自分で作ったの。本当の武装狸肉の美味しさをおしえてあげる。」
初めてあったとき、すごく美味しいって絶賛した奴だ。覚えていてくれたんだ。あのときは亭主が作ったから、全然美味しくないって言ってた。
食べた。たしかに、記憶にある狸肉も美味しかったけど、これはレベルが違う。
「仕込みはどっちも私がやったんだけど、これは焼くのも私がやったの。ずっと池君のことを考えて作ったから、味はともかくとして、心は篭っているんだからね。」
と、おしのが優しく微笑んだ。
幸せだ。
おしのが昏睡していた間の話をまとめて話す。亭主が逮捕された事情とか、マルチ商法で町中が大騒ぎになっていたこととかを話した。
そういえば、ティナちゃんや、ターニャやキアナちゃんのこととかは、どう説明しよう。ちょっと迷ったが、後日ゆっくり話すことにした。この世界では、男が複数の女性と付き合うことは、それほど重大な行為ではないみたいだ。おしのも、基本的には同じように考えているだろう。すぐに説明しておかなくても、まあ大丈夫だろうと思った。
食事を終えた。話も尽きた。
俺は立ち上がって、おしのの隣に行った。おしのは立ち上がって俺を見た。
「おしの」
呼んだ。
「はい。・・・メンデスさん」
初めて下の名前で呼んでくれた。
俺はおしのを抱きしめて、ベッドに連れて行った。
ベッドに横たえて、俺もベッドに入ろうとすると、おしのはくすりと笑って、
「メンデスさん、蝋燭を消して。」と言った。
・・・
そのあと、おしのは、「部屋に戻るね。」と言って、食器とかを下げていった。「明日でいいじゃないか」って言ったんだけど、やっぱりそれは駄目だよと言われた。でも、食器を片付ける前に、「好きよ。」と言って、キスをしてくれた。
大人になったことを噛み締めながら、俺はそのまま眠ってしまったみたいだ。




