1夢が叶うかも
「うぅ~今日はやけに冷え込むわ」
それもそのはず、空から白いものがちらちら落ちている。
エルディは働いている騎士団の事務室から窓を見ていた。
もうすぐ年の瀬も近い。テネグロワール国は冬を迎える。この国は春、夏、秋、冬と四季がある。
春までの数か月間はエルディの叔父ゼイスが治めている北のクワイエス領は厳しい時期を迎える。
ちなみにクワイエス領は隣国と接している事や北側には鬱蒼とした樹海が広がっていて魔物退治なども行う事もあって、かなりの強豪かつ精鋭な騎士が揃った騎士隊も持っている。
物思いにふけっている思考を寸断するように扉が勢いよく開く音がした。
エルディはふっと振り返る。
「エルディ、いい話を聞いたぞ」
そう言って事務室に入って来たのはエルディの婚約者のレオルカ・トリスティスだった。
彼はエルディが学園に通っていた時の護衛騎士をしていた人で子爵家の次男。エルディの婚約者でもある。
エルディの父はクワイエス侯爵家の次男でコプルス子爵を賜ったが15歳の時亡くなり母もすでに8歳の時になくなっていたので、父の兄であるゼイス・クワイエス侯爵の所に引き取られたのだ。
子爵領はその時ゼイスに返された。
何しろ子供がエルディひとりだけだったし、エルディも子爵家を継ぐことを拒否したからだ。
まあ、そんな訳でエルディはゼイスが親代わりとなり護衛騎士までつけてもらって至れり尽くせりの3年間を過ごしたのだった。
学園を卒業するといつまでもクワイエス家で厄介になるわけにはいかないとゼイスが騎士団長を務める王立騎士団の事務員として働き始めた。
1歳上の従姉妹のアンリエッタ(ゼイスの娘)はそんな事をしなくてもいいと言ってくれたがやはりけじめだからと働くことにしたのだ。
ちなみに今でも住まいはクワイエス侯爵家のタウンハウスに住まわしてもらってはいるのだが…
そんなこんなで18歳にもなって婚約者もいないのはと言われお見合いの話が出た。
そこに名乗りを上げたのがレオルカだった。
彼は28歳でエルディとは9歳違いだが内気な性格のエルディには少し冷たい感じもあるがしっかり者のレオルカはちょうどいい相手だろうとすぐに話は決まった。
エルディも領地経営などに関わるつもりはなかったので子爵家の次男であるレオルカとの婚約は都合が良かったし、結婚とはこんなものだと思っていたので頼りになるレオルカなら安心だとも思ったのは嘘ではない。
多分レオルカも同じような気持ちだと思う。
彼は言っては悪いが見目麗しい男で漆黒の黒髪にダークグレーの瞳のすごく大人の雰囲気を持っている男性で、その冷たい態度でさえもクールで素敵だと令嬢からも人気があると聞いた。
ただ、騎士たちの間では冷酷な男とまで言われるほど厳しいらしいが。
だが、エルディにはむしろ過ぎた婚約ではないかとも思えた。
実際彼と婚約してもデートらしいこともなく良く聞くお茶会などもしたこともない。
職場で顔を合わせるくらいで、たまに昼食を一緒に食べる程度の関係だったが。
それにレオルカはつい最近、騎士団の小隊長になったせいか忙しそうにしている。
それが彼の実力なのか叔父の計らいなのかはよくわからないが、エルディとってはレオルカの出世に興味もないのでどちらでもよいことだった。
「まあ、レオルカ様そんなに慌ててどうしたんです?」
「実はいい話を聞いた。セント・ルーズベリー教会に空きが出たらしい。エルディあの教会で式を挙げたいって言ってただろう?」
エルディの顔が一気にほころぶ。
(ええ、言いました。ほんとにレオルカ様の冷たそうなのにちゃんと私の事を気にかけているってそう言う律儀なところ好きですね)
「えっ?ほんとに?でも、それって確かなんでしょうか?」
(うれしいがぬか喜びならいやだ。だってあのルーズベリー教会ですよ)
「確かだ。ドミールから聞いたんだ。絶対間違いない。エルディはルーズベリー教会で結婚式を挙げるのが夢だって話してただろう?だから急いで知らせに来たんだ」
「じゃあ、ほんとに?ほんとにあの教会で結婚式を?わたしたちが?うそみたい…」
エルディは両手を合わせてうふっと微笑んだ。
「ああ、日は来年の3月10日だ。俺も小隊長になったし時期もちょうどいいだろう?」
「ええ、そうですね。春に結婚式なんてすごく素敵です」
「ああ、そう言うだろうと思った。すぐに申し込みに行った方がいい」
「ええ、そうですね。じゃあ、私今からすぐに行ってきますから」
「ああ、待て俺も一緒に行こう。一人では危ないだろうから」
「そんな。いいんですか?小隊長が仕事さぼっても?もう学生じゃないんです。一人でも大丈夫ですから」
エルディはいつまでも子ども扱いするレオルカに少しふてくされる。
「まあ、エルディがそう言うなら、でも気を付けて行くんだぞ」
「はいはい、わかってます」
いつまでたっても学生の頃の護衛騎士だった頃のように扱われてエルディはそれが不満でもあった。
私だってもう19歳なのに…
まあ、アンリエッタの金髪、碧眼の美貌と比べれば栗毛色の髪と薄紫の色素の抜けたような瞳ではくらべものにもならないでしょうけど。
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エルディは馬車でルーズベリー教会に着くと裾の長いワンピースの裾をくっと持ち上げて小走りに教会の中まで急いだ。
(だって、婚約が決まってすぐに申し込みに来たけど、ここの教会の結婚式2年先まで予約でいっぱいだったんだもの。まあ、国中の女性の憧れなんだから仕方ないけど。何と言っても結婚式は愛の女神リガオラ様が祀ってあるこの教会でなくちゃって!そう言えばアンリエッタお姉さまも結婚式は半年後なのにここには空きがないって嘆いてたわね…でも、たとえお姉さまでもこれは譲れないわよ。ごめんなさいアンリエッタお姉さま)
アンリエッタは姉ではないが、いつも優しくエルディの導いてくれるいわゆる指導者のような存在だった。
教会の中に入ると神官を見つけた。エルディは声を張り上げた。
「すみません。結婚式の申し込み何ですが~来年の3月10日空きが出たと聞きまして…あの…申し込みに来たんですが「あっ!すみません。それ、私がお願いしようと思ってた。なによ。あなた、私が先よ!」何を?私が先です!」
いきなり後ろから声がして話の途中で邪魔された。
「ちょっと、私が先だって言ってるじゃない!」
「いえ、違いま…えっ?アンリエッタお姉さま?」
「え、エルディ?どうしてあなたがここに?」
「それはこっちのセリフです。お姉さまの結婚式は半年後のはず?」
「ええ、でも急にエリク様が春にはクワイエス領に行く事になってなるべく早く式を挙げたいと言うから、そしたらここに空きが出たって聞いて急いで来てみれば…エルディじゃない」
「ええ、ですが、ここは譲れませんよ。私の夢なんです。アンリエッタお姉様も知ってるじゃないですか!」
「あら、私だってこの教会で結婚式を挙げるのは夢だったわ。ただ、どうしても空きがないって言うから…だから。いくらエルディでも絶対にここは譲れないわ!わかったら諦めて!!」
「まあ、年上だからってそんな事許されるとでも?いやです!神官様どうか受付をお願いします。あっ、叔父様。ドミール叔父様どうか願いを聞いてください」
「まあ、エルディ。あなただけずるいわよ。叔父様。私の願いを聞いてくださいますよね?」
怒涛のようにエルディとアンリエッタが叔父のドミールめがけて走り寄る。
ふたりの姪を相手にドミールは困った顔をした。