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あわてんぼうのサンタクロース

※コンピューター、スパイ、テロにまったく詳しくない者が書いています。


 12月1日 土曜日

 

 智樹誠一郎トモキ セイイチロウが目覚めたとき、すでに昼の12時を軽く過ぎていた。もっと正確に言うなら、彼が枕元に置かれた時計を手さぐりで手繰り寄せ、文字通り目と鼻の先に突きつけ、寝ぼけた彼の脳がその文字盤の示す時間を理解したとき、だが。

 のっそりとベッドから出ると、誠一郎は一瞬身震いをした。

 「さむ…」

 カーテンの閉められた部屋にいた彼は知るよしもないが、このとき外は今にも雨が降りそうに曇っており室内の気温は10度を下回っていた。

 洗面所で顔を洗い、居間に向かう。

 「あら、おはようございます」

 家政婦の愛菜琴子がソファでお茶を飲んでいた。湯気で眼鏡が白くくもっている。

 琴子がすぐに立ち上がろうとするのを、誠一郎は制する。

 「子供たちは?」

 誠一郎には子供が二人いる。上は高校生、下は小学生に上がったばかり。恵美と宝。

 「お父さんがお寝坊している間にお友達と出かけてしまわれましたわ」

 「…そうか」

 はるかに年下の琴子にたしなめられ、誠一郎は少しバツが悪い。

 「コーヒーを頼めるかな?」

 「はい。あと、軽く何か作りましょうね」

 琴子が立ち上がり、台所に向かう。彼女とすれ違う瞬間、タイミング良く誠一郎の腹の虫が鳴く。

 琴子はクスクスと笑い、「健康な証拠ですわ」と言った。

 ほどなくして、コーヒーとサンドイッチがテーブルに並んだ。

ちょうど、テレビからは数日前に起きた国内五か所の空港でほぼ同時刻に飛行機のエンジントラブルが起きた事件の続報が流れていた。しかし、『現在調査中』『責任の所在』…、目新しい情報は無いようなので、誠一郎は聞き流しながらツナのサンドイッチを頬張る。

 やや酸味のある香りが強い琴子のブレンドがいい刺激となって、誠一郎は覚醒していく錯覚を味わう。

 「うん、うまい」

 「お昼、それで足りますか?ラーメンならすぐ作れますけど…」

 「いや、いいよ。起きぬけにはそんなに食べられないから。ありがとう。…愛菜さんは?」

 「さきほど軽くいただきましたので」

 自然と、何の意味も無く琴子は口を手で押さえてほほ笑む。

 つられて緩む頬を引き締めて、誠一郎は沈黙で言葉を選ぶ。

 「これを食べ終わったら、少しお話いいですか?」

 「はい?」

 真剣な面持ちの誠一郎に、琴子は首を傾げた。



 サンドイッチの乗っていた皿は片付けられ、テーブルには対角線上に二つのカップ。一方には黒、もう一方には深い緑がゆれている。

 「私は仕事をクビになります」

 誠一郎はなんの前置きも無くそう言った。

 琴子は一瞬目をまんまるにしたが、すぐに落ち着きを取り戻したらしく、湯呑みに手を伸ばす。

 「いつ…ですか?」

 湯呑みに口はつけず、琴子は問う。

 「週明けには正式に発表されるでしょう」

 「そうですか。それは、つまり私もクビという…」

 「そうなるかもしれません。ただ、すぐにどうこうということは無く…。少なくとも三月末までの契約は継続でお願いしたいのです。娘たちも愛菜さんには懐いているようだし、私も助かる。これからゴタゴタするだろうし…」

 誠一郎は努めて冷静に、淡々と語る。

 「次のお仕事の予定などは…」

 「全てはこれからです」

 「そうですか…」

 「で、その…これは頼みにくいお願いなんですが…」

 誠一郎はここで初めて口ごもった。

 「なんです?私に出来ることなら…」

 身を乗り出す琴子に、意を決したように誠一郎は口を開く。

 「時期が来たら、…というのがもう情けないか。まあ、その…自分で言うつもりなんですが、その…子供たちにはしばらく黙っていてもらえませんか?」

 「え?」

 「その…カッコ悪くて…」

 無理やりに笑いました、という顔で誠一郎が言うのを見て、琴子は深い息を吐く。

 「わかりました。黙っておきましょう」

 「本当ですか?」

 「はい。でも、なるべく早くしてくださいね」

 「…はい」

 「こういうのは、どんどん言いだすタイミングを失っていくんですからね!」

 「はい…」

 「本当に分かったんですか!?」

 「はい!!」

 年下に叱られてしまった。

誠一郎が地味に凹んでいると、話題を変えるべく琴子は首の前辺りで手を合わせると「そうだった」と叫んだ。

 「なんです?」

 「今日、誠一郎さん宛にこれが届いていたんですけど…その…なんて書いてあるんですかね」

 「ん?」

 琴子が差し出したのは、サンタクロースが描かれた、一枚のグリーティングカードだった。サンタの持つ袋の白い部分に書かれた、手書きの文字は全て英語である。

 途端に表情を一変させた誠一郎が琴子からカードを受け取る。

 「これをどこで?」

 「今朝、郵便受けに。新聞を取りに行ったら、ぽっと落ちまして…何なんです?それは?」

 「…古い友人からの招待です」

 そう短く答えた誠一郎は固い表情をほぐすように笑顔を作って言う。

 「このあと少し出かけます」

 「はい…。お帰りは?」

 「遅くなるかもしれません。夕飯は子供たちと一緒に先に食べていてください」

 


 『ビリー・ガーデン』。

 その昔、と言っても数十年前にアメリカのデザイナー ビリー・モーガンが手掛けたこの公園の正式名称を覚えている人間は少ない。地元の人間もしかり。

 ただ、その名前を知らなくても、この公園の居心地の良さは変わらない。土日祝日に限らず、憩いの場として機能している。奥にはアスレチックやテニスコート、ピクニックもどきに適した芝生のスペースもある。

 昼に通り過ぎるように雨は降って、すぐに止んだ。気温は低いが、陽の光は温かい。ジョギングのペア、犬の散歩中の主婦、仕事をさぼるサラリーマン、子供たち…人はまばらにいるようだ。

 誠一郎は敷地内をまっすぐに横断し、屋根つきのベンチに窮屈そうに座る長身のシルエットに近づく。

 金髪にダークブラウンの瞳のその男も誠一郎に気付き、軽く口角と手を上げる。

 その様に苦笑し、誠一郎は英語で声をかける。

 「クリスマス休暇には早すぎるんじゃないのか?ギル」

 「生憎、仕事さセイイチロー。そうでなきゃ僕はこんなに寒い国に来ないよ」

 ギルバート・ロッシが立ち上がると、二人は自然と握手をし、手を放すとどちらからともなく歩き始めた。

 「6年ぶりくらいか…」

 「ああ。あの最悪のハロウィン以来さ。君はそれ以来音沙汰無しだ」

 「…すまないと思っているよ」

 「いいさ。奥さんを亡くしたんだ…、それぐらいはしょうがないよ」

 「……」

 誠一郎が立ち止まると、ロッシが一歩前に出て振り返る。

 「どうした?」

 「何しに来た?『顔を見に来た』なんて嘘は無しだ」

 「話が早くて助かるよ。トラブルだ。力を貸してほしい」

 努めて軽く、だが眼光は鋭いままロッシは言う。

 「引退した身だ」

 「関係ない。君より優秀なパートナーを僕は知らないよ。この広い公園で、すぐに僕を見つけた…。勘は衰えていないんだろ?」

 「試すような言い方はやめろ」

 「君は昔からシャイだな」

 「お前は昔から決めつける」

 二人は短く笑いプライベートを打ち切る。さあ、ビジネスだ。

 「話を聞くならもう後戻りはできないぞ」

 「時間の無駄だ。君がしつこいのは良く知っているよ。自宅まで来たな」

 グリーティングカードには消印が無かった。直接郵便受けに入れられたのだ。

 「ハハッ。そうだね。ここでビビって断ったら子供の前で君の武勇伝を語って聞かせるつもりだったよ」

 「勘弁してくれ」

 「そうかい?お父さんが元スパイなんて素敵じゃないか」

 「君はそうだったろうな」

 誠一郎が鼻で笑うと、ロッシはうんうん、と頷いた。

 「父さんから告白された時は2ブロック先の家まで聞こえる大声で吠えたもんさ」

 「『クール』と『すげー』と『やべー』?」

 「もっと原始的だった、と思う」

 「で?本題は」

 「ハロウィンの再来」

 ロッシの苦い顔につられるように、誠一郎も顔をしかめる。

 「確かか?」

 6年前、誠一郎を引退に追い込んだ事件。

 ある日突然、ドアーズ社製のOSを搭載したパソコンを立ち上げると「トリックオアトリート」というメッセージが流れ、すぐに解除パスワードを入力しなければ誤作動を起こさせるウィルスが現れた。

 最初こそ延々と変な音楽が流れ続けるなどの軽微な『いたずら』だったが、徐々にエスカレート。それが無差別サイバーテロであると気付いた頃には、その存在は世界中に知れ渡っていた。

 「あれ並?」

 「もしくはそれ以上と踏んでいる」

 「詳しくは?」

 誠一郎の問いに対し、ロッシは懐から取り出した写真で答える。

 そこには、白人で、やや小太りの眼鏡をかけた大学生くらいの男が写っていた。

 「誰だ?」

 「ガブリエル君。某超有名大学でプログラミングを専攻していた天才健康優良児。しかも親父様はなんとCIA長官」

 「引っ掛かるな…。なぜ『専攻していた』と過去形に?」

 「死んだよ。家族もろともな」

 「表向きは事故死?」

 「お決まりだな」

 ロッシは肩をすくめる。

 「で、そのガブリエル君は何をした?」

 「親父さんにメールを送った」

 眉を寄せる誠一郎に対し、ロッシは短く首を振る。

 「ふざけているわけじゃないぞ」

 「そう願うよ」

 「このガブリエル君はあるプログラムを作った。それは、誰がどこにいて、何をしていても、その相手にデータを送りつけることができるっているウィルスなのさ」

 ロッシの言葉を受けて、一瞬視線を落とす誠一郎が目を見開く。

 「まさか…」

 「そう…。CIAのクソ固いプロテクトを軽々突破してガブリエルくんが送ったメッセージは『メリー・クリスマス』さ。家族サービスも満足にできない親父に向けた痛烈な皮肉だな」

 「聞かない話だな」

 「もちろん、秘中の秘さ。『現場』にいればお前の耳にも自然と入っただろうがな」

 「それが奪われた…?」

 「ああ、ウィルスの名前は『サンタクロース』。世界一有名な家宅侵入犯、神出鬼没の赤ら顔のヒゲのじいさん…。突然現れてはプレゼントを置いて消えていく様を評して、な」

 「なにかメッセージが?」

 「あったぜ。まずはカウントダウン」

 「なに?」

 「サイトだ。URLを知らせてきた。見ててもつまらんけどな。ただ、延々と秒単位で数字が減って行く。0になるときがちょうど日本の、この東京で今月の25日」

 「なるほど、それで『仕事』か。サイトをたどったのか?」

 「ああ、だがすでにもぬけの殻だったよ。試しにサイトを削除したらその瞬間に別の場所で同じものがスタートする仕組みだ」

 「なるほど」

 「そして、この前の飛行機のエンジントラブル」

 「あれもか…なにかあるとは思ったが…」

 「チェック済みとはやるな、相棒」

 「茶化すな」

 「トラブルの最中、管制室にはこれが流れてた」

 携帯電話を操作するロッシ。すると、聞きなれたメロディ。

 「『あわてんぼうのサンタクロース』」

 「リンリンシャンシャンと警鐘を鳴らしにきやがった」

 「『逃れられないぞ』、と」

 誠一郎は腕を組み、険しい顔で考え込む。

 「もう一度言う。のるか?」

 「ああ、放ってはおけない…」

 誠一郎が短く頷くと、「グッド」とロッシが呟く。

 二人の男が、公園を後にした。

 そこには、ただの日常が広がっている。


 まさか読んでいただいた方々へ。ありがとうございます。


 不慣れな者が書いています。生温かい目で見守ってやってください。


 

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