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0と1について知る必要がある。 そのⅥ



「相変わらずでいらっしゃいますか、戴秀英しゅうえい


 雷が白国流の挨拶を型通りに行うと、白国特有の豪華な服装をした男が同じく返した。


「君も、だね。浅川雷。歓迎いたす」


 そのまま側にあった椅子を進められる。

 向かい側に座った戴を雷はまじまじと見つめる。

 ああ、変わっていない。何も。

 あの時からずっと。


「今日、此処に俺……鐶王(わおう)仲里悠紀様の使いが来た理由は、わかっていらっしゃいますよね?」

「ああ。…露国の、情報を提供する代わりに攻撃はしない、という約束だったはずだ」


 ゆっくり頷いた戴に雷は目線を相手の手元に移す。

 机の上に組まれて置かれた両手は、細かく震えていた。

 恐怖だろうか。我が国に対するものか、露国に対するものか。


「偽の情報だった場合、我が国は二度と貴国に対して慈悲はかけない、と王は申しております」

「……。…それは、国民を巻き込む事も辞さない、と?」


 長い沈黙の後、戴は顔を上げて問う。その目は、あの時と同じ。

 俺を守ろうとした、あの時からずっと変わらない、他人を傷付けることを恐れる目。


「ええ。…王と麒麟きりんごと、全て」


 感情を篭めず、あくまで淡々と話す。

 そんな雷に、戴は口を開いた。


「君が、私を殺すのか」

「…っ」


 あまりに直接な言葉で、一瞬返答に困る。でも、今日は事実だけの話をしにきたのだ。迷う事はない。


「貴方が嘘をついた瞬間、俺が手を掛ける可能性は高くなりますね。掛けるのは俺ではないかもしれませんから」


 再び沈黙が漂う。戴の目線は机を見たまま、動かない。

 その目が閉じられて、戴は雷に再度問う。


「君は、私を躊躇いもなく殺せるのか」

「ええ。それが王の言葉めいれいなら」


 即答され、戴は複雑な表情をした。それもそうだろう。一年前までは、自分の信用する右腕だった臣下に、何の躊躇いもなく殺せる、と宣言されたのだ。ダメージを受けないほうがおかしい。


「最後に、一つだけ聞かせてほしい。これが終われば、情報提供する」


 戴は顔を上げた。

 その表情は、今にも泣きそうである。見た目は三十代だが、中身はかなり年のいった老人だ。いい大人が、縋るような目でこちらを見てくる。


「どうして、私の元を離れたんだ。戻って来る気はあるのか?」


 やはり、そうくるか。


「一つだけ、とおっしゃいましたので、前者の質問に答えさせていただきます」


 昔は、こんな口調で話したりしなかった。

 仲のいい、戦友のような、そんな関係だった。


「貴方が、全てを守ろうとするから。国民も、俺も、自分という王座もなにもかも手に入れて、守ろうとするから」


 それがいつしか、戴は変わってしまった。

 戴が王に選ばれてから。




 継はゆっくりと降下し、学園の前に着陸した。

 朔は継から降りて、少しシワのついた制服をはたく。


「貴方の部屋でお話してよろしいですか」


 え、と朔が振り返るとそこには元の姿の継がいた。


「…貴方が聞きたい事を、全てお話し致します」

 その目は元の感情の読めない、冷たい目になっていた。

 二人は見つめ合い、そして朔が耐え切れず目を逸らした。


「…僕の部屋に、行きましょう」




 戴が王になったのは、雷が10歳、戴が38歳になった頃だった。

 ちょうどその一年ほど前、雷と戴は出会った。

 戴は白国の軍の大佐で、雷は戦場で棄てられた子供だった。

 白国は当時、領土問題で白国の南、緋国と国境の決め方で対立していた。

 それはいつしか争いに変わった。白国と緋国は三年戦争したが、緋国の物資不足で対立は終わりを告げた。

 しかし、国境沿いの土地に残ったのは争いに巻き込まれた幼い子供達だった。その中でも、戴は偶然にも雷と遭遇した。


 ちょうど戴が子供達の集められたテントに向かおうとしていた途中だった。


 明らかに栄養失調とわかる体つきの男が、ふらつきながら戴の目の前まで歩いてきて、立ち止まった。


「貴方が、大佐様?」


 その声は、力強く、怒気を含む声だった。


「ああ、私だ」

「…この姿を見て、何を思います?」


 その子供――――雷は、突然そう問うた。

 食べ物や、水を乞うでもなく、ましてや助けて、などとは言わず、その言葉を口にした。


「おれは、この姿はこの国の人の未来の姿だと思う。そして、緋国ひくにの今の姿だと思う。憎しみは憎しみしか生まない。争いは、そういうもんだ。…貴方は、戦うことで何を得たんです?その地位ですか、勝利を捧げた国家の英雄としての名誉ですか」


 たった9歳の子供が、大佐の考えを諭した。衝撃的な出会いだった。

 雷は頭がよかった。戴が軍に連れて帰り、半年もしないうちに仲佐になり、戴の部下として、数々の平和をもたらした。

 二人は、戦わずに、問題を解決することで、国民から慕われていた。

 そんな中、当時の白国の王が亡くなった。毒殺だった。

 王がいなければ国は衰退する。文字通り、白国は見るように枯れていった。


 そうなれば、敵国は必ず攻めてくる。雷と戴は緋国の厳しい攻撃に耐えた。

 戦争は激化し、時は雷と戴が出会って一年を迎えようとしていた。


「戴大佐、…いつ、終わるんですか、この戦いは」

「わからない。…一年前、お前は自分の姿は白国の国民の未来の姿だと言ったな。その通りだ」


 地響きがした。近くに爆弾が落ちたようだった。

 もはや、この二人がいる場所も前線になりかけているようだ。


「この戦争が終わっても、何も変わらない。緋国も白国も、憎しみを抱えたまま生きていく」


 それでもな、と戴は雷を見た。優しい表情で。


「それでも、戦わずに生きていく方法はあると思うんだ。それが何であるかは、まだわからないが。…っ!」

「大佐!」


 銃弾が、戴の身体を掠めた。

 思わず雷は唇を噛み締める。何も、出来ないのか。本当に。


「…麒麟はいつ王を立てるんだ。天は本当にこんな戦いをお望みなのか!?」


 国の王は、天の遣いであるという麒麟が選ぶ。麒麟が頭を垂れたものにだけ、王になる資格がある。

 でも未だ、新王の知らせはない。

 このままでは国も、大佐も死んでしまう。


 …本当に大切なものを守るためならば、その力を使う事さえ厭わない。


「……大佐、」


 雷は負傷した戴に声をかけた。その声は、異様なほど落ち着いている。


「貴方を死なせたりしない。…少し、行ってきますね」


 戴はぞっとするほど綺麗な笑顔の雷と目が合った。

 その目だけが、笑っていなくて。


「待……て、っ」


 戴が咎めた時にはもう、雷はいなかった。




「さて、何から話せば宜しいでしょうか」


 まだ真新しいソファーに二人並んで座りながら、緑茶を飲んでいる。

 朔は視線を湯呑みから継に向けた。


「話を逸らさず、全て、僕が知らない先輩方が知る事実を、教えて下さい」


 継は持っていた湯呑みをそっと目の前のテーブルに置いた。


「わかりました。…そう、ですね……では、まず私と悠紀について、話しましょうか」


 継は少しずつ、語りだした。


「この世界は、貴方達の知らない、王が存在します。王は、先代の王が亡くなると、その国だけにいる麒麟という生き物が、天の意志を聞き取り王にだけ頭を垂れます」


 そして、と継は立ち上がり、その姿を変えた。


「私は、この鐶国わくにの麒麟です。悠紀はその王であり、私が仕えるべき人です。…麒麟も、王も不老不死で刺し殺されたり、毒を盛られるといった事がない限り、王となった瞬間から肉体は老化を止めます」


 朔は「じゃあ、」と意識せずに声を漏らした。


「ええ。あの方は、16歳ではありません。今年で、83歳です」


 先ほど見たあの美しい姿が本物で、この姿の方が仮の姿と言えるのかもしれない。

 それにしても…83歳。長い時間だ。ということは……仲里先輩が王になったのは。


「世界大戦後から、ですか」

「ええ。…少し、話が逸れますが、麒麟の役目は王の政治を正しいものに導くこと。もしそれが出来なければ、麒麟は病にかかり、やがて死ぬ。先程、麒麟も王も不老不死と言いましたが、麒麟が死ねば王も死にます。麒麟は王に、その政治は正しくない、と自分の命で伝えるのです」


麒麟は慈悲の生き物ですから、そうするしか方法がないのです、と継は小さく笑った。


「…つまり、世界大戦は先代の王が引き起こし、麒麟が死んだため王も死んだ、と?」

「そうです。そして、私が生まれた。幸い、ゆうきはすぐ見つかった。国は、王がなければすぐに衰退し、いつかはただの荒れ地と化します。そういう点では、この国は運がよかった」


 ですが、と継は目を伏せた。


「抱える問題は多かった。16歳の悠紀は、政治も、経済も、何も知らなかったのです。その上、鐶国を植民地にしようと他国からの暗殺者も絶えなかった。…徹は、元々は西の隣国、亜国あくにの暗殺者でした」

「えっ!?…どうして、凪沢先輩は」


 朔の疑問を読み取り、継は優しく微笑んだ。


「悠紀の、右目に触れました」




 雷の答えを聞いて、堪えきれなくなった戴はだん、と机を叩いた。


「…あの時、お前が消えてからすぐに麒麟が現れた。…そして、私は王になった。その一ヶ月後、お前が現れて辞表を出した。……あんな戦争を起こさない為に、努力してきた。それの何がいけなかったんだ」


 叩き付けた拳を震わせ、こちらを見る戴に、雷は何の感情もない目を向けた。


「わからないのなら、国と共に滅べば宜しい。どうしても、というなら、今は行方不明の麒麟に問えば良いのです。…質問は一つだけのお約束です。情報を、渡していただきましょう」


 戴は、その言葉でやっと諦めたように肩を落とした。


「…これを、鐶王わおうに」


 懐から一枚の紙を取り出す。

 差し出されたものを受け取り、雷はそれを仕舞った。


「確かに、受け取りました。…では、失礼致します」

「雷、」


 立ち上がった雷に、戴が呼び掛ける。

 雷は背を向けたまま、動きを止めた。


「…鐶王は、お前にとって良い方か?」

「…っ!」


 どうして。そんな思いが一気に押し寄せてくる。


 どうして、そんな優しい声でそれを聞くんですか。

 俺は、貴方を救って、それから棄てた残酷な人間なのに、どうして。

 半獣であることも、ずっと隠していたのに。どうして気付かない振りをずっとしていたんですか。


 俺だって、聞きたいことはいっぱいあった。…だけど。


「…優しく、時に残酷で……自分に良く似ている、と言われました」


 なんとかそれだけ言うと、戴は少し笑った。


「そうか。…それなら良い」


 その声が、あまりにも優しかったから、雷は逃げるようにしてその部屋を出た。



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