人の話を聞きなさい、ですって?
「嫌ですわぁ」
「ユリエラ様!」
ぶっすりと頬をふくらませているユリエラ。
明らかに怒っている大司教。
オロオロしているエーディト。
これは、まだユリエラもエーディトも幼かった頃の、ほんの些細なお話。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「あら、ユリエラ。その髪型、とっても可愛いわね!」
「可愛い……?」
大好きな大好きなエーディトに、髪型を褒めてもらえたユリエラは、ぱっと顔を輝かせる。
「あのね、姉さま、これね、新しいわたくしの侍女がやってくれたのよ!」
「まぁ、そうなの! とっても素敵よ!」
エーディトは割と髪を下ろしていることが多い……のだが、それには理由がある。
何せエーディトは体が大変弱く、本当ならば髪はひとつにまとめてしまった方が身動きも取りやすいのだが、体調を崩した時にすぐに横になれるよう、と配慮されているから、であるのだが、エーディト本人は『出来れば結い上げたい……』と常日頃思っているらしい。
ユリエラはシンプルに結い上げたり、たまたま今日みたいに可愛らしくお団子結びをしてもらったりと、髪型で遊ぶことがとても好きなようだ。
時の神子に選ばれたとはいえ、やはりまだまだ小さな女の子。
おしゃれにだって興味はあるし、大好きなエーディトに褒められればユリエラだって嬉しくなって満面の笑顔を浮かべる。
「えへへ、姉さまに褒めてもらっちゃった」
だがしかし、ここで忘れてはいけない。
……ユリエラが、エーディトの言葉に関してはとてつもなく激重な感情を抱いている、ということを。
「ユリエラ様」
「はぁい」
「髪型を、お直しくださいませ」
「……」
大司教がにこにこと微笑みながら注意をするが、ユリエラは無言ですっと自身のウインプルを装着した。
「……ユリエラ様」
「大司教様ぁ、今日のお勉強は何ですのぉ?」
「(この子聞いてねぇな)」
通常であれば、ピンで留めるものなのだがいつもいつもそうしていては時間がかかる!とある日ユリエラは素早く装着できるように、とある程度形を整えて被るだけのそれを制作してしまったのだ。
ピンで留めるだけだから、と宥めたのだが『エーディト姉さまとお話出来る時間を減らしたくない。身支度の時間なんかに奪われてたまりますか』と真顔で淡々と語ったものだから、お付のシスター達が思わず頭を抱えたのは割と最近の出来事。
「……良いですか、ユリエラ様。物事にはルールというものがございまして」
「身支度はぁ、ちゃあんとしておりますもの」
つーん、とそっぽを向いてしまったユリエラを窘められるのは、後にも先にもエーディトくらい。仕方ないな……と困り果てた大司教はエーディトを呼びに行ったのだが、エーディトはしれっとこう告げた。
「大丈夫ですわ、きちんとした式典の時は、ユリエラだって弁えておりますし」
いや違う、そうではない。
神殿の皆の意見、もとい心の声は見事にハモった。ハモったが、エーディトの言葉にユリエラは嬉しくなってきゃっきゃとはしゃぎ、エーディトに微笑みかけている。
決して抱きついたりはしない。
そうしてしまうと、エーディトに色々な負担をかけてしまう、というのはユリエラだって幼いながらに理解しているのだろう。
「まぁ……エーディト様がそう仰るので、あれば」
その時は、これで終わった……かのように思えたのだが、話は冒頭へと戻る。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「ユリエラ様、きちんとなさい。今日はクロノス神からの御言葉をいただく日ですよ?」
「嫌ですわぁ」
「ユリエラ様!」
──だって、あのクソ神が何より会いたいのは私の大好きなエーディト姉さまだもの。
心の中でユリエラはそう呟いたが、今のままだと会える時間が少なくなってしまう。そうなれば、エーディトはきっと悲しむ。
……あぁ、何て嫌なんだろう。
けれど、大好きな姉さまが笑ってくれるなら。心から嬉しいと、そう、思ってくれるのならば。
「ユリエラ」
困ったような、けれど、とても優しい声。
ユリエラが何よりも逆らえない、大好きなエーディトの、声。
「………………分かりましたぁ」
ぷく、と頬を膨らませながらもユリエラはお気に入りの髪型を一度ほどき、手早く纏めてから神に会うための正装へと着替えをすべく神子部屋へと向かった。
「……助かりました、エーディト様」
「ユリエラがごめんなさい……。でも、あの子だって悪気があるわけではなくて……ええと……」
「えぇ、本当に貴女様が大切で、大好きなのでしょう。我らも、ユリエラ様のことが大好きで、大切なのですが……」
「あの子だって、理解しております。今の順番は、きっと……わたくしが何より優先されている、というところではないかしら」
「だと、良いのですが」
ユリエラが正装に身を包み、戻ってきてから。
エーディトと二人揃って神への謁見を行い、そして言葉を賜った。
いつも通りの光景で、大好きなエーディトが何より幸せそうに微笑んでいるその場面は、これからも続いていくと、思われていた。
「ユリエラ様」
「今行きますわぁ」
よいしょ、と呟いてユリエラが大司教だけが着用できる聖衣に身を包み、ゆっくり立ち上がった。
前々からアルベリヒが面会したいと騒ぎ立てていたのが、さすがに抑えきれなくなってしまったようだ。
「……愚王の分際で、キャンキャンとよくもまぁ吠えますことねぇ……」
「ユリエラ様」
「なぁに?」
「失礼ながら、髪型を……」
ぴた、とユリエラが思わず硬直し、元・大司教とじっと見つめあった。
そして。
「よいしょ」
「ユリエラ様ぁぁぁぁぁぁ!!」
あの時と同じやり取り。
違うのは、ユリエラが大司教になり、二人分の神子の権能が使えるようになってしまったこと。
そして、アルベリヒが、失ったエーディトを取り戻したい、と駄々を捏ねまくり、奇襲をかけるかのごとくここに押しかけまくっている、ということ。
「自業自得のくせに……馬鹿な男ですわぁ」
かぽ、と後ろの長い帽子に似た大司教の証のソレをユリエラは被る。
髪型は、あの頃エーディトが褒めてくれたもののまま。
そして、ゆっくりと歩き始めた。
アルベリヒに、『否』を突きつけるために──。
キャラデザに描かれていたほんの小さなやり取りでしたが、私の萌心をくすぐるには十分すぎたが故に生まれた短編です(ノンブレス)