1.壊れた日
階段って、こんなにも長かったっけ。
真っ逆さまに落ちていく間、どうでもいいことばかり考えてた。
制服のスカート、変にめくれてないかなとか。
スマホ、割れちゃうかなとか。
……あと、明日提出のプリント、まだ出してなかったなとか。
そんなくだらないことばかり、ぽつぽつと浮かんでくる。
本当におかしいよね。
今まさに、私は落ちているのに。
「え?」
背中に、何か触れた気がした。
すごく冷たくて、でも強くて。
その手が、私を押したのだと理解するまで、数秒かかった。
足が宙を切った瞬間、時間が引き延ばされる。
身体が傾いて、重力に逆らえなくなって。
目の前がくるりとひっくり返る。
“落ちる”って、思った。
心の底で。
だけどそれは、まるで夢の中みたいにぼんやりしてて、
どこか現実じゃない気もしてて、
でも、痛みだけはちゃんとリアルで。
頭を打った瞬間、世界が真っ白になった。
誰かの足音が、遠くへ逃げていく。
私は声も出せなくて、ただ空を見上げていた。
季節はもうすぐ春だ。
空が、やけに青かった。
最後に見えたのは、
私を突き落とし逃げ出す男の背中だった。
どこか切ない背中をしていた。
──わたし、何か悪いこと、したっけ?
そんなことを思ったところで、
意識は、深い底に沈んでいった。