9レオルカの心中(3)
そしてやっと騎士団が休みに入り俺はエルディと約束していた通り一緒に実家に挨拶に行った。
馬車の中でエルディはまだ元気がないみたいだった。
俺はいつものだんまり男ではいられなくなって、ついエルディに話しかけた。
「どうした気分でも悪いのか?」
「いえ、そんな事はありません。ご両親に会うのにこれでいいでしょうか?」
「もしかして緊張してるのか?」
「当たり前じゃないですか。私には両親がいません。その代り叔父様や叔母様が親代わりですけど…私がおかしなことをすれば叔父様たちに迷惑がかかるんですから」
「そんな事心配してたのか?いいか、エルディ。うちの親は子爵家なんだ。そんな堅苦しい事を言うものはいない。子爵領では繁忙期にでもなれば一家総出で畑仕事も手伝うし使用人も執事もみんな家族みたいなもんだ。エルディの家だってそんな堅苦しい事はなかっただろう?」
「ええ、確かに我が家も鉱山が主な資金源でしたから、事故でもあれば父も鉱夫と一緒に泥まみれになって救助に当たるような人でしたし、屋敷の使用人とも家族同然のように暮らしてましたし…本当にあの頃が懐かしいです」
「エルディのお母さんは病気で?」
「はい、流行り病であっけなく。父は鉱山の事故で山に入っていてまた落盤事故が起きて…」
「ああ、残念だった」
「レオルカ様は絶対に早死にしないで下さい。私をひとりにしないで下さいね」
エルディの淡い紫色の瞳が揺れる。
それは俺の胸にぐさりと突き刺さった。騎士は闘いをするのが仕事。国で何かあれば命を投げ出しても当たり前だ。
そんな俺にエルディは死ぬなと言う。俺の頭は真っ赤になって真っ白になった。
「ご、ごめんなさい。本気にしないでいいんです。ただ、やっと家族が出来るから…もうひとりは嫌だと思ってしまって…勝手なことを言いました。ごめんなさい」
「いや、約束する。エルディを絶対にひとりになんかしないから。どんな事があっても俺は死んだりしないから…いいか約束だ」
俺は射抜くようなまなざしでエルディを見つめる。
きっと顔はもの凄くいかつい怖い顔になっていたと思う。
「レオルカ様ありがとう。私すごく嬉しいです」
エルデイは可愛らしい唇でありがとうと言葉を紡いでくれた。うれしいと唇が動いてほんのり頬を染めて眦が細くなって…
めちゃくちゃ可愛くて俺はたまらずエルディの頬にそっと手を伸ばした。
ほんのり伝わる肌の温もりに身体中までも温かくなって俺のきっと耳たぶまで赤くなっているだろう。
俺は我慢できなくなって…馬車の中だというのにエルディの唇を奪った。
そっと触れ合わせるだけのつもりがエルディときたら可愛い顔でねだるようにじっとしてるから…俺は何度もかぶりつくようなキスをしてしまった。
唇が少し腫れたエルディの恥ずかしがる姿にまたさらに興奮して押し倒してしまいそうなのを理性を全開でこらえた。
両親や兄夫婦もエルディをものすごく気に入ってくれて、エルディは娘のように母や兄嫁と一緒に食事の用意を手伝ったり、極めつけは豆の殻をむくのを手伝ってすごく家族に打ち解けてくれた。
やっぱり俺の目に狂いはなかったって思った。
いや、エルディは本当に俺には過ぎた女ではないのかとまで思った。
そして年明けクワイエス侯爵家の夕食に招かれた。
俺はアンリエッタを見て悪いが眉間にしわを寄せてついしかめっ面になった。
お前がエルディを貶めているのかもと思うとどうしてもにこにこなんか出来なかった。
だが、どうもそれは勘違いだったと思えた。
本当に良かった。エルディの慕っている従姉妹と仲たがいなんかさせたくはないからな。
俺はその時すっかり安心してしまった。
これでもう結婚式まで何もないだろうと。
別れ際エルディにまたキスをした。甘くて蕩けそうなキスで俺は脳芯まで痺れた。