絢爛
紅い緞帳が上がると、その先に仮面を付けた夥しい数の観客が視える
幾度となく視慣れた筈の光景だったが、心には常に興奮が溢れる
僕自身も仮面をしていたが、覆われていない口元の笑みだけは隠す事が出来なかった
正装した僕の傍らには、両手両足を縛られて眼隠しと猿轡をされた少年が、最後の抵抗とばかりにのたくっている
確かに、いま逃れる事が出来なければ、後に待つのは絶望的な残酷に他ならない
眼隠しでも隠す事の出来ない程の恐怖から来る涙が、唾液と共に床を濡らしていた
緞帳が上がり切ると、拍手が巻き起こる
僕は観客に一礼すると、ポケットから出した鞭を振り下ろした
風を切る音
破裂音の様な鞭の音色から一拍置いて、鞭は少年の顔の真横に叩き付けられる
少年が一際大きな声で悲鳴を上げたのが解ったが、それは猿轡の布の中に、唾液と共に溶けて消えていった
客席からは既に小さな拍手が起こっていた
何度も、わざと大きな音を立てて鞭を振り下ろす
視えていない事が恐ろしいのだろう
少年は恐慌の様な声を上げ躰をくねらせるが、僕は狙いを付けて、常に皮膚と紙一重の位置に鞭を当てていく
はたして鞭が躰に触れる事は一度も無く、また小さな拍手が聞こえた
その拍手の少しずつ消えていく終わり際、僕は一瞬のうちに少年の猿轡を外して捨てると鞭を振り上げ、少年の背中に叩き付けた
声変わり前の高い絶叫がホールに反響する
悲鳴が終わりかけるたびに、僕は新しく鞭を振り下ろした
搾りたての果汁の様に、綺麗な悲鳴が耐えること無く新鮮に満たされ続ける
暫くして僕が鞭を振るのを止めると、少年は四肢に力を込める事も出来ず、消え入る様な呼吸をしながらその場に崩れた
打たれ続けた背中の、透き通っていた皮膚は既にあちこちが破け、紅い鮮血が滲んでいた
僕はそれを人差し指で掬い、観客に向けて誇示する
万雷の拍手がそれを出迎えた
僕は舞台袖まで戻り、幾本かの「器具」を持ってステージへ戻った
「器具」は金属製の筒で、先端が尖っている
僕は少年に近寄ると、今度は眼隠しを外し、勢い良く投げ捨てた
少年は眩しさに眼を細めたあと、僕の手にある数本の「器具」を視て、絶望した様な表情をする
エンターテイメントには、適切な「間」が必要だ
彼に「器具」を突き刺すべき時はまさに「今」だった
僕は器具の一本を握ると、尖った側を少年の肩に突き刺した
今度は悲鳴は上がらなかった
少年は突き刺された場所を、涙に濡れた諦めの視線と共に視詰める
「器具」が刺したのは彼の動脈
筒の中を血液が通り抜け、鮮血が噴水の様に吹き出した
溢れ出た血の霧がステージを満たす時、それまでで一番の拍手が巻き起こった
だが、これで終わりでは無い
残りの器具も一つ、また一つと、拍手が静まりだしていくタイミングを視て突き刺していく
拍手は鳴り止まず、中には立ち上がって歓声を上げる観客さえ居るようだった
血が少年から、もう一滴も出なくなったかに思えた頃、僕は今度は舞台袖から鋸を持ってきた
少年は叫ぶ気力さえ喪い、力無く横たわっていたが、鋸を視ると、眼を視開いて「ひっ」と空気を吸い込む
だが、少しすると直ぐに抵抗を諦め、力無い視線を僕に向けるだけとなった
彼は「自分は今から殺される」と思っているのだろう
現実にはむしろその逆だった
僕は自分の人差し指をナイフで切ると、その指を少年の口に含ませた
指で少年の舌を弄んでいくうち、僕の血が浸透していく
彼の躰には変容が起こり始めた
痛々しかった傷口が視る間に塞がっていき、全身を汚していた血と唾液も波が引く様に消えていく
少年の躰には今や一つの傷さえ無く、むしろステージに運ばれた時よりも美しく、大理石の様に白く透き通っていた
僕は客席に一礼する
大きな拍手が帰ってきた
少年は自分に起こった事がまだ理解出来ていない様子だったが、暫くすると「総てを理解した」
「おめでとう」
「君は永遠に死ななくなったよ」
僕は少年に耳打ちする
聴いた事も無いような悲鳴が、いつまでもステージに響く
そして、それをかき消さんばかりの拍手と歓声が後に続いた