1話(2)
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一口、お茶を飲む。甘く温かいその誘惑にホッと息をもらした彼女――マーシャ・ネーギュは、飲み終えたカップを優しくテーブルの上に置いた。それから足元に手を伸ばすと、そばに置いていた袋から紙の束をそっと取り出す。
「全くあなたという人は……一体何度叱られれば気が済むんですか‼」
そう言いながら、彼女は持っていた紙をテーブルの上に叩きつけた。勢いでカップが揺れる。
「家屋の損壊、依頼者への態度、騒音、その他苦情……今朝の件も含めて、ここ一カ月で二十件は来ています。いい加減、対応している私の身にもなってくださいよ、ユニリスタさん」
「――俺も困ってるんだよ」
マーシャの向かい側に座っている青年――ユニリスタ・ティル・クルトニスクは、細身の眼鏡を軽く押し上げた。青みががった黒髪が小さく揺れ、少しばかり目付きの悪い灰眼がレンズ越しに彼女をとらえる。
「俺の魔法と相性の悪い依頼ばかり来て」
口角を上げるユニリスタ。その表情から困っている様子は見られない。本当に困っているのは、眉をひそめるマーシャの方だ。
「確かに、あなたの魔法と相性の良い依頼は少ないです。でも、だからと言ってあなたの仕事を減らせば、他の魔法使いに負担がかかります。苦情はありますが、今はそれでもやるしかないんです」
「それに」と彼女はユニリスタを真っ直ぐ見つめる。
「これはあなただけの問題ではありません。あなたを支援してくれる方にも、あなたが所属しているこの魔法協会にも影響があります。あなた自身の為にも、悪評に繋がるような言動はどうか止めてください。十七にもなって、問題児なんて呼ばれ続けるのは嫌でしょう?」
マーシャの眼差しには力がこもっていた。あまりにも鋭い眼光に耐えられなかったか、ユニリスタは彼女から目を反らす。
「……努力します」
マーシャが柔らかな声で「よろしい」と答えると、ユニリスタは静かに息を吐いた。
「ところで、いつもの二人はどうしました?」
「シャレン通りで警備の仕事をするから先に行かせたよ」
「あぁ、今日でしたね。でも二人だけで行動させて大丈夫ですか?」
心配そうな彼女に、ユニリスタはフッと小さく笑む。
「問題ない。二人が何かやらかすのは、主人がいる時だけだ」
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