アンダルシアに陽が堕ちる
※コンピューター、現代の高校生、特に女子高生に詳しくない者が書いています。
12月5日
私立 聖楼学院高等部 校舎
放課後を告げる鐘の音を合図に、喧騒が町に吐き出されていく。
その向かうべき道を失ったエネルギーの奔流を横目に、智樹恵美はあくびをかみ殺した。
「おっす、トモボウ!いっしょに帰ろうぜ!!」
恵美がカバンをひっ下げてとろとろと廊下を歩いていると、クラスメイトの川畑シズカに呼びとめられた。
「ん。いーよ」
恵美が首だけで振り返って答えると、「やりぃ」と言ってシズカが隣に並ぶ。
「シズ、今日バイトは?」
「休み~。って、ちょー話聞いてくんない?」
「あ~はいはい。聞く聞く」
この『まくら』から始まる話は大抵バイト先での愚痴だろうことは経験上すぐに分かったが、恵美はいつもどおりそれを聞く。よ、待ってました!
閑話休題。
「…って、ことだったの!もう最悪じゃない?」
「うんうん、そうだね。大変だったねえ」
そんなこんなでもう学校から500メートル以上移動。今日はなかなか短い話だった(恵美談)。
「あああ…もうなんか話してたら腹減ったっつうか、喉乾いたっつうか…」
「おっと、ちょうどいいところに」
恵美が指差す方向に、ひょろっと長い男子が一人。目標を補足するや否や、シズカが奇声を上げて走る。「キョ~キョキョキョキョ…」
逃げる男子、追うシズカ。
「た、た、た、たかられる~~~~~…」
こうして、同じくクラスメイトの蔵前大介はあっさりと捕まった。
「ふっふっふ、私から逃げられると思っていたのか?大介のくせに」
「お財布ゲットだぜ!」
女子二人がサムズアップしている様を、捕獲された大介が茫然と見つめる。
「お…鬼じゃ…」
「いーじゃん。両手に花だぜ?」
シズカが容赦なく笑い飛ばす。
「そういう意味じゃねえよ!俺、今月ピンチなの!パーツとかいろいろ買ったから無理!む~り~!!」
大介は頭上で両手をバッテンクロスさせて暴れている。
恵美はそっとはなれて他人のふり。
「パーツ?」
恵美が首を傾げると、大介を指差してシズカが言う。
「うん。こいつ、オタク。パソコン的なやつ自分で作ったりすんだって。すごくない?」
「あれ?今、俺褒められた?」
ころっと、態度を変えて大介が二人の間に割って入る。
「そういやさあ、なんで自分で作るの?お金無いの?」
シズカが別に興味無さそうに問う。
「根本的にわかってねえ!!お金無いってのはイエスですけどぉ!!そこじゃねえってゆうかあ!!ってか、一から作る方が?あれやこれやで結局高くつくっていうかあ!!」
大介がストレスのあまり、頭を掻き毟らんとしているので、恵美は助け舟を出す。
「そんなことより、茶しばこうぜ!大介の奢りで」
「助け舟になってねえよ!泥船だよ!!」
四季の国、日本においても全くと言っていいほど季節感を置き去りにする空間、太陽と情熱のカフェ「アンダルシア」に三人は入って行く。
問:なぜここを選んだか。
答:客が異様に少ないから。
いわゆる一つのコンセプト喫茶というのだろうが、狙いが良く分からなくてインパクトのわりに人気が出ず、潰れもせず今に至る始末。
外装、内装、店内に流れる音楽、店員の衣装、他もろもろから漂う異国情緒にまず面食らうのだろうか。
もはや常連の域の三人は、顔見知りのウェイトレスに断ってから、いつもの席に陣取る。
「うわ、クリスマス限定パフェだって!」
「おお~。半分こっつする?」
「え?頼むの前提…?」
パフェ1つと、紅茶2、コーヒー1を注文する。
「じゃあ、ちょっと先にトイレ行ってくる」
シズカがわざわざ宣言して席を立つ。
「シズ…、言わんでいい!」
ははは、と笑ってシズカはトイレへ向かう。
「まったくもう」と呟き、恵美はちら、と大介を見る。「あんた、アレでいいの?」
「…いいんだよ、川畑は!」
わずかに頬を紅潮させて、大介は俯く。
「泥船に感謝しな」
「ありがとう…」
「まあ、話に夢中になってるシズを誘導するのは簡単なんだけどさ。やることが回りくどいんだよなあ。伝わんないと思うよ、あの子には…」
「うるさいなあ」
「いや、小学生からあのニブスケに片思いとか…一周回って尊敬するわ」
恵美は大介を拝むように、手を合わせる。
「いいの!今日、俺は変わる!」
「ふうん」
「じゃっじゃーん」
と口で効果音を立てて、大介は二枚のカードを取り出した。
「なにそれ?」
「ふふふ、これはあの『ランド』の優待券だ!しかもクリスマスイブだぜ!!」
「え?あの『ランド』の!!」
どのランドかはご想像におまかせします。
「友達に頼んで、どうにかこうにかゲットしたレアチケットだぜ!」
「ああ、いいんじゃないの?ランドが嫌いな女子はいないらしいよ。…私は行ったことないから知らんけど」
「え?ねえの?」
「んー。うちのお父さん人ごみ嫌いそうだし」
「はあ?嫌いそうってなんだよ…」
「うちのことはいいの!ほら、帰って来たよ」
恵美が顔を上げた先で、ハンカチを探すふりをしてスカートで手を拭く女子…川畑シズカがふらふらと戻ってきた。
大介はチケットをポケットに慌てて入れる。
「ごめーん。ん?なんの話?」
「天気の話。ってか、ハンカチくらい持ちなね…」
「あはは、バレた?」
バツが悪そうに、でも悪びれる風でも無くシズカが髪をかき上げる。
「あのっ…川畑…」
意を決した大介が口を開く。
「ん?なに?」
シズカの大きなアーモンド型の瞳が大介を捉える。文字通り、心臓を鷲掴み。
大介のテンパリ指数が上がって行くのが、傍から見ても一目瞭然。
「そ、の…く、クリスマスとか用事あるのか?」
そこ確認してないのかよ、と恵美が内心でツッコむ。
「え?バイト」
撃沈。
そちらに視線を送れないが、大介がさらさらと崩れていくのが分かる。
「セクシーサンタでケーキ売るんだぜ!」
「マジで!俺、買う!!」
大介、復活。
「え?大介はノルマ5個だよ」
不思議そうに、シズカは首を傾げる。
「厳しい!!でも、買っちゃうかも!!」
また別の意味で崩れる大介と、ケタケタ笑うシズカを見ながら、恵美は吹き出してしまう。
「ほんっとに、バカだなあ」
昨日、今日、明日…。高校生たちはこんな日常がいつまでも続くと思っている。
読んでくださった方々へ。ありがとうございます。
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