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マリーは、テオドールに出会う。(6/4、おまけ追加です)

テオくん。テオドール・ルッツ。アリシアの弟くんです。

どうやらマリーにみつかってしまいました。……まだ、みつかっただけです。まだ。


「止め!」

 静寂の中に、女性の声が響いた。

「皆、筆記具は置いて。解答用紙、問題用紙が回収されるまで、手は膝の上、もしくは両手を挙げて動くな。後ろから順に回収しているから、不正がないか見ているぞ」

 つまり、机の上にあるものに触れなければ問題ない、ということらしい。両手ばんざいの格好で試験の用紙の回収を待つのはあまりにも滑稽に思えたから、僕はおとなしく両手を太ももの上に添えた。

「諸君。二日間に及ぶ試験、ご苦労であった。王都へ来て、いきなり試験に挑んだ者もいるだろう。環境の違い、戸惑いもあっただろうが、よく頑張った。結果は数日内に、自宅または、希望地へ郵送される。事前に提出した書類に結果の通知についての連絡法は回答されているはずだが、以降、変更があったものは、このあと事務局へ届け出るように。以上!」


 集められた答案用紙を抱えて、試験監視官が部屋を出ていく。

 一気に部屋の空気が変わった。


 ようやく緊張が解けて、大きなため息を吐く者。

 なにやらミスを犯したらしく、ぼやいている者。

 なんにせよ、試験は終わった。やれることはやったんだから、あとは結果を待つのみだ。

 忘れ物をしないようにしないと、と、机の上のペンを手に取る。薄紫の軸色の万年筆は、去年、首席でこの学校を卒業した姉に借りてきた、いわばゲン担ぎのためのものだ。これは絶対に忘れちゃいけないものだから、大切にハンカチに包んでから鞄へしまい込んだ。


 ふと、手元が暗くなった気がして、顔を上げた。

 そこに、女の子が立っていた。ここに居るってことは、僕と同じ受験生だってことだろう。多分。


「あなたが、テオドール・ルッツ?」


「……そうだけど?」


 まさか、王立学院の試験会場で、試験官以外のひとに自分の名前を呼ばれるとは思わなかったのだ。

 なぜ自分の名前を知ってるのか、呆けていたのだと思う。

 早口に名前を名乗ったのに、彼女の名前を聞き逃してしまった。


「ふーん? 試験はどうだった?」


 柔らかい金色の髪をハーフアップにしてまとめている。装飾が少ない、丈の短めのデイドレス。生地は紺色だけど、すごく上品で上等なものに見える。


「まぁまぁ、かな?」

「そう? 結果が楽しみね」

「う、うん……?」


 どう答えれば正解だったんだろう。突然話しかけられて、若干混乱してたんだと思う。会話の接ぎ穂をみつけることができない。


「また、近いうちに会いましょう。またね」


 そう言い残して、彼女は立ち去った。


「……何だったんだ、今の」


 王都には色んな人がいるんだな、とか。初対面の相手との会話に躊躇しないんだな、とか。そんな事をぼんやり考えていた。


「というか、今のやつ、すでに合格する気、まんまんだったよな……?」


 変なやつだとは思ったけれども。仕草や話し方の端々に貴族らしさがにじみ出ていた。

 そういや、一学年上に第三王子が在学しているから、貴族の間では子どもの出生率が高い、らしい。つまり、子供の数が多いってことは、王立学院への進学希望者も多いってことで。今年の試験もかなり競争率が高いらしい。とはいえ、首席で卒業した姉も、第二王子が在学中に入学をしているから、自分と条件はさほど変わらないはずだ。その姉にみっちり試験対策を受けて挑んだのだから、やれることはやったはずだ。姉ほどの成績は残せなくても、とにかく合格枠にひっかかってくれればいい。あとは在学中にちょっとでも成績を上げられるよう努力するだけだ。とにかく、合格しないことには何も始まらないのだから。


 とはいえ。合格できなかった場合、来年もう一度挑戦するのか、別の学校を受けるのか。今はまだ何にも考えていないけれども。


 ようやく訪れた開放感に、テオドールは、さっき出会った少女のことをすっかり記憶の隅っこに片付けてしまっていた。





「おかえりなさい」

 タウンハウスへ戻ると、姉のアリシアがサンルームで、お茶の用意をして待っていてくれていた。


「試験はどうだった?」

「まあまあ、かな?」


 緑が濃い庭の木々を眺めながら、小さなため息を吐いた。


「試験が終わったあと、変なやつに絡まれたけど」

「……変なやつ?」


 いつもは穏やかに微笑んでるばかりの姉から、表情が消えた。


「相手は? 名前は聞かなかったの?」

「聞いたけど忘れた」

「テオのおばか」


 怒られるだろうな、ということは予想していたので、素直にごめんなさいと謝る。


「試験が終わった直後で気が抜けてたし、あんなところでいきなり知らない人に声をかけられると思ってなかったから驚いちゃって」


 小さく肩を落とし、アリシアがため息をついた。


「テオ。いい? これから王都で学園生活を送るのなら、周りは貴族が多いです。しかも王都学院となると、将来的には重職に就く可能性が高い方たちばかりです。お相手も、私達より家格の高い方も多いのだから……」

「頭ではわかってたんだけど、試験直後は疲れてて、とっさに反応できなかったんだ。それに、試験会場で会う相手と、入学式で再会できるかどうかはわからないだろ? だから気が抜けてたんだ。ごめんなさい」

「ううん、ちょっと言い過ぎたわ。それに多分……」


 アリシアはうつむいて、何かを考え込んでいる。


「姉さん……? 聞きたいことがあるんだけど、いいかな」


 話題が変わったことに安心したのか、アリシアが顔を上げた。


「なあに?」

「父様がずっとこっちにいるのは、いつものこととして、姉さんもこっちにいるのに、突然母様も王都へ来るって話になったのは、なにか理由があったのかな、って。結果が出るのはまだだけど、試験は終わったし。そろそろ僕も仲間に入れてほしいんだけどなぁ」


 ごふっ、と、淑女らしからぬ咳が聞こえた。咽るようなことを言っただろうかと思いながら、眼の前の姉の様子を伺う。

 姉はひとつ、息を吐いた。


「ごめんなさいね。実はテオに秘密にしていたことがあります」

「うん。だよね。何となくそんな気配はあった気はしたんだけど。僕のことでバタバタしてたけど、それだけじゃなかったよね」

「それだけではないです。むしろ、お母様が王都へ来られたのは、そっちが本題で……」

「僕はおまけですか!」


 テオは思わず笑い出した。


「だって、テオは放っておいても自分でなんとかしちゃうじゃないの。放っておいても大丈夫、当日に迷子にならなければもんだいないわ、ってお母様も言っておられたし」

「うわあ、信用されてるような、微妙に信用されてないような」

「テオの母親役で忙しくなるのは、合否が確定してから、ともおっしゃってたわ」

「確かに、そのとおりかも」


 二人とも、自分たちの母親の気性はよくわかっている。良く言えば放任主義。本気で困っているときにしか助けてくれないが、味方になったら絶対に守ってくれる、強くて優しい、そして知識と悪知恵については右に出る人がいない……と思っている。――世の中にはきっと、上には上がいるとは思うけれども。


「で。アリー姉さんと母様は僕に何を隠してたのかな?」


 話題に踏み込むと、突然アリシアの表情が固まった。

 そのまま、うつむいてしまった……けれど、髪の隙間から見える頬や耳が赤いのが見てわかる。


「姉さん?」

「ええと……黙っててごめんなさいね、姉さまは、婚約が決まりました」


「…………ほぇ?」


 去年まで、さんざん色んな人を介して、相手を紹介してもらったにも関わらず、一度たりとも『結婚を前提としたお付き合い』にすら発展しなかった姉が、だ。しかも、愚痴っていたのはつい最近。顔を合わせた三月頃にはそんな話も聞いた気がするし。そのあと、王都に着いたことを知らせる手紙には「婚活はやめた、今年の王都官吏試験を受ける」などと書いてた気がするのだが。


「お相手の方は王都におられるんですね? だから母様が?」


 アリシアは小さく頷いた。

 つまり、結婚に向けての準備をするために、相手への挨拶、アリシア自身の準備など、花嫁の母親としての仕事をしている、ということらしい。


「で。恋愛音痴の姉さんを射止めたのは、一体誰なんですか?」


「ルーカス・カレンブルグ辺境伯令息。カレンブルグの次男で、王太子の側近……」

「ああああああああああ!!!!!!」


 唐突に叫び声を上げて、テオが立ち上がった。


「て、テオ? どうしたの?」

「思い出した!!!! カレンブルグ! えっと、マリー・カレンブルグ、じゃないな、えっと……」

「アンヌマリー・カレンブルグ、ね」

「そいつ!!!!」


 試験のあと、テオに声をかけたのは、やはりアンヌマリーだったらしい。本当は王都へ来た時にお茶か食事でもとマリーは言ったのだが、まずは試験に専念させてやりたいと、試験が終わるまでは婚約のことも話さないつもりだから、テオを見ても声をかけないでやって欲しいと話してあった。

 マリーはちゃんと約束は守ったらしい。試験が終わるなり、声をかけに行ったようだが。


「カレンベルグ辺境伯は領地に居られるんだけど、こちらのタウンハウスに次男のルーカス様と末のアンヌマリーさまが居られるの。明日にでも夕食にお誘いする予定なのだけど。かまわないかしら?」


 確かにあの時「近いうちに会いましょう」とは言われたけれども。こんなに早くその機会が来るなんて思ってなかった。


「あいつは、姉さんの婚約の話は知ってるんだね?」

「どちらかというと、焚きつけられたというか……」


 アリシアは両頬を押さえ、小さく頷く。


「なんだか、自分だけ蚊帳の外だったのが、気に入りません!」

「それは本当にごめんなさい。タイミングが、ね? 試験に専念してほしかったし……」

「それはわかります。わかりますけど! 納得がいかないので、ルーカス様と二人で話すことを要求します。でないと、姉さんの婚約の話は絶対に認めませんから!」


 一瞬、アリシアは大きく目を見開いたが、すぐにその瞳は柔らかく、目尻を落とした。

 突然結婚すると言い出した姉のことが心配なのだろうし、その相手のことも知りたいのだろう。当然だ。


「明日の食事のあとにでも、ルーカス様とお話できる時間をもらえるように、伝えておくわね」


『ルーカス』と呼ぶ時の声が、家族や親しい人を呼ぶ時の甘く柔らかい声音だということにテオは気付いたが、なんだか腹が立ったのでアリシアには言わないことにした。



『あまり凝ったことはしないでください、今日はただの顔合わせで。お祝いは、学院の合格通知が届いてからにしましょう』


 ルーカスはそう言ったらしい。

 二人とも合格していたら、一晩中パーティーになってしまうわ、などと笑ったのはアリシアだ。きっとそんなことはしないだろうけれど、いつもより贅沢なごちそうが並ぶだろうことは想像できた。

 なので、こっそりと母に「二人の婚約のお祝いはしないの?」と耳打ちしておいた。

 これで、二人とも王都学院へ合格できなくても、お祝いをする理由付けはできる。料理人たちも、準備をしておいたけれども無駄になったなんてことにはならないだろう。多分。


 その日の夜は普通に食事をして、アンヌマリーと母様と姉さんがサンルームでお茶をして、僕とルーカス様は応接室へ案内された。


 髪の色も、瞳の色も、よく見るとアンヌマリーによく似ている。マリーは一応、貴族の礼節は身についているものの、親しい身内がいる場所では笑ったり拗ねたり表情が豊かだったりする。……辺境伯の末っ子とはいえ、令嬢なのになぁ。外面は良いんだよなぁ。猫、かぶりすぎてないか?

 ルーカス様は、マリーに比べると全然隙がない感じ。姉さまより三つ年上だったっけ? 次男とはいえ、辺境伯令息が今まで婚約もせずに居たとか、突然うちの姉さんと結婚するってのは不思議なんだけど。


「単刀直入に聞いていいですか?」

 家族になるんだから、このくらいは無礼講ってことで許してもらおうと思った。


「ルーカス様は、うちの姉のどこが気に入ったんですか?」


 そう尋ねると、ルーカス様は柔らかく目尻を下げた。


「いくら話をしても飽きないところ? それから、わからない話をしても、わかるまで食らいついてくるところとか。興味がある話になると食事を忘れて話し込んでしまったりとか」

「食事はちゃんと摂ってください。……うちの種苗研究所でもそんな感じでした。レーベンブルグの人につきまとって、色んな話を聞いて回って」

「最終的に、寒冷地に強い品種を作りたいって言って。その話は今、第二王子のローズベルトが主体になって動いているよ。ルッツ領は天候が良いから、収穫量を増やす研究に特化してしまったけど。気候に対応する研究は、寒冷地で試したいでしょう? だから、カレンブルグに近い北の方の土地を王家主体で借り上げて、ルッツ領の研究員を何人か手伝いに回ってもらって……って。ルッツ領だけで行われてた研究を、今は各地に広げて、いろんな土地に適した、いろんな品種の麦を作ろうとしてるんだ」


 食事のときは女性たちに会話のメインを譲っていたが、話を向ければきちんと話をしてくれる。

 相手を見て、ちゃんとわかるように話をしてくれる。そんな会話だけでも、仕事ができる人だ、とわかってしまう。


「姉は、ルーカス様の役に立ちますか?」


「役に立つ、という言い方は、ちょっと違うかもな。そこにあるのに、私が見えてないものを教えてくれると言うか。夜道のカンテラのような、ほっとする明るさをくれるというか……。それを二人で見て、話し合って、という感じだから」


「姉は……僕がまだまだ頼りないから、ルッツ領のためになるように、といつも考えています。本当はそんなことはしなくていいって言いたいんですけど、僕にはまだそんなことを言える資格がないから。王宮官吏試験を受けるって言ったときも、また何を始めるんだ? って思ったりしたんですけど……」

「うん。第一王子の婚約者がレーベンブルグから来られるから、侍女にならないかって話も出てきたねぇ」

「えっ……、それは……、ちょっと困ります……侍女になってしまったら、一年や二年で止められる仕事じゃないですよね、それだと婚期が……」


 思わずこぼれたテオの本音にルーカスが爆笑した。


「それは俺も考えた! だから大慌てで第一王子を牽制して、アリシアにプロポーズした、というわけだ」


 なるほど。急に婚約が決まった理由はそれだったのか、と、テオは理解した。


「姉はたいていのことはできますから。でも、姉さんを利用しようとか、そういうのだと嫌だなと思ったんです。ド田舎で畑しかないようなところですけれども、家族や姉さんが今まで守ってきたルッツ領を、同じように大事に思ってくれるような人だといいな、ってのが、姉さんの結婚相手に対しての、僕の理想です」


「うん。そこは信用してくれていい。テオドール君が学生のうちはできる限り助力するし、動くようにするつもりだ」

「テオ、って呼んでください。なんだか変な感じがします」


 ルーカスは嬉しそうに微笑む。


「ありがとう。テオ。テオ……、か。弟ができるのは、悪くないな。次、兄に会った時に自慢しよう」


「あと、姉は、昔から気になったことがあると一直線に進んでしまう悪い癖がありますけど。本当に、それでもいいんですか?」


「うん。そのあたりも、よくわかってるよ。ちゃんと制御できるように頑張るつもりだ」


「もう一つ心配なことがあるんですけど……」


「何かな?」

 問いかけるルーカスの瞳が優しい。ここは、心の中でアリシアに謝っておく。


「姉さんは、時々めちゃくちゃ、どんくさいです。考え事をしていると、段差に躓いて転ぶし。花壇に足を突っ込んで庭師にしかられたりしたことだってあります。それに……ダンスがめちゃくちゃ苦手です。運動神経がイマイチなうえに、頭で考えすぎるから手も足も動かなくなるタイプなんです」

「考える余裕がないくらい、体に覚え込ませてしまえば良いね。踊るとすれば、僕と踊れれば十分だし」


 本当に、それでいいのかは、今は考えないことにした。

 アリシアの欠点も、きっとルーカスは愛おしんで、守ってくれるのだろう。そんな気がする。


「姉さんのこと、よろしくお願いします」

「もちろんだ」


 ルーカスはにっこりと笑った。


「その代わりに……こんな事をいうのは非道だとは思うが。二人とも王都学院に合格したら……、マリーのことを頼みたいんだけれど……」


「マリー、ですか?」

「場合によってはアリシアよりも突き進むタイプだと思う……。ストッパー役は学園内に一応居るには居るんだが、訳があって……」


「学年が違うから、終始見張ってるというのは難しいとか、そういう感じですか?」

「有り体に言うと、そういう感じだな」


 ほんの少し考えて、テオは「いいですよ」と答えた。


「だって。あの様子だと『アリシア姉さんに告げ口するよ』って言えば、半分くらいは牽制できそうじゃないですか?」


 たしかにそのとおりだ、とルーカスは豪快に笑った。


「なあに? とても楽しそうな話をしているみたいだけど」


 ひょっこりと顔を出したのはアリシアだ。初対面の二人がいきなり二人きりで話をするというので、心配になって顔を覗かせたのだろう。


「今の話は、男同士の秘密ってことで」

「そうだな。秘密ってことで」


 男兄弟の居なかったテオは、すっかりルーカスに懐いたらしい。隠し事が増えるのはさみしいが、ルーカスのことだから悪いようにはしないだろう、と思うことにした。


「王立学院の合格が決まったら、制服を作りにいかないといけないでしょう? その時はうちの母が付き添いたいって話しているのだけれど。ハインツ子爵夫人と相談して決めちゃっていいかしら、って」

「それは助かる。私は仕事もあるから、時間を作るのが難しいし。女性がたのアドバイスがあったほうがいいだろう。――それで、アリシアも同行するのかな?」

「一応、そのつもりです……が……」

「もしウエディングドレスを見るとしても、下見だけにしておいて欲しいな。夫人がたやマリーのセンスを疑うわけじゃないけれど、ウエディングドレスは僕も口を挟みたいから」


 アリシアは幸せそうに頷いた。

 二人の笑顔を見て、テオは安心した。婚約したばかりだと、まだまだ意思の疎通が足りなかったりだの、意見の齟齬があったりするものと話に聞いていたけれども、この二人に関しては、そういう心配は必要なさそうだ。


「ルーカス兄さん。アリシア姉さんのことをよろしくお願いします」


 おそるおそる手を出すと、がっしりと握り返された。多分、剣も持ったことがあるのだろう、手の皮が厚い。かといって無骨な印象には見えない。


「……どうした?」

 ルーカスが不思議そうに、テオを覗き込む。

「えっと……。守る人の手っていうか、大人の手だな、って思いました」


 その言葉に、ルーカスは心から嬉しそうに、微笑んだ。





 数日後。

 朝から先触れもなく、アンヌマリーがルッツ邸を訪れた。

「テオー! 合否の連絡、来てるでしょう?」

 迎えに出るより先に、玄関ホールでマリーが叫んでいる。

「うるさいなあ!」

「あなた、まさか……」

「合格だよ、合格! 当然だろ!!」


「まあ。今夜はごちそうを作ってお祝いしなきゃね」

 おっとりと、アリシアは笑う。

「お祝い!! やったあ!!」

「でも、それよりも先に、マリーはお手紙を書きましょうか。カレンブルグのご両親宛に合格の連絡と。ハルト様もお手紙を待って居られるのではないかしら?」


 一瞬にして、マリーの顔が真っ赤に染まった。耳どころか首のあたりまで赤い。

 ハルト様……、と聞いて、気がついてしまった。

 一学年上にいるらしい、本来のマリーのストッパー役。

 婚約発表はされてないが、一人、いつ婚約してもおかしくない、辺境伯令嬢と身分が釣り合う相手がいる。

 婚約を発表しないのは、マリーの周辺が万全に固まるまでは、安全なところに置いておきたいとか。婚約者に確定してしまったら、襲われる可能性が高まるとか、そういうことだったり……とか?

 あれ……?

 なんかまずいことに気づいた気がした、けど、気にしないでおこう。気のせいかもしれないし。

 第三王子ハルトヴィン殿下の婚約者になってしまおうが、今のまま自由に動こうが、マリーはマリーで変わらないだろう、という気もするし、ね。


「テオも領地へ手紙を書いてちょうだい。私も書くわ。終わったら、みんなでお茶にしましょう」

「姉さま。今日のおやつはなあに?」

「さあ? なにかしら」

 マリーはすでに、アリシア姉さんのことを『姉さま』って呼んでるのか。それはそれでちょっと憎らしい気がする。僕が王都へ来るまでに何があったんだよ。


「今日はレモンのパイがあります」

「えっ?」


 それはテオが小さい頃に好きだったものだ。

 アリシアはテオににっこりと笑う。

 ああ、アリシア姉さんは、僕の姉さんなんだ。

 それが嬉しくて、ちょっとだけ胸の奥がくすぐったくて。


 早くレモンのパイが食べたいな、とテオは思ってしまった。


ルーカスさん、公の場では『私』、私的な場所では『僕』を使いますが、ほんの時々、めちゃくちゃ油断してる時に『俺』が出ます。……出ましたw


王太子妃の侍女の件を蹴った代わりに、第一王子に無理難題を押し付けられ気味のルーカスさんとか。

学校生活が始まるなり、ついつい正義感炸裂させて大立ち回りをしそうなマリーちゃんとか。気に入った子は絶対に捕まえますわよ、私のお友達になっていただきます! と突撃したりとか。それをあったかく見守ってるハルト殿下とか。(殿下は卒業間際まで婚約者を確定させませんでした、第二王子はまだ独身貴族やってます) マリーのお目付け役のテオくん、ハルト殿下に気に入られて生徒会でこきつかわれてるとか。小ネタはあるんですけど……どうなんでしょう。本当に、ほのぼのしてるだけなんですよね、基本的にこの人たち。


そんなこんなで、あと1つか2つ、おまけを追加します。

一つは、ハインツ子爵夫人の思惑。

一つは、ちょっと未来のテオの話になると思います。

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