0と1について知る必要がある。 そのⅤ
本当に、信じていいのだろうか。
そんな思いがふと浮かぶ。
先程から徹に言われた人が通らない、広い道を歩いているが、一向に襲われる気配も、悠紀達が現れる気配もない。
(信じないって言ったって他に何を信じるんだ)
自分には、悠紀達以外に何もない。
「お買い物の、帰りですか」
思いがけず、立ち止まる。
超至近距離―――唇を動かせば吐息がかかりそうなくらいの距離に、美少年がいた。
どうして、気付かなかったのか、と思うほどすぐ目の前に。
「今日の晩御飯はなんですか?僕も食べたいなぁ」
青い瞳が楽しそうに笑う。
その瞳に見つめられて、動けなくなる。
「ふうん、結界かあ…王様も中々やりますね」
つい、と朔の前にある見えない何かをなぞる。
「でも、本人達はいないのかあ。残念。もう少し楽しく遊べると思ったのですが、」
ふわっと金色の髪を揺らして少し離れる。
「君を、連れて来いと言われてしまったので」
まずい。非常にまずい。
逃げなきゃ、と思うのに、身体が動かない。
目が、逸らせない。
「持って帰りやすく、小さくさせていただきますね」
語尾に星でも付きそうな勢いで言うと、両手を伸ばした。
「それじゃあいきまーす」
助けを、呼ばなきゃ。
口を、動かせ!身体を動かせ!
必死に命令するが、思い通りにいかない。
今度こそ、絶体絶命。
少年の手から光線のような物が飛び出し―――瞑れない目を瞑った。
「僕の領土で何してるの?リム」
突然、聞いたことのある声が聞こえた。
それと同時に、光線が消え、身体が動くようになる。
「ごめんね。怖い思いをさせて。ちょっと遅れた」
「失礼しました。主が家の鍵をなくしたと騒ぎまして遅れてしまいました」
動けるようになった目を声の方に向けると、少年と朔の間に、漆黒の鹿のような生き物に乗った悠紀がいた。
「仲里先輩……と、その声は勝瑞先輩?」
鹿のようだ、と思っていた生き物が振り返る。
その姿は、鹿よりも遥かに美しかった。
三メートル近くある大きな体は、黒く滑らかな毛に覆われている。尻尾は長く、馬のよう。だが、大きな角が、馬ではないと証明している。
朔に向けられた目は、優しさに満ちた心のある目だった。
「私です。よく、お分かりで」
「は、はい…。なんでだろう……?って、守ってもらってる立場ですけど、遅いですっ!」
朔が言うと継が頭を下げる。
「本当に申し訳ありません」
「まあまあ、間に合ったから許してよ。継、高山君を頼む」
悠紀が継から降り、リム、と呼んだ少年と対峙する。
継は朔の側に来ると、膝を折って座り、自分に乗るように言った。
「緊急事態ですので、乗ってください」
「え!…僕、乗馬とか経験ないんですけど…」
「私の首に掴まっていただければ落ちる心配はありません」
朔は恐る恐る、継の体に乗る。
「…軽い、ですね」
「え?そんなことないですよ。40キロありますし」
「………。」
まあいいか、と継は思い、朔を乗せて悠紀から少し離れた。
「リム、起きてよ。君に話しがあるんだ」
悠紀が倒れている少年に声をかけると、ゆっくりと起き上がった。
「遊んで……、くれ、るなら……話しますよ」
「息切れてるし、そんなにボロボロなのに遊ぶの?ボクと遊んでどうするの」
ふらふらと覚束ない足取りで、こちらに歩いて来る。
「演技、とは……思わないんですか」
「せっかちな君の事だから、出来るんだったら高山君と話してるときに不意打ちするでしょ」
それに、と悠紀は続ける。
「さっきの継の技、大分効いてるでしょ。リムが思いっ切り高山君を攻撃するから、その分跳ね返って自分が喰らう」
反射みたいな技だからねー、と暢気に言う。
「くっ……そ、さっさと僕を殺せばいいでしょう」
「君が死んだら、露国は確実に攻めてくる口実に使う。だから殺さない。話したいこともあるからね。でもボクの民を狙った罰として、攻撃はする」
「は、馬鹿ですか。…そんなふうに、甘い…こと言っ…てるから、僕みたいのが、出来るん…ですよ」
リムの言葉に悠紀は少し傷付いたような顔をする。
「ほ、ら…その顔…!…そんな、んだから…」
「お喋りはここまでだよ、リム」
悠紀がそっと右目の眼帯に手をかける。
「…!」
「君の言うとおり、ボクは甘い。だから、最後のチャンスをあげるよ。…また、ボクの側にいてくれる気はある?」
リムの目から、つうぅ、と涙が一筋流れた。
「馬鹿…ですね。殺し…たら、話したいって…、言ってたのは…」
「殺す気はないってば。話したいのは、君がそっち側に行った理由。ボクが何かしたのかな、と思って」
けほ、とリムが咳をすると、地面に血溜まりが出来た。
「継、離れていて。気絶する前に」
「…はい」
継は血溜まりを見ないようにしてふわりと浮かび上がった。
「え…、え!?」
突然のことに朔が驚くが、当然のように継は空中を蹴った。
「学校に戻りますよ」
「え…っと仲里先輩は」
「私はあの場にいられません。貴方がいても、足手まといになってしまう」
継の言葉に、少し不安を感じつつ、何も出来ない自分を呪った。
「わざと、血を吐いたの?」
「僕だって……気を使う、んですよ…可笑しいでしょう?」
自分を嘲るように嘲笑い、悠紀を見つめた。
「僕が…裏切ったのは……貴方が、甘いからですよ……悠紀」
「…ボクに、甘さを捨てさせるため、ってこと?」
「そう…でも、貴方は……何、も…変わらなかった」
悠紀は、眼帯にかけた手を降ろした。…もう。
「それ以上喋るな」
「貴方は、変わらない…優しくて、仲間思いで……国思いで、」
「喋るな!死んでしまう!」
悠紀が駆け寄ろうとすると、リムは手で制した。
「何も、捨てられない。だから…その同盟は…、間違ってる、と…言いたかっ…」
伸ばした手がぱたりと力を無くす。
「リム!」
悠紀はリムに駆け寄ると、その体を抱き寄せる。
その軽さに、唇を噛み締めた。
「…貴方の、手で…殺して下さい」
「リムっ!徹を呼ぶから…っ」
振り返りかけた悠紀の服をリムが掴む。
「捨て、…るんです、主」
主、と呼ばれて目を見張る。
「責、任を…とるんです、…僕を、救えなかった…意味を汲み取、…れなか……った……責任を」
にこり、と痛々しい顔で笑う。
悠紀は、リムから目を逸らしてそっと地面に横たわらせた。
「わかった……」
右目の眼帯を外す。
「責任を取る」
ぎり、と音がしそうなくらい、拳を握った。
「代わりに、ボクの中で生きてもらう」
「…っ!」
もう、リムは何も言えなかった。
悠紀が左目を閉じる。
ゆっくりと頬を伝って涙が落ちた。
「安らかに、眠れ」
言葉と同時に両目を開き、辺りは光に包まれた。
「…仲里先輩は、さっきの人と知り合いなんですか?」
背中に乗せた朔が、問い掛けてくる。
「何故、そう思われますか」
「彼の名前を…呼んでたので」
少し気になったんです、と萎んだ声が聞こえる。
この人は、人の顔色を窺いすぎだ。
「…彼は、元々私達と同じでした」
「同じ…?」
予想していなかったのか、はたまた意味がわからないのか、朔が声を上げる。
「ええ。悠紀を護るという意思の下動いている、という意味で」
私の言葉を聞いて、少しの間朔が黙り込む。
「…何か、聞きたい事でも?」
話しづらいのかと思い、声をかけると朔はぽつぽつと問い掛けてきた。
「あの…、何故、彼は…」
「裏切った、のでしょうかね。わかりません」
朔の言いたい事をはっきり口にし、その問いに答える。
「じゃ、じゃあ……仲里先輩は、何者なんですか」
「この国の王です」
朔が息をのむのがはっきり聞こえた。
「…この国は王政ではありません」
「てっきり笑われるのかと思いました」
朔は首にかけていた手を頭まで持ってきて、撫でる。
「勝瑞先輩が、この姿になって……雷先輩も、半獣だって言って……もう普通じゃない、って気付きました」
だけど、と朔は続ける。
「僕を、守ってくれる理由がわからない。…一番色々知ってそうな仲里先輩が何者か知れば、理由もわかるかなって思ったのに…」
声が少しずつ涙ぐんで、最後に呟いた。
「…もう、狙われるのは……嫌です」
やっと…全員…!(だから遅い
悠紀は王です。つまり、継や雷、徹は臣下ってことです。王だから白王ともお話出来たわけです。
継は一応黒麒麟です。麒麟は普通白や黄色と言われますが、黒であることは慶事のお告げであると言われています。