As You Like it!
※お好み焼きについて詳しくない者が書いています。
12月9日
お好み焼き『まんてん』
路地裏のお好み焼き屋の一角から高らかな笑い声が響く。
日曜の夜ということもあってか、常連客でそれなりに混雑する店内でひと際うるさく笑っているのはギルバート・ロッシ。最も目立ってはいけない職業の男、のはずだ。メニューを指差し、身振り手振りで店員に注文を告げている。
対照的に向かいに座るベン・フラッグは油が引かれ、熱くなった鉄板にすでに及び腰である。
「なんなんです?これ…ってか、ここは…」
店内を見回しながら、遠慮がちにベンが問う。
「なにって…知らないのか。日本の一般的なファーストフードさ」
そう言って、ロッシは運ばれてきたブタ玉とイカ玉とあといろいろなトッピングMIXを一つずつ手早く、ぐちゃぐちゃとかき混ぜる。
「セルフなんですか?」
「任せろ。僕はプロ級だ」
「聞いてませんよ」
ドヤ顔のロッシにベンは目をいぶかしげに細める。
「ノリが悪いぞ、フィッシュ。いつもハンバーガーとポテトばっかり食っていると言うから連れてきたのに」
「そりゃ、ありがたいことですけどね…」
「なんだ?フィッシュ、もしかして旅行先でも自国で食べれる物しか食べない主義でもあるのか?」
「いや、そういうわけでは…。でもまあ、抵抗はありますね」
「それは自然なことだ。食事と言うのは存外、人生における大きな要因だからな」
「そうでずか?」
「自覚がないのがその証拠さ。食事を単なるエネルギー摂取と考えていては分析官としてもまだまだだな、フィッシュ。食事は日々淡々と味覚だけでなく、嗅覚や視覚も駆使する行為だ。気分や体調にも左右されるし、社会的な階級や賃金格差でも顕著に異なる見解を生む。その土地土地の色も出やすいだろう。海が近ければ海鮮をよく食べるかな?山が近ければ山菜さの肉だのがあるな。暑い国なら香辛料がよく使われたり、発酵などの保存方法にも独自のスタイルを作るだろう。北国なら冬をどう乗り切ってきたのか。都会ならだいたい何でもそろうが質のいいものは高価だったり、手に入りにくいだろう、とか。そういったもろもろの情報を個々人が蓄えていくのが食事だ。興味が尽きない」
ぺらぺらと喋りながらも、ロッシは手慣れた手つきで生地を鉄板の上に広げていく。
鉄板の上に広げられ、じわじわと焼かれゆくモノの見た目は、なんだかぐちゃぐちゃしていて、ベンは今のところ『お好み焼き』に対してより良い印象を得られていない。
「食文化を軽んじた覚えはありませんよ」
ベンが肩をすくめる。
それを聞いたロッシは悪戯っぽく笑うと、手前の塊をコテでひょい、とひっくり返した。
「なんです?それ」
「ひっくり返した。パンケーキと同じだよ」
キョトンとした顔でロッシが答えると、ベンが抗議する。
「やるならやると言ってくださいよ。びっくりするじゃないですか!」
「びっくりさせたかったんだよ」
そうこうしているうちに鉄板の上の分が焼き上がった。
ロッシは鼻歌交じりにソースを塗りたくり、網の目にマヨネーズをかける。カツブシとアオノリをばさばさかけ、切り分けて「ほらよ」とベンの手前の皿に置く。
「さあ、食え食え。じゃんじゃん焼くから」
「食いますけど…」
「それともお前も焼くか?」
手に取った割りばしがうまく割れずに眉を寄せていたベンに、ロッシがコテを手渡す。
「ええ…?」
「まあ、なんだ。上司である僕に焼かせ続けるのはお前も心苦しいだろう。だから、泣く泣くだがこの大役をお前に任せよう」
「うわ、その言い方ずるいっすよ!」
「ふふ、あと、箸が使いづらかったらそのコテで食ってみろ」
「より食べづらいじゃないですか!!」
「慣れろ!ほらほら次が焼けるぞ!空いたスペースでまず一枚やってみろ!」
「わ、わわわわわ…」
慌ただしくも、にぎやかに二人の夕食は過ぎていく。
客や店員も、彼らの言葉は理解できないが、ほほえましく眺めているようだった。
最後の一切れをロッシが頬張る頃には、ベンはぐったりと壁にもたれていた。
「こんなに疲れる食事は初めてですよ…」
「だがどうだ?うまかっただろう?」
「決めつけないで下さいよ…。まあ、うまかったですけど…」
「だろう?」
腹を抱えるベンを見ながら、満足そうにロッシが笑う。
「本当に…ひっくり返すのが好きですよね、あなたは…」
ベンが皮肉っぽく言う。すると、ロッシは不思議そうに目をむく。
「なるほど、うん」
うんうん、とロッシは一人でうなづく。
「なんです?」
「いや、改めてやるべきことを確認したのさ」
清々しくも不敵に笑い、ロッシは視線の先…ベンよりもずっと遠くの『誰か』を見据えて続ける。
「消えたスパイの足取りはほぼ掴んだ。あとはどのタイミングで刈り取るかだ…。ふふ。『トナカイ』が何を考えているかを暴こうじゃないか、僕たちで」
「そして必ずひっくり返そうぜ」
闘志を燃やす男の瞳は穏やかで、口調はゆったりとしていた。
店内に広がる日常を壊さぬように、精一杯の配慮がなされたのである。
トータル2年ほど関西にいて(そのうち1年はガッツリ大阪で)、粉ものを一切食べなかった男が通ります。