家政婦は見たり見なかったり
※家政婦ってなんだっけ?メイドさんとどこが違うの?って程度の認識のやつが書いています。
12月11日
智樹家の家政婦、愛菜琴子がそつなく一日の家事をこなして一息ついていると、テレビになんだか見覚えのある通りが映り、緊張感を煽るような口調でレポーターが喋っている。
「あら?」
近所の商店街に古くからあるというおもちゃ屋さんでボヤが起きた、という内容だった。
琴子はその事件について、朝刊で読んだことを思い出す。しかし、それは地方版の片隅を埋める程度の事件であったはずだ。全国放送で報じられるほどの『何か』があるとはその時は感じなかった。
しかし、ニュースには続きがあった。
ここ一年で、同様の事件が地域で多発している、というのだ。「これが同一犯の犯行であれば、連続放火事件ということになります!」とレポーターが当たり前のことを鼻息荒く訴えている。
「まあ…こわいこわい」と言って、琴子はテレビを消す。
夕飯の買い出しに行く時間なのだ。エコバックを肩から下げ、戸締り、火の用心。
危うき、と人ごみには近寄らず、が身上の琴子は商店街を避け、少し遠いスーパーへ向かうことにした。
買い物を終えての帰り道。ちょうど小学生の下校時間に通学路を通ることになった琴子は、一人で体操着袋をぽんぽん蹴りながら歩く智樹家の長男・宝を前方に見つけ、声をかけた。
びくっと振り返った宝は、相手が琴子と分かると表情を緩めたが、すぐに不機嫌そうにうつむいてしまった。琴子が隣に立ち、「いっしょに帰ろうか?」と言っても、黙って頷くだけ。
いつも友達といるのに今日は一人。何かあったのだろう。さて、どうしたものか、と琴子は頭をひねる。
「どうしたの?」
琴子が小さな後頭部に声をかけても、首を左右に振るだけ。だんまりである。
ここは、少しずるいけれど、この時期限定で子供に有効な魔法を唱えるしかないかしら、と琴子は考えて、宝を呼びとめる。
「たーくん」
「なあに?」
不承不承という体で、宝は立ち止まって振り返る。
買い物袋を一旦下ろし、琴子は宝と視線を合わせるため膝を折る。
眼鏡の奥の、大きな『女のヒト』の瞳に覗かれ、居心地悪そうに宝は視線を外す。
「そんなふうに黙っていると、コッコさんは心配だな~」
もう少し小さい頃、宝は『コトコ』と発音できず、コッコ、コッコと琴子を呼んでいた。それ以来、最愛のニックネームである。
「……」
「お姉ちゃんやお父さんも心配するよ?」
「……」
しばらく様子を見つめるも、宝は口を尖らせただけだった。
そこで殺し文句。
「そんな心配かける子のところにはサンタさん来てくれないよ?」
さあ、これでどうだ?と反応を見ると、宝はプルプルと震えだした。今にも泣きそうである。
薬が効きすぎたのか、と琴子は反省したが、事実はそうではなかった。
「サンタさん、いないんでしょ?」
宝がぼそ、と呟く。
思わず「ん?」と言いそうになるのをこらえて、琴子は宝の話を聞く。
要約すると、放課後に友達と喋っている時に『サンタはいる・いない』で盛り上がり、いつの間にか教室に残っていた生徒が二分し、激しい言い合いになったのだと云う。
「それで、ケンジのやつが…サンタはお父さんだ、とか言って…」
宝は怒りや涙をこらえてプルプルしている。『のやつが』なんて初めて使ったんじゃなかろうか。
琴子の歳から俯瞰すると、なんとも微笑ましい光景なのだが、当人たちには一大事である。笑いをこらえつつ、琴子は少し考えて口を開く。
「そっかあ。ばれちゃったかあ…」
何気ないことのように、琴子は呟く。
その言葉に、宝が言葉にならないくらい驚愕しているのを見て取ると、琴子はちょいちょい、と手招きする。
ふらふら、と近づいてくる宝に向かい、琴子はニッコリとほほ笑む。
「ケンジ君の言っていることは部分的には正しいけど、それで全部じゃないよ。たーくんには特別に全部教えたげる」
そう言って、そっと耳打ちをする。
すると、「うっそお!」と宝が目を丸くした。
宝の元気が出たのを確認すると、琴子は一層大きくほほ笑んで、人差し指を口元に立てる。
「絶対に、ないしょだよ」
宝くんと手をつないで家路に着くと、家の前に二つの人影を見つける。
「あ!お姉ちゃんと、先生のにーちゃんだ」
実姉である恵美ともう一人、六条公博を差して、宝が叫ぶ。
宝の声に、二人も気づいて振り返る。
恵美が、開口一番「たまたまさっき、そこで会ったから!」と言い訳したのが琴子にはおかしかった。
「そうなんですよ」と彼女の家庭教師は、よく言えば優しそうな、悪く言えば気弱そうな様子で言った。
「六条さん、お久しぶりね」
「久しぶりです。すいません。2ヶ月もお休みいただいちゃって…」
「私が言うのもなんだけど…気にしなくていいと思うわ。だって大学の用事だったんでしょう?」
「はい。実験でカナダまで…」
「まあ…」
「あのさあ…」
家庭教師と家政婦の間に割って入り、恵美が言う。
「寒いんだからさっさと家ん中入ろうよ。話はそれからでいいじゃん!」
それは大変もっともだったので、返事も無く全員が玄関に向かった。
「ただいま」
20時を過ぎた頃、一家の大黒柱・誠一郎が帰って来た。
「おかえり」
たまたま風呂上がりの恵美が真っ先に迎える形になった。
風呂上がりの娘が、しっかりよそ行きみたいな格好をしているのを見て、誠一郎は言う。
「ああ、六条くん、今日からか」
「んなっ!!」
何気ない感じで言われたのが、余計にショックだったのか、恵美は絶句したまま部屋に帰って行った。
恵美とすれ違う様に、琴子が現れる。
「今のはダメですよ、『お父さん』」
「…?そうかな」
「…はい」
しばし神妙に見つめ合い、どちらからともなく短く笑う。
「むずかしいなあ」
誠一郎の脱いだコートを琴子が受け取る。
「そうですね。そういえば、お食事は?」
「ああ。そうだね。連絡すればよかった。なにかあるかな?」
「すぐにご用意します」
軽食を茶の間に持っていくと、宝が誠一郎と六条に挟まれて宿題をしていた。宝の様子を窺いつつも、男二人の会話があるようだ。難しい横文字がバンバン飛び交っている。
「お茶漬けでもいいですか?」
頃合いで横入りして、膳を置く。
「あ、ありがとう」
誠一郎が箸を持つと、宝がじい、と父の顔を見つめる。
「…やってもいいが、歯を磨けよ」
視線の意味を食欲ととった父の台詞を無視し、息子は意味ありげに笑った。
首を傾げる誠一郎の疑問には答えず、宝は立ち上がり、「フロ入ってくる」と言い残して行ってしまった。
「なんなんだ?いったい」
「さあ、なんなんでしょう」
誠一郎と六条が首を傾げて見合うのを見て、うふふ、と琴子は笑った。
「じゃあ、僕はこれで…」
肩掛けカバンを手に取り、六条が言う。
「おお。今日はありがとう。こんな感じですまない」
誠一郎は箸を置いて、礼を言う。
「いえ、そんな…」
「次はいつだっけ?」
「金曜日です」
「ああ、そうだったね。おつかれさん」
「はい。おつかれさまでした」
挨拶が済み、六条が玄関へと向かう。
琴子が靴を出すと、「すいません」と六条は本当に申し訳なさそうにした。
「このあたりも物騒なようだから、気をつけてね」
「ああ、あの放火とかですか?」
「そう、おもちゃ屋さんの」
「怖いですよね」
「ほんとうに…」
「あれ、なんかテロ?らしいですよ」
「え?おもちゃ屋さんを燃やすのが?」
「いや、カナダでもいたんですけど…そういうのみたいです」
「そういうのって?」
「おもちゃ排斥、みたいな運動している団体が最近活発になっているらしいですよ。そのロゴがプリントされたシールが現場にあったってネットで見ました」
「え~なんでそんなことを?」
「さ~~?」
家庭教師と家政婦の会話は、まだまだ日常の範疇で、しかして対岸の火事はじわじわと燃え広がっていく。
智樹家はいがいといい家ですが、そもそもマンガ・アニメの一般家庭は裕福すぎやしませんか?