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プロローグ
その日、ルーマの森は晴れていた。普段は濃霧に覆われ何も見えないというのに、今日という日は葉の一枚や花の色がはっきりと見えている。雲一つ無い空はどこまでも青く、鬱陶しい魔物の姿もない。
この穏やかな時間が流れる場所で、木々の間から降り注ぐ陽の光が二つの影を照らしていた。
「ごめん」
震える声で話す青年に、少女は首を振ってそれを否定する。
「ありがとう」
彼女は青年の腕の中で弱く微笑むと、彼の頬に手を伸ばした。血塗られたその手を辿れば、先にあるのは大きく裂かれた腹部。
命を奪われ続け、今にも溢れ落ちそうになる少女の手を、青年は包むように掴んだ。その手もまた血と土で汚れ、顔には後悔と悲痛の色が伺える。
「“ユニリスタ・ティル・クルトニスクが命じる――”」
青年が言葉を奏でると、灰赤色の光が二人を包んだ。彼らを守るように、しかし儀式の邪魔をしないように。光はゆっくり静かに渦を巻いている。
「“我が使い魔となり その命果てるまで力を奮え 汝の真名は――”」
風が青年の言葉を攫った。涼しさの中に暑さが残る、初秋の風だった。
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