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マリーと、『大好き』


「兄様とアリシア姉さま、お話、弾んでるみたい」

「あまり様子を伺いすぎるとバレてしまうよ。ルーカスは勘がいいんだから。気をつけて」


 マリーは唇を尖らせはしたが、本気で機嫌を悪くしたわけではない。言われてみればもっともだと、自分でも思ったからだ。


「アリシア嬢は良い人だね。頭も良いし、人柄も良い。僕のことはバレてそうな気がするんだけど、普通に、ルーカスの友人として話をしてくれるのが良いな。こちらの正体がバレると、途端に媚びたり、下心をちらつかせてくる奴も多いけど、アリシア嬢はそういうのを感じさせないから。居心地が良いな、って」

「でも『私だって人間ですから、下心くらいあります!』とか、アリシア姉さまなら言いそう」

「うん。今、ちょっと想像ついた。でも、アリシア嬢がどんな下心を持ってるのかは想像つかないや」


 胸を張ってアリシアの真似をしてみせたマリーに、ハルトは笑った。


「アリシア嬢は、何を用意すれば動いてくれるかな?」


 ハルトの言葉への答えを考えながら、視線をゆるりと動かすと、近くに侍女のサラの姿が見えた。

 サラはアリシアとのつきあいも長いから、何か教えてもらえるかもしれないと、ふと思いついたのだ。

 マリーはサラを近くに呼んだ。


「喉が乾いたの」

「あちらの四阿に用意ができております。どうぞ」


 サラに視線で促されたので、頷いた。


「ねえ、サラ。今日のお茶会のために、アリシア姉さまにたくさん良くしていただいたから、なにかお礼をしたいのだけれど。アリシア姉さまは何をすれば喜んでくださると思う?」


 そうですね、とサラは考え込む。


「お花と言っても、ここはこんなにきれいな花がたくさん咲いているでしょう? それに、お菓子を作ろうと思っても、きっとアリシア姉さまのほうが上手だわ」

「お礼ということであれば、それこそ『ありがとう』と直接お伝えすれば、それだけで十分喜んでくださると思いますよ。アリシア様もマリー様と過ごされるのを楽しんでおられますから」

「そう? そうかしら」


 柑橘系の果物を絞ったものを混ぜた、清涼感のある冷えた水を二人に提供して、サラは下がった。


「アリシア姉さまの下心を刺激しそうな何かヒントになるかと思ったのに。ヒントになりませんでした……」


 しょんぼりと、マリーはうつむいた。

 そんなマリーのために、ハルトは考え込む。


「ねえ、マリー。お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」


 顔を上げると、なにやら楽しいことを思いついた顔をしたハルトが笑っていた。マリーだけに聞こえるように囁いた。


「アリシア嬢の弟って、王都学院に入学する予定だって話してたよね?」

「ええ。今年の試験を受けるって聞いてるわ」

「アリシア嬢にうまく言って、弟くんに会って、人となりを見極めてくれるかな? 性質がアリシア嬢に近い人物なら、生徒会に引き込みたいなと思って。君の、人を見る目は信用が置けるから」

「そんなことなら簡単だわ。任せて」

「生徒会に入れば、忙しくはなるけれども、人脈を作るきっかけになると思う。弟くん本人が自分で動かなきゃいけないけれども。きっかけは作ってあげられると思う」

「そうね。姉さまはルッツ領や、弟さんのことをいつも気にかけておられるから。そういう手も有効だわね」


 答えながら、二人はそっと、サンルームに居る二人に視線をやる。

 ルーカスが眉根を寄せたり、目を見張ったり、くるくると表情を変えているのが遠目でもわかる。


「ルーカスが初対面の相手の前で、あんなに表情を出すのは初めて見た気がする」

「私も初めてかも。兄様ってあんな顔もできるんだ、ってちょっとだけ思っちゃった」

「これは……困ったな」


 ハルトは困り顔のまま笑って、小さく息を吐いた。


「あら。なにか企み事があったのね。私は仲間に入れてくださらないの?」

「マリーなら、いいかな」


 これは秘密だよ、と人差し指を唇に当てて見せるハルトに、マリーは頷き返した。


「一の兄様から、アリシア・ルッツ伯爵令嬢の人となりを見てきて欲しい、って言われているんだ。アリシア嬢が去年、レーベンブルグからの農業視察団に通訳として一行に加わっていたらしくてね」

「ルッツ領は小麦の生産が盛んで、麦の品種改良を主とした研究所があることは聞いていますが。姉さま、去年はまだ学院に在籍しておられたはずでは……?」

「夏季休暇の頃らしいよ。通訳といっても、雇用したわけではないから、正式な報告が上がってきてなかったんだ。でも、レーベンブルグから、ルッツ領の伯爵令嬢に感謝するって親書が届いて発覚してね。それからもう、いろいろ大変だったんだ」

「アリシア姉さまらしい話ですわね」

「で。実はここからが内緒の話なんだけどね。一の兄様に、レーベンブルグの姫との婚約の話があってね。近々発表されると思う」

「まあ。おめでとうございます」

「で。アリシア・ルッツが今年の王宮官吏の試験を受けるらしい、って話がこっそり上がって来ていて。これはハインツ子爵のサロンに集ってる面々なら聞いてる話だから、マリーも知ってるんじゃないかな」

「婚活が上手くいかなかったから、お勤めをして、ルッツ領に有利な人脈を作るとかなんとかおっしゃってたわ」


 そのあたりは、ハルトが事前に聞かされた話と相違はない。むしろ、今日会って話をしてみて、アリシアならばそんなことを言いそうだとわかった。


「で。二の兄様は、アリシア嬢と一つ違いでね。アリシア嬢の成績やら、学内の様子は色々知っておられたんだ。試験前には学習会を自主的に開いていたりとか。生徒会の使いっ走りでも文句も言わず手伝ってくれたとか。とにかく、頭が良くて、人望があって、仕事もよくやってくれるって。二の兄様からはお墨付きがあってね」

「アリシア姉さまらしいです。一緒に学院に通いたかったなぁ」

「ちょっと残念だよね。でも、年齢差は仕方ないから」


 しょげかえるマリーに、ハルトは優しく微笑んだ。


「でね、レーベンブルグの姫が来られるって話に戻るんだけど。アリシア嬢が王宮官吏になりたいというのであれば、いっそ、王太子妃の侍女を任せられないか、って、一の兄様がね。当然、姫はこちらの言葉を勉強してから来られると思うけれども。通訳ができるほど、レーベンブルグの言葉に精通している者がそばに居たら良いんじゃないか、って」

「あ……」

「……という思惑はあるんだけど」


 ハルトは、ちらりとサンルームに視線を向ける。


「一の兄様には、侍女の件は諦めてもらったほうが良さそうかな。ルーカスが頑張ってくれれば、だけど」

「そうね! 兄様はポンコツだけど、ここはがんばっていただかないといけないわ」


 ハルトは『ぽんこつ……?』と首を傾げている。どうやら、育ちの良いハルトの脳内辞書に、その言葉はないらしい。


「ええ。ポンコツですわ! 無能ではないけれども、限りなくどんくさくて下手っぴ、という意味ですわ! 兄様は恋愛に関しては、間違いなくポンコツですわ!」


 握りこぶしをつくって力説するマリーが可愛らしくて、ハルトは笑いだしてしまった。


「確かに。ルーカスは、女性関係に関してはポンコツかもしれないね。でも無能ではないから。やる気にさえなれば、ありとあらゆる能力と伝手を利用して、上手くやるんじゃないかなと思うよ」

「ええ。ぜひとも、全力で頑張っていただきたいわ。アリシア姉さまを、本当の『姉様』にしていただかないと」


 ちらりと、ハルトがサンルームを伺う。


「あーあ。ルーカスがなんか悪い顔してる。何を思いついたのかな」

「悪い顔ですか? 何か、楽しそうな顔に見えますが」


 兄の性格をよく知っている妹からすると、あれは悪いことを思いついた表情ではないらしい。

 ハルトから見ると、なにやら謀略を練っている顔にしか見えないが。


「というか。いまさらなんだけど、マリー。君、アリシア嬢のことがすごく好きなんだね」

「はい! 大好きですわ!」


 輝く笑顔で、一瞬の迷いもなく、マリーが答えた。


「ちょっと妬けるな」

「アリシア姉さまは姉さまで、ハルト様はハルト様ですわ」

「うん。確かにそうなんだけどね」


 これはハルトの推測ではあるが。

 マリーとルーカスは、人を好きになるポイントというか、好みがよく似ている気がするのだ。これが男同士だったとすると、一人の女性をめぐって争っていたかもしれないと思うと、マリーが女性でよかったとも言える。

 それ以前に、マリーは女の子で、自分の婚約者候補でいてくれないと困るが。


 本当ならば、早く婚約してしまいたいのだが、上の二人の兄の婚約が決まらないうちに、三番目の王子の婚約が決まるというのは、王族的に収まりが悪いのだ。

 一の兄は、レーベンブルグの姫との婚約が内定しているから、まだいい。問題は二の兄だ。とっとと良い人を見つけてくれないと、自分に順番が回ってこない。それでも、学院を卒業する時には、無理矢理にでも婚約を認めさせるつもりではあるが。そこまで婚約者を持たなかったのだとしたら、二の兄が悪い、ということにする予定だ。


 ルーカスのことをポンコツ扱いしている場合ではない、とふと思った。

 年齢が下だから、経験不足なのは仕方ないとしてもらって。でも、この先、マリーにポンコツ扱いされたら、それはそれは悲しいだろう、と気がついてしまったのだ。


「ねえ、マリー」

「はい」


 呼べば答えてくれる距離に、マリーがいる。

 辺境のカレンブルグに居るマリーとの手紙のやり取りは楽しかった。返事を待つのはもどかしかったが、そんな時間も愛おしく思えた。

 マリーが王都に来てからは、ルーカスの手を介してのやり取りになった分、待つ時間は短くなったけれども。それでもやはり、手紙だけではもどかしい時間があった。

 まだ正式な婚約はできないとはいえ、きっとこれを機に、今まで以上にマリーと近くなれるはずだから。頻繁に会うのは難しくても、たまにはこうして、人の目を盗んで、会えると良いなと思った。


「改めて、これからもよろしくね。二人で、いろんな楽しいことをしよう」

「もちろんですわ。私こそ、よろしくお願いします」


 輝くような笑顔が返ってくることが、胸の奥を温かくしてくれる。

 今まで以上に頑張らないと、とハルトは思った。

 少なくとも、『ポンコツ』とは言われない程度には頑張らないと。


「ハルト様」


 考え込んでいたハルトを、マリーの可愛らしい声が呼んだ。


「マリー。なに?」

「あの……、えっと……」


 マリーは視線を落としている。が、髪がかかっている頬や、耳がわずかに赤い……ように見える。


「マリー?」

「ハルト様、大好きです」


 ようやく絞り出された言葉に、胸を締め付けられる。

 自分もだと答えるのが精一杯だった。答えるだけで、こんなにも難しくて、苦しくて。

 でも、心から愛おしくて。嬉しくて。


「ありがとう、マリー」


 上辺のそれではない、本物の笑顔を向けられる相手が目の前にいることが、ハルトは嬉しかった。


「大好きだよ」



ちょいちょい改稿してますが。ほとんどが誤字の修正です。投稿する前に、何度もチェックしてるはずなのに。なぜ、公開したらみつかるんでしょうか。誤字、誤変換、削除しそこねた句読点。。。←みたいなのとか。


次で、いったんお茶会は終わりです。マリーと、そのまわりの人たちのお話は、まだ少し続くかな? シリーズにして繋ぐかな? そこらへんは、もうちょっと考えようと思ってます。予定ではアリシアの弟くんの話題も出てくる……はず。

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