2アンリエッタお姉様がそんな人だとは知りませんでした
「おいおい、ここは神聖な場所だぞ。声を抑えなさい」
「「すみません。でも…」」
「ふたりともあんな大声で話してたんだ。話は聞こえたよ。3月10日の結婚式の申し込みだろう?」
そう言ったのはもちろんふたりの叔父にあたるドミールだった。彼はふたりの父親の弟になる。
「「はい、そうですわ!」」
「すでに数組申し込みがあった。何しろすごい競争率になりそうで…教会も今日で申し込みを締め切って抽選にしようという事になるだろう。ふたりとも事務室に言って申し込みをして来なさい」
「「そんな~、もう申し込みに来た人が?」」
「ああ、まあ、とにかく運に任せるしかないぞ」
「ええ~」エルディは意気消沈して床にへなへな座り込んだ。
「諦めるの?まだ決まったわけじゃないのよ。私申し込みしてきます。では叔父様失礼します」
決断力においてはアンリエッタは素早かった。
「エルディ?どうするんだ。アンリエッタは申し込みに行ったぞ」
「私だって…諦めませんから。では、叔父様失礼します」
教会の事務室に行くと意外にも3月10日の申込者がすでに申請を取り下げていた。
なんでも10組がほとんど同時に申し込みに来てこれは無理だと諦めたらしい。
そのことをドミールは知らなかったのだろう。
アンリエッタは喜んでこれならもう決まったようなものだと思った。
帰る途中にエルディとすれ違う。
「あらエルディ。あなたも申し込むつもり?もう諦めなさい。ほとんど無理そうよ」
アンリエッタは面倒見のいい優しい従姉妹だったが、プライドは高く狙った獲物は逃さないタイプでもあった。
(エルディ悪いけど今回は私に譲ってちょうだい。あなたはこの先いつでもここで結婚式が出来るんだし、私はクワイエス領に行けばいつこっちに帰れるかもわからないんだから…ごめんね)
アンリエッタは心の中でエルディに謝りながらそばを通り過ぎる。
エルディは控えめで内気なのでいつもアンリエッタの言いなりになって来た。
それにアンリエッタは意地悪ではないのでエルディもそれで良かったのだが…
今回は絶対に引き下がるわけには行かなかった。
(だって私の夢なのよ。ずっと思い描いて来た。例え政略結婚でも、愛のない夫婦の誓いを立てるとしても、この教会ならきっと幸せになれるって思えた。両親が式を挙げた教会だと知ってからは余計にそんな気がしたんだから。ここは絶対に譲れないわ)
「でも、アンリエッタお姉様も申し込まれたのでしょう?だったらどうしてそんな事言われるのです。私がここで式を挙げるのが夢だって知ってるはずでしょう?」
「だから言ってるのよ。あなたを悲しませたくないの。だって聞いたでしょう?凄い申し込みが多いって、期待してもきっと無理。そしたらエルディすごく悲しむことになるのよ。私はあなたのためを思って言ってるのよ」
アンリエッタお姉様は高圧的な態度でエルディを打ち負かそうとする。
「何もせずに諦めるよりずっといいです。では、ごきげんようお姉様」
エルディは今までアンリエッタにこんな態度を取ったことはなかった。でもこれは話が違う。
アンリエッタはだったらもういいわとでも言うような顔をして去って行った。
エルディは少し後悔したがそれでも申し込みをしに行った。
そこで聞いたのは申し込みしたのはアンリエッタとエルディだけだとわかった。
他の人はあまりの倍率に申し込みを舌がすぐに取り下げると言って帰って行ったらしかった。
(お姉様ったらうそをつくなんてひどいわ。私だってお姉様がその気なら考えがあるわよ…)
エルディは感じた事のない失望を感じてもいたが、またそれが新たな闘争心を掻き立てた。