マリーと、お茶会
初投稿です。よろしくお願いします。
どのくらいの長さになるか、まったく予想がつきません。
とりあえず20000字の書き溜めができたので、ちょっとずつ公開してみようと思います。
サンルームに用意されたテーブルに、席は四つ。テーブルクロスは白。縁取りに紫の花と緑の葉の刺繍があしらわれている。
今日のテーブルフラワーは、スミレ。あえてシンプルに、小さなグラスに数本のスミレを活けた。
当然のことながら、テーブルフラワーは、向こう正面に座っている人の顔が見えないような高さはマナー違反になる。かといって、本来ならば寂しすぎるのも良くはないのだけれども。今日のお茶会のテーマとしては、これが正解ではないだろうか、とアリシアは思っている。
「アリシア姉さま!」
支度が終わったらしいマリーがサンルームへ駆け込んで来た。
淡い紫のデイドレスは、今日のお茶会のために、アリシアがマリーに貸したものだった。今より少し幼い頃、気に入ってよく着ていたドレスだが、今のアリシアには寸法が小さい。四つ年下のマリーにはちょうどよかったようだ。
「よく似合っているわ、マリー」
「嬉しいわ、姉さま。レースも、胸元のリボンも可愛くて素敵。おそろいのリボンもつけてもらったの」
嬉しそうに笑ったマリーは、ハーフアップにした髪を見せるために、ふわりと回って見せた。このリボンはドレスと揃いの生地で作ったのだが、大きなリボンで、やや子供っぽいデザインなのだ。今のアリシアには似合わない。
支度を手伝ったのは、普段はアリシアの世話をしてくれている侍女のサラだ。ちょうどマリーの背後、部屋の入口に静かに控えてはいるが、薄く微笑んでいる。お茶会のルールに反しない範囲で目一杯着飾らせてやってほしいと事前に指示してある。さすが、アリシアに付いて長く勤めているサラは、アリシアの意図をよく理解していて、いい仕事をしてくれたようだ。
アリシアが微笑みを向けると、サラは小さく頷いた。アリシアがサラの仕事に満足したことは、それだけで伝わっている。
「姉さまも素敵。すごく大人っぽくて、よくお似合いだわ」
「ありがとう」
今日のアリシアは、深みのある紫。デザインもシンプルなものにした。今日のお茶会の主催はアリシアではなく、マリーである。アリシアはサポート役に徹するために控えめの装いにした。髪はアップにまとめて、少し大人っぽく見えるようにしてもらった。――多分、いつもより大人っぽく見えるはずだ。多分。
王都のタウンハウスでお茶会を開催するのは、久しぶりだ。お茶会好きの母が領地へ詰めているので、タウンハウスには父とアリシアしかいない。そのアリシアも、つい先日までは学生だったため、じっくりと時間をかけて準備するお茶会は開催する余裕がなかった。
サンルームには明るい日差しが差し込んできている。とはいえ、暑さを感じるほどではない。心地よい暖かさだ。
ガラスも丁寧に磨かれていて、庭の様子がよく見える。色とりどりの花が咲いているので、話題のきっかけになればと思って、サンルームでのお茶会を選んだ。花壇の縁にはスミレも咲いているのだが、他の花が華やかすぎて気づいてもらえないかもしれない、とは思った。でも、そこにスミレがあるということが重要なのだ。会話に困った時に、話題の糸口に使えるはずだから。
食器は、母のお気に入りを借りた。スミレの絵付けがされているティーセットで、アリシアの小さい頃からお気に入りでもある。
「マリー。準備はこれで大丈夫かしら?」
念のために、主催のマリーに確認をとる。
「ええ。ええ。もちろんよ。あとはお兄様が……」
ちょうどタイミングを見計らったように、執事のハンスがサンルームへ現れた。
「お嬢様。お客様の馬車が到着したようです」
その言葉に瞳を輝かせたのはマリーだ。
確かめるようにアリシアの表情を伺っている。まるで、お預けを食らった子犬のような表情だ。
「お客様をお迎えしましょう」
「はい!」
マリーの足取りに迷いはなく、玄関ホールへと向かおうとしている。アリシアはそっとサラに目配せを送る。サラは心得たというように頷きを返し、マリーの後を追った。
「お嬢様」
ハンスが小声でアリシアを呼び止めた。
「何かあったの?」
「お客様の馬車に、紋章がありません」
紋章なしの馬車。つまり、客人が馬車を降りてくるまで、どこの誰が乗ってきているのか確認のしようがないということでもある。普段のお茶会や夜会では、自分の身元を明らかにするのが、招待者への礼儀でもある。
つまり、今日の客は身元を明らかにできない事情がある、ということでもある。
招待客は二人。マリーの兄と、その友人。マリーの兄とのお茶会の打ち合わせは、マリーの手を介した手紙のやりとりで済んでいる。ご友人に関しては、マリー本人との面識がないものの、何度も手紙のやり取りをしており、この機に顔合わせをしたいという話を聞いて、アリシアも了承をした。
マリーの兄に関しては、マリー自身が会えば本物か偽物かはすぐに判明するだろう。
「わかりました。――今日は大変な一日になるかもしれないわね。ハンス、お願いするわね」
「もちろんです。お嬢様」
母が主催するお茶会を仕切っていたこともある執事だから、アクシデントが起きたときの対応も上手くやってくれるだろう。心強い返答に、アリシアは微笑む。
「さあ。お客様をお迎えしましょう」
今日はお茶会。マリーの、お茶会だ。
お客様は二名。主催のマリーをサポートし、お客様に楽しく過ごしてもらうことが、今日のアリシアにはいちばん大事なことだ。