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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

魔王 〜世界を変えようとした怪物〜

作者: 月城夜幻
掲載日:2026/03/04

 彼女は問いかける。「私は何のために生まれたのだろうか」と。

 しかし、その問いに返答する者は誰もいない。

 それもそのはず。彼女が問いかける先には、()()()()()()()()()()しかいない。


 彼女は決して望んで彼らを殺したわけではない。彼らが……彼女の孤独を奪おうとするため、殺す他なかった。


 大陸の端に位置するこの土地に建つのは、魔王が棲む廃城だ。まともに修理もされないこれは、自然の抱擁によって風化しつつある。

 壁は崩れ、外壁には葉や苔がびっしりと貼り付いている。いたるところに人骨が寝そべり、我が物顔で今もそこに棲み着いている。


 彼女は考える。「このまま城とともに風化してしまうのも良いかもしれない」と。

 しかし、彼女の身体は不死身となっている。そのため、風化によって死ぬのか不明である。


 そんな彼女は、玉座に座り、何かを語り始める。

 その話を聞く者は誰一人いないとわかっても、淡々と過去の感傷に浸る。

 彼女は、自らの命が長くないことを理解していた。


 ※


 彼女が十八の歳を迎えてすぐのこと。

 全てはそこから始まった。あるいは、彼女がこの世に生を受けてからか。


 我々には見えない、彼女の華奢な脚には大きな火傷痕がある。それは、彼女が幻覚魔法を用いて隠してしまっている。

 しかし、その隠された傷こそが、彼女の過去を物語る重要な証人であった。


 生まれた時より黒い鎖鎌が巻き付いていたと言っても過言でもない彼女の運命は、たった一人の男が作り上げた。

 過去の脅威が人々の心を支配し、皮肉にもそれが新たな脅威を生んだ。それこそが、彼女だった。


 彼女の記憶の中に眠るもの。それは、彼女がここまで生きるための原動力となっていた。

 そして、その命が尽きる前に、生きた軌跡を脳裏に蘇らせるために、彼女は自らの傷を舐めた。


 ※


 彼女生まれた村は、大陸の橋に位置する辺境伯領だった。

 貴族が治める土地と言っても、王都から何万キロメートルと離れていたため、人里と言うのがふさわしいほどどった。


 一つ言うと、この国の貴族の八割は腐敗していると言われている。それは、王都に近ければ近いほど、その確率は上がるとされた。


 そんな言葉が影でひっそりと泳ぐ中、ここの領主は変わっているとよく言われた。過剰な税を搾取する貴族ではなく、領民とともに自給自足を行っていたからだ。

 領主自らが山菜採取や漁などを企画し、領民から参加希望者を募る。そして、当日集まった人数とともに出かける。


 また、ここの領主夫妻は人柄が良かった。国に納めなければならない貢物……領内で採取された穀物類が年々増加する中、領主夫妻はうまく口を利かして領民の損失分を最小にとどめていた。

 また、貢物を確保するための開拓作業も領主夫妻が主導して行っていた。これは仕事であるため給料も出るし、法外な労働時間なども一切なかった。


 そんなこともあり、領主夫妻は領民から深く愛されていた。まるで、領地内の人々全員が家族であるかのように。


 ※


 そんなある日のこと、その村を治める領主の妻が子を身ごもった。領民は歓声を上げて領主夫妻を祝うための祝宴を上げた。

 そこには老若男女問わず、領地内から様々な人々が集まった。


 この時までは誰もが幸せだった。

 領主夫妻も、領民も、遠く離れた国の人々も。

 腹の子が産まれてくるまでは―――


 ※


 やがて、領主夫妻の子が生まれた。

 生まれてきた子は、領主の妻譲りの銀髪の女の子だった。

 大人になれば、絶世の美人になることは間違いなく、領主の取り次ぎ次第では、この国の王子の花嫁にだってなることができただろう。


 その全てが良い方向に進むと思われた子だったが、領主夫妻は娘の存在を敬遠した。使用人すら娘を敬遠し、関わろうとはしなかった。


 子は愛情を受ける代わりに、冷たい地下牢に幽閉された。

 領主夫妻は決して口にしないが、使用人たちは子がなぜ幽閉されたか理解していた。それは単純明白なもので、屋敷内で知らない使用人はいないほどだ。


 話は戻って、その子は物心つく前に地下牢に幽閉された。だからこそ、そこが彼女にとってのすべてであり、取り巻く環境が当たり前のことだった。


 執事やメイドち避けられること。

 父親に殴られること。

 母親に暴言を浴びせられること。

 カビの生えたパンや腐った牛乳しか食べられないこと。


 そんな生活環境だから、彼女はよく病に侵された。

 父親から受けた暴力により、彼女の身体はアザだらけだった。傷は癒えず、常に痛みが襲ってきた。

 一晩中のたうち回り、眠れないときさえあった。


 しかし、それらは全て「当たり前だから」という、彼女の固定概念によって生活の一部として認識されていた。

 それが異常だと、彼女は気づくことすらできなかった。

 そして、その環境の中で十八年間を生き延びた。


 ※


 彼女が十八の歳を迎えた日のことだった。

 数年間、地下牢に姿を見せなかった母親が姿を現した。


 母親は、かなり痩せていた。目の下には大きなくまが棲み着き、顔は死人のように白かった。


 母親は牢の扉を開け、十八になった娘を抱きしめた。

 その行動に、娘は大きく困惑する。物心ついたときより暴言を浴びせてきた母親が、なぜ今になって抱擁をするという行動に至ったのか、理解できなかった。


 母親は娘の汚れてしまった頭を優しく撫でる。そして、震える声で「ごめんなさい」と言った。

 それと同時に、大粒の涙が、娘の肩を濡らした。


 娘は始めて、母親が泣く姿を見た。

 今まで目にした威厳のある母親はどこにもおらず、目の前には泣き崩れる変わってしまった母親がいた。


 「お母様、どうしてお泣きになられるのですか? いつものように、私を罵倒なさらないのですか?」


 娘は母親に問う。その言葉は、これまでの生活環境に染まってしまった娘の思考であった。

 そして、我が子の発した言葉に母親は、娘をさらに強く抱きしめた。


 「ごめんなさい……アレクシナ……。私が、私がしっかりしていなかったから……。十八年間、あなたにはとてもひどいことを……」


 後のことは、娘……アレクシナの耳では聞き取れなかった。泣き崩れてしまった母親の言葉が、とても震えていたからだ。


 アレクシナが始めて感じる母親の体温は冷たかった。体の芯まで冷え切っていて、まるで氷のようだった。

 にも関わらず、服装はしっかりと貴族の着るドレスで、アレクシナはそのギャップに視線を奪われた。

 しかし、母親が再び話し始めると、そちらに耳を傾けた。


 「アレクシナ、よく聞いて。私がここで時間を稼ぎます。だから、どうにか隣国にお逃げなさい」


 「なぜですか?」


 「隣国は、この国よりも■■■■が少ないと言われています。そこにさえたどり着ければ、あなたは、このような生活を送らなくても良いはずです。だから……だからどうか……」


 母親の言葉は、まだ震えていた。瞳には涙が浮かんでおり、再びこぼれ落ちそうだった。

 しかし、その瞳は真剣なもので、心の奥に直接語りかけているようであった。


 「わかりました。お母様がそう言うならば、私はそういたします」


 アレクシナは、母親の言葉に従うことにした。

 ―――いや、違う。これは彼女の意思だ。これまでは手の届かなかった場所へ、始めて手を伸ばすことができた。


 母親は、娘の言葉を聞いて安堵したような表情をしていた。

 優しい眼差しが、アレクシナに向けられた。

 母親の体温とは違い、それには確かに温もりがあった。

 母親にとっての幸せが、初めて表面に表れた。


 しかし、その幸せは長く続かなかった。


 「貴様、何をしている?」


 怒気を孕んだ男の声がした。それは、牢の入り口の方から聞こえてきたものだ。

 二人がその方を見ると、そこには眼鏡をかけた紺色の瞳の男が立っていた。


 それを見た母親の目は凍りついた。

 よりによって、一番見つかってほしくない相手にこの場で起こったことを知られてしまった。


 母親は、男に飛びかかった。そして、力の限り男を抑えようとする。

 だが、力の差は歴然で、母親は男に殴り飛ばされてしまう。母親はそのまま壁に叩きつけられ、後頭部から血を流した。


 「お母様!!」


 アレクシナの声が地下室に響いた。反響した声は、耳を介して脳に響いた。それが、母親の意識をはっきりとさせた。


 「アレクシナ……。逃げて……。この男に……伯爵に捕まっては駄目……」


 母親はそう言い、揺れる瞳をアレクシナに向けた。

 そんな満身創痍の母親を、男……アレクシナの父親はさらなる追撃を加える。


 肉と骨が衝突する鈍い音が響く。それを生み出すのは、母親が父親に暴力を受ける光景。

 アレクシナは、その光景に体が固まってしまう。母親の光景が自身と重なり、初めて恐怖というものを覚える。


 しかし、頭は冷静だった。母親がこうやって時間を稼いでいるのだから、せめてその行動に応えなければと、震えていた足を正しい、牢から飛び出した。


 だが、アレクシナの状態は最悪だった。

 十八年間、まともな食事すら与えられず、暴力漬けにされた身体では、まともに動くことすらできなかった。


 父親は妻を殴りながらも、アレクシナの薄汚れた銀長髪を掴む。長年切られていなかったそれは、アレクシナの動きを制限した。

 アレクシナはそのまま床に叩きつけられる。

 頭に衝撃が響き、痛みを感じる。しかし次の瞬間、彼女は意識を手放してしまった。

 地下室には、娘の名を呼ぶ母親の悲痛な声が響いた。


 ※


 アレクシナが再び目を覚ましたのは、村の広場らしきところであった。

 視線の先には、村の人々が、アレクシナを取り囲むようにして集まっていた。

 そこで、アレクシナは気づいた。自身が貼り付けにされていることに。


 事の異常性を感じだった彼女は、拘束から逃れようとする。しかし、縄が強く結びつけられているため、それは叶わなかった。


 ふと、前方にある群衆の先頭付近に視線を移す。

 そこには、父親が立っていた。

 彼は松明を片手に持ち、娘を下から見上げている。


 「お父様……これは一体……?」


 アレクシナは問いを投げる。なぜ、私がこのようなことになっているのかと。

 だが、父親はその問いに答えない。代わりに、彼は群衆の方を向き、松明を夜空に向けて突き上げた。


 「皆の衆、これより、アレクシナの処刑を執行する!」


 父親はそう、群衆に向かって声高らかに宣言した。

 群衆は老若男女問わず雄叫びを上げ、領主のことを讃える。


 アレクシナには、この状況がこれっぽっちも理解できなかった。ただ、松明の光を反射する瞳で父親の姿を見ることしかできない。


 「我々は、再び魔王を生み出すことは決してない! ゆえに、危険性のある者は、我が娘であろうと苦しめて殺す必要がある!」


 「「赤き瞳を滅せ! 黒き髪を滅せ! 我々は魔王を生み出さず、天から授かった命を育み育てるのだ!」」


 領主の言葉に、群衆は同じ言葉を叫ぶ。

 その光景に、アレクシナは困惑するほかなかった。そして、母親の言っていた言葉の意味を初めて理解した。


 ※


 《魔王差別》

 かつて、この世を恐怖で支配した魔王を特徴を持つ人間を差別すること。

 その対象となる者には、必ず共通点がある。


 一つ目は、赤い瞳をしているということ。

 そしてもう一つは、黒い髪をしているということ。


 これらは、魔王の特徴であった。それらを持って生まれてくる子は、魔王の生まれ変わりだと言われ、恐れられた。


 生まれた瞬間、医師の手によって殺されるのがほとんどという異常がそこにあり、これが大陸全土の常識と化していた。


 そして、アレクシナは、赤い瞳を持って生まれてきた。これは、《魔王差別》をする口実に該当してしまうものだった。

 魔王が残した呪い(人間の恐怖)が、アレクシナや無実の人々の首に鎖鎌を巻き付けていた。


 ※


 領主は、貼り付けにされた我が娘を軽蔑した瞳で見る。そこに一切の感情らしきものはないものの、心意のみは分かりきっていたことだった。

 そして、領主はその手に持った松明を、磔台の下にある薪の山へと投げ入れた。


 ―――瞬時に炎が広がる。炎は乾燥した空気の支援を受け、勢いを増し、アレクシナに襲いかかった。


 アレクシナは絶望するしかなかった。暴力を受けていたとはいえ、父親に殺されることになるなど想像すらしていなかった。

 炎が脚に食らいつき、文字通り灼熱の痛みを与えてくる。

 思わず叫びそうになるが、アレクシナはそれを必死に堪える。ここで叫んでしまえば、父親の思うがままになると思ったからだ。


 ふと、アレクシナは頬を何かが伝う感覚を覚える。

 それは燃え盛る炎の中に落ち、ジュワッという音を立てて消えた。


 涙だった。涙が目から、溢れ出していた。

 決して悲しいわけではない。痛みと絶望が混じり合い、頭がどうにかなってしまいそうだった。

 だが、彼女の頭はこの時まで感情を捨てていなかった。この世の理不尽に、それが反応していた。


 (ああ、もうどうでもいいや。どうせ死ぬなら、こんな世界なんていらないのに……)


 (その願い、俺が叶えてやろうか?)


 アレクシナが現実を悲観すると、どこからか声が聞こえてきた。知らない男のものだった。

 周囲を見渡すも、声の主らしき男はどこにもいない。どうやら、脳に直接話しかけているようであった。


 (そんなことが……できるの……?)


 (ああ、可能だ。お前は俺を受け入れるだけでいい。お前の手で、お前が嫌うもの、お前を嫌うものを全て殺すことが、壊すことができる!)


 男はアレクシナの心境を読み取ったかのように、高揚した声で言った。

 実際、そうであった。


 アレクシナは思った。ここで男の提案を受け入れれば、確かにこの苦しみから解放されるのかもしれないと。

 だが、同時に考えた。男の提案を受け入れた場合、この場にいる人間を皆殺しにすることになると。


 少なかれ、この原因を作ったのは魔王だ。本来、人間に罪というものはない。そうあるはずだった。

 しかし、人間は魔王の復活を恐れ、それに似たものの排斥に動いた。それが人間の罪だった。


 ふと、アレクシナは考える。自身よりも前に殺された人々のことを。生きたかったはずなのに、その命を奪われた者たちのことを。

 彼らがどのような気持ちで死んだかなど分からない。彼ら亡き今、それは想像上のものにしかならないからだ。


 ならば、新たな脅威として立ち上がり、身を犠牲にする他ないとアレクシナは考える。そうすれば、魔王差別はなくなると考えた。

 

 「わかりました。その提案を……受け入れよましょう」


 アレクシナの言葉を聞き、男は不気味に笑った。


 (その想い、確かに受け取った。俺の全てをお前にやろう。新たな脅威として、この世に君臨しつづけろ。無も知らぬ少女よ―――)


 ※


 領主や領民は怯えていた。眼前のあり得ない光景に。

 領主の妻が長年守ってきた赤い瞳を持つ娘を火刑に処し、平和の訪れを全員で祝おうという計画であった。


 しかし、その未来予想図はたった一人の笑い声によって破壊された。

 笑い声を上げるのは、十字架に張り付けられた領主の娘だった。


 当初は皆、彼女の気が動転しただけだと思った。しかし、少ししてそれが異常であったことに気づく。

 彼女は炎に焼かれている最中だというのに、悲鳴を上げることも、意識を失うこともなかった。


 そして、皆は気づいた。彼女の瞳が、ほんのりとした淡い赤色の光を発していることに。

 魔王が、再び蘇った。


 「え、衛兵! やつを、やつを殺せぇええええええ!!」


 領主は叫んだ。

 主の指示を受けた六人の衛兵は動き、槍を彼女に突き刺そうとした。


 だが、彼らはわかっていながらも忘れていた。なぜ、魔王と呼ばれた男が世界中で、今もなお恐怖の対象になっているのかを。


 ※


 衛兵の首が飛んだ。

 残った体は力なくその場に倒れ、金属が擦れる音を奏でる。

 飛んだ首は、群衆の中に落下し、悲鳴の調和を生み出す。

 恐怖に駆られた領民は散り散りになり、ただ生き延びようと処刑場を離れる。


 領主は眼前の光景に絶句する。

 兵士の首を跳ねたのは魔物でも、魔人でもない。

 眼前に立つのは―――


 「―――私が魔王、アレクシナ・ナイトメア。この腐りきった世の中を正す世界の変革者(ワールドチェンジャー)だ」


 殺そうとしていた娘が、漆黒の服を身に纏い、大斧を片手で持ちながら言った。

 そして、娘は自らを“魔王”と明確にした。

 確定したのだ。魔王が再び、この世に誕生してしまったのだと。魔王を生み出さないようにした結果によって。


 「待て、アレクシナ! 話を、話をしよう!」


 領主は懇願した。その瞳には、生への執着が滲み出ている。

 それを、かつて娘だった者は見逃さない。


 「さようなら、お父様」


 「待て、待ってくれ! 来るな! 来るな来るな来るな来るな来るなあぁああああああ!!」


 領主は狂ったように言葉を繰り返した。

 それが目障りだと感じた魔王は、かつて父親だった男を両断した。

 肉の塊は静かになった。


 魔王は返り血を拭い、それを視界に捉える。

 彼女は始めてだった。こうやって人間を殺したのは。

 男を殺す前に衛兵を殺したが、それとこれとでは何かが違った。天と地の差があるのうな、そんな気がした。

 だが、魔王はそんなことを気にもとめない。


 「さあ、醜い子羊よ。醜く泣き叫び、絶望を奏でて死んでくれ」


 ※


 そこからは、一方的だった。魔王の力に抗うことなど、武器を扱ったことのない領民には不可能だった。

 ただ逃げ惑うことしかできない領民を、魔王は蹂躙する。


 町中には死体が溢れ、建物は魔法によって次々に赤く染まり、熱を持つ牢獄へと変化する。

 既に屍となったものに、子どもや大人が泣きついていた。おそらくはそれが家族だったのだろう。

 魔王はそれすらも、無慈悲に屍の仲間に加えた。


 中には、角材や農具を持って魔王に立ち向かう者もいた。

 しかし、それはあまりに真無謀なことだ。魔王に攻撃をする前に、小さな火球が戦士たちを穿ち、灰に変える。

 運良く生き残った者でさえ、攻撃が届く前にその体を両断されてしまった。


 本来、夜は静寂と平穏をもたらすはずだった。

 それは、人間の恐怖によってもたらされた災害であり、誰にも止めることはできなかった。

 空に浮かぶ三日月は、彼らを見て不敵に笑っていた。


 ※


 やがて、夜が明けた。

 その日は曇りで、雨が降った日であった。


 雨のザーッという音が一種の静寂を生み、その地域一帯を支配する。

 その中に動く黒い影があった。そう、魔王の姿だ。


 彼女の背には、黒くなった人のような何かが転がっている。それは所々損傷しており、中には四肢胴体が切断されたものがあった。


 魔王は大斧を地に突き刺し、深く深呼吸する。

 「やっと終わった」と、彼女は心の底から安堵するように、疲れを表情に出した。

 燃え盛る町中で観測した笑みを浮かべた姿とは、また何か別の姿があった。まるで、一人の少女のように。


 ―――いや、彼女は少女だ。決して、間違えてはいけない。

 彼女は普通に生きることを拒絶され、挙句の果てにはその命すら奪われかけた。その状況下で生き残るために、そして、殺された被害者全員の無念を背負うため、この選択肢を選んだ。


 だが、人間側はそんなことなど知る由もない。

 各国に伝わったのは()()()()()()()ということのみ。その裏で何があったかなど、知らないのだ。

 その結果、新たな犠牲者が生まれ続けている。それは戦士のみにあらず、魔王の復活によって苦しむ人々が多く生まれたのだが、それはまた別の話である。


 ※


 ―――魔王がすべてを語り終えたところで、時は訪れた。

 傷だらけの玉座の扉が悲鳴を上げながら開かれる。


 魔王の孤独を奪おうとする侵略者が現れる。

 玉座に足を踏み入れた三人の侵略者は揃って銀長髪をしており、瞳の色も紺碧色であることから、魔王は何かしらの運命(さだめ)が働いたのだと考えた。


 というのも、先頭にいる背の低い少女を除く他二人の女は、一度刃を交えたことのある者だったからだ。


 魔術師(サポーター)の方は高火力の攻撃魔術と事前設置型の防御魔術を駆使し、不利な近接戦闘であったのにも関わらず、魔王に多少なりともダメージを与えていた。


 防御者(ディフェンダー)の方は、文字通り防御力に秀でていた。魔王の渾身の一撃を、魔術か何かによって生成した盾で一発は防いでみせた。

 また、魔術の類によって召喚された者はそこそこ強かった。魔王の知識にない武器を扱い、魔王を翻弄した。


 そして最後。

 先頭に立つ少女はおそらく攻撃者(アタッカー)だ。

 外見からして、歳は十八前後だろう。おそらくは、魔王がアレクシナだった頃と同じ年齢である可能性が高い。

 その証拠に、少女の顔にはあどけなさが残っている。

 きっと、アレクシナとは違う、かとても幸せな環境で大切に育てられていたのだろう。


 魔王は少女の武器に目を向ける。

 彼女の武器は、腕に取り付けられたブレードのようなものだった。それも、取り外しができないもの。


 魔王の持つ大斧は、そこそこの重さがある。屈強な兵士ですら、扱えるか分からない代物だ。

 魔王はそれに、魔力を伝導させることによって重さを自由自在に変えることができた。だからこそ、魔王はより一層強かった。


 しかし、魔王の眼前に立つ少女はどうだろうか。

 小回りの利かない形状を採用しているだけではなく、魔力の補正すら受けず、それを構えているのだ。

 万が一、ブレードを支えているものが破壊されたとすれば、それは使い物にならなくなる。また、ブレードが破壊された場合、腕を失うことに繋がるかもしれない。

 彼女の考えを、魔王は理解できなかった。


 「あなたが……魔王なの……?」


 少女が問いかける。

 魔王は呆然としていたが、その言葉で我に返る。


 「そうだ」


 魔王は少女の言葉を肯定する。

 少女の目つきは鋭くなる。腕に力が入り、攻撃の予備動作だと魔王は理解する。


 「魔王、できることならば私はあなたと争いたくない。人間と和平協定を結んでほしいと思う」


 少女の放った言葉に、魔王は目を鋭くする。明確な殺意が込められたそれは、侵略者に圧力を与える。

 だが、同時に魔王は少女を変わった人間だと思った。これまでにも()()()()()()者たちが幾度と現れたが、彼らは決してこのような提案をしなかった。

 その点、少女には協調性があるのだろう。

 だが、もう遅すぎた―――


 「何を言っている? 私の手は、既に血で染まっている。下部が殺した人間の数を数えれば、何百、何千、何万人。数えることすらやめてしまった。何よりも―――」


 魔王の纏う覇気が変わった。空気が歪むほどのオーラが、玉座の間を支配する。

 少女たちはその圧に耐えられず、一歩後退りする。


 「私の生き方を否定するな、小娘が! 私は望んで魔王になった。人間を、一匹残らずこの世から駆逐するためだけに魔王になった!」


 魔王の言葉に、少女は絶句した。


 「貴様らはわかるのか? 先代魔王と同じ瞳、髪の色をしているだけで殺される者たちの無念が! 私もその一人だった。その無念を背負い、私はあえて人であることを捨てたのだ!」


 魔王の言っていることは、この世界に定着した原因の芯を食っている。疑いようもない事実だ。


 そして、ここに来るまでに邪魔をしてきた、現魔王の語る先代魔王と同じ特徴をした者たちによる組織。

 そこに所属する者たちは、先代魔王の残した恐怖に人生を振り回され、自主的に現魔王の傘下に下った。

 その彼らは死に際に、魔王と同じような事を言っていた。


 少女は歯を食いしばる。

 己の考えが浅はかだったと知り、また、彼女がこの世界に蔓延るものを代表している唯一無二の存在であると理解した。

 そしてはっきりとさせられた。ここで取るべき選択が何かを―――


 「―――戦いましょう。どちらかが生きるか死ぬまで」


 「……ああ、元よりそのつもりだ」


 魔王は口角を上げ、言った。

 少女に申し訳ないと思いながらも、彼女は生きる意味を貫き通そうとする。

 そして、生きるか死ぬか不透明な未来に備え、彼女なりの儀礼を行う。


 「少女よ、問う。汝の名は?」


 「……(カナデ)


 「良い名だ。その名、我が墓場まで持っていくとしよう! 心優しき勇者よ!」


 魔王はそう言い、大斧を床に突き刺した。

 奏と名乗った少女は、格納していたブレードを展開する。

 ブレードは魔王の背後から差し込む光を受け、刃を際立たせていた。

 少女の動きに合わせ、防御者(ディフェンダー)魔術師(サポーター)も武器を構える。


 「我が名はアレクシナ・ナイトメア。この腐りきった世を殺す世界の討伐者(ワールドスレイヤー)だ!」


 魔王は力強く名乗りを上げる。

 周囲には膨大なオーラが満ちあふれ、空気を振動させる。

 少女たちはその圧に屈することなく、鋭い眼差しで魔王の目を見ていた。


 魔王はその瞳に、懐かしいものを感じ取った。

 また、オーラによって揺れる少女の銀髪が、名を忘れてしまった母親と重なる。

 間違いなく、少女は覚悟を決めていた。


 少女は、魔王とは違う何かを持っていた。

 それが何なのか、魔王が知ることは無いだろう。

 生まれた環境に振り回された少女は、もうそこにはいないのだから。


 魔王は大斧を振りかざし、少女たちを屍に加えるべく動き出す。

 かつて、無垢な少女だった者は対となるかもしれない存在を前にして、これまでにない胸の高鳴りを感じていた。

 だが、彼女の中には変わらない考えが、呪いのように渦巻いていた。


 かつて少女が味わった痛みと、先代魔王の考えが混ざり合った何かが、彼女の体を突き動かしていた。

本作品をお読みいただき、誠にありがとうございました。

この物語は「一つの被害が複数の被害を生む」というテーマを込めて制作しました。作中ではかつての魔王の特徴を持つだけで差別され、殺されてしまうというという設定を加えることで、これまでにも数多の被害者が存在することを連想させます。

言い換えれば、これは現代社会の構造にも当てはまることだと思います。例えるならば、たった一つのことで、その集団に所属する者や後に加入する者まで被害を被るということ。これは実際、私が経験したことでもあります。

今思い返せば、まあまあ怖かったですね。まさか町中を歩いていた時に何か言われるなんて思ってませんでしたから。

改めまして、本作品をお読みいただき、誠にありがとうございました。また、別の世界線で読者の皆様と触れ合えることができることを楽しみにしています。

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