19エルディ襲われる
翌日エルディは叔母やアンリエッタお姉様と一緒に教会に出向いた。
生誕祭はまず教会に祈りを捧げてそれから教会を出た参道に立ち並ぶ出店を見て回るのが定番のコースだ。
エルディ達は早速教会でお祈りを済ませる。
「ドミール神官」
ドミールは生誕祭で聖職者が身に着ける白い長衣に煌びやかな帯を首からかけている。
「やあ、エルディ。アンリエッタも一緒か」
ドミールはいつにもましてにこやかにほほ笑みかけた。
「もちろんよ。お祈りがすんだら出店を見て回るつもりよ」
「ああ、あんまり食べ過ぎるなよ。明後日は結婚式だろう?」
「ええ、信じられないわ。この教会で結婚式が出来るなんて」
エルディはあの脅迫状のせいでずっと神経をすり減らしていた。でも、ここまでくればもう何もないのではと思い始めていた。
「ああ、エルディの花嫁姿はきれいだろうな。あの、冷血なレオルカが泣いて喜ぶんじゃないか?」
「ドミール!そんな事言うもんじゃないわ」
叔母様がぐさりと釘を刺す。
「でも、お母様。あのレオルカ様がエルディを見つめる顔はほんとに蕩けそうな顔をされるのは事実よ」
「まあ、アンリエッタまで。いけませんよ。レオルカ様は本当に素晴らしい方でエルディの夫となる方ですよ。くれぐれも失礼のないようにね」
「は~い」
アンリエッタはペロリと舌を出す。
ドミールも一度コホンと咳ばらいする。
「いや、これは失礼。エルディ、ただ彼が君との結婚をものすごく喜んでいると言いたかったんだよ」
「わかってます。私すごく幸せです。ありがとうドミール叔父様」
エルディは神官と呼ぶべきだろうが会えて叔父様と呼んだ。
「ああ、結婚式は神官としてでなく家族として参列するつもりだからね。すまんが今日は忙しいからこれで失礼するよ」
「はい、では明後日お会いしましょう」
「ええ、エルディ行きましょう」
アンリエッタがエルディに声をかける。
叔母はその後ろをゆっくりついて行く。
祭壇の前の通路にはたくさんの人達が行きかい袖やドレスが触れ合う。
教会の出入り口に向かって3人は進んでいく。
そこにケネト殿下が入って来た。
彼は緊張した面持ちでアンリエッタの前を塞いだ。
「アンリエッタ、話がある」
「ケネト殿下?お久しぶりです。お話って?ここでは邪魔になりますから…」
後ろの人たちが通れないのでアンリエッタやエルディ達は脇によける。
ケネト殿下も一緒に通路から中ほどに入って来る。
そしてアンリエッタに話しかけた。
「あ、アンリエッタ…あの、久しぶり。あっ、これはクワイエス侯爵夫人もご一緒で…ちょうど良かった。実はアンリエッタ、俺と、いや、私ともう一度婚約してもらえないだろうか?」
「えっ?私と?でも、私はもう別の方と婚約していますし無理ですわ」
「無理は承知で頼んでいる。もう一度私との婚姻を考えてもらえないだろうか?」
叔母様が驚いた顔でアンリエッタとの話に割って入る。
「お言葉ですが殿下。この話はかなり前に終わった事。今さら話を蒸し返されても困ります。第一殿下にはキャサリン様がいらっしゃるじゃありませんか」
あまりの申し出に叔母様も少しイライラしている。
キャサリンと聞いた瞬間ケネト殿下の顔が引きつった。
「キャサリンとは終わったんだ。だからこうして無理を頼んでいるんじゃないか!婚約者は伯爵家の嫡男だったはず、伯爵家より王族の私の方がはるかに格が上だろう?」
「そんな勝手な事言われても困ります。先を急ぎますので失礼します」
アンリエッタはケネト殿下の前を通り過ぎようとした。
エルディもその後ろをついて行こうとしてケネト殿下の手に光るものが見えた。
反射的に脳内の奥で危険!と思った。
「お姉様。危ない!」
エルディは咄嗟にアンリエッタお姉様を突き飛ばしケネト殿下の前に飛び出した。
「えっ?…な、何?…痛っ…」
エルディはいきなり襲って来た激しい痛みに声を上げる。
そのまま痛みに耐えきれずどさりとその場に倒れ込んだ。
「きゃ~…エルディ…ケネトあなたなにを…」
アンリエッタはエルディを抱きかかえる。エルディは苦しそうに顔をしかめてはぁはぁと息を吐きだしている。
見れば腕から血が流れている。
「エルディ?ああ、大変。血が…お母様すぐに医者を!」
アンリエッタがエルディが血を流している事に気づいて声を張り上げる。
すぐに髪を結んでいたリボンをほどくと血の流れ出る箇所の上部を縛り上げる。
「誰か。ドミール。お医者様をお願い。エルディが…はやく!」
エルディはナイフのようなもので刺されたらしい。
「ケネトあなたどういうつもり?」
アンリエッタはケネトを怒鳴りつける。
「こんなつもりは…エルディすまん…」
ケネトは真っ青い顔をして走り去った。