第二章 『帝国議会は戦時においても議論を続ける』
第二章 『帝国議会は戦時においても議論を続ける』
鶴林元子が帝国議会議事堂に戻ってきたときには、特別軍事作戦特別委員会はまだ序盤で、質問者には野党・自由党の党首の松岡義勝が立っていたが、答弁には各大臣を入れ替わりに差し出して、首相は椅子に深く座ったままだ。
松岡は下駄のような顔をして、いつものような悪罵を女性の大臣に向かって吐く。
「だからねえ、あなたじゃ埒が明かないと言ってる。間違ってるとは言ってませんよ、ただ、そんな四角四面に返答されてもさ、ねえ首相、お願いしますよ」
柳谷盛男総理大臣は、そのツルツルの禿げ頭をつるりと撫でると、身じろぎしてでっぷりと肥えた体を肘掛けに寄せ、まん丸の顔がへこむほど頬杖をついた。帝国の伝統的な着物が、肥満の不健康さよりも貫録を感じさせるようにゆったりと身を包んでいる。その顔は考えているようで、目は松岡議員ではなくそっぽを向いているのでそうではなかった。松岡は、かつての師匠のそんな軽侮とも挑発とも言えるくすぐりをいなすと、
「元アナウンサーだか何だか知らねえが、役人が書いた原稿を読んでるだけですよ、このひと。口調がまたわざとらしくて、気持ちもないのに感情を込めてる感じだけ出してる。事務的なほうがまだましだね」
松岡は、ぴしりと人差し指で大臣を指しているが、顔は総理に向けたままだ。
「しかし、質問は通告されていますから、それに答えるのが……」
「だからねえ、さっきから違う話になってるじゃないですか。植民地でなく独立国で、そんで一緒に戦ってるんだって言いますけどね、戦争やってるんだから、勝てば官軍負ければ賊軍、カネで集める巨人軍、二軍に勝っちゃうたけし軍団てね、時々刻々状況は変化するでしょう。今のうちは勝ってるようですからいいですよ。これが劣勢となると、選挙だってそうですよ、何かとテコ入れが始まる。逆らうやつもいる、落下傘なんて言って何だかわからないやつが急に出てきたりする。やれ増員だ、やれ派兵だ、それバラ撒けと、どこでもそんな騒ぎになる。徴兵だという段になったら、悠長に大臣に答えさせてられないですよ」
帝国は、自由平等の国であるから、徴兵制はありえないのである。それにもかかわらず大臣は、
「戦争の推移によって状況が変わるとしても、質問の通告があればそれに対して誠心誠意また正確を……」
「ああん? 何言ってんだこいつ。誠心誠意って気持ちの問題か? それで勝てりゃ前の大戦にだって負けてねえんだよ。寅年に開戦しちゃ自信がないっての? 半信半疑で」
「私はですね、質問に対して誠心誠意答えるという私の心構えを……」
「まるで通じてないよ。だからね、ここのやったり取ったりさえ真っすぐは進まないでしょうが。もうこいつどうにかしてくださいよ首相」
悠長に、総理は椅子に沈んだままだ。
「意味のない反芻だよ。じゃあこっちも不規則にやらせてもらいますよ。おい、女、おまえ行ってみろ」
「議長!」
「田沼よし子くん」
質問者は交代した。
「おい、チビ女。しょうもない話ばっかりしてんなよ。世襲とタレントもどきが通用するのは地方議会までなんだよ。
同じ女として情けないわ。
まんこ二毛作そのまんまじゃないか。アナウンサーは他人の書いた原稿を読むものだ。私は読まされてた。答弁できないのは事前に通告してない質問するほうが悪い。答えられなくされた私、かわいそう。
なんでだよ。
小っちゃいわ。まあ、小っちゃいわ。
乳がでかくてミニスカートでパンチラしてりゃ弱者チビが寄ってくるアナウンサーが、私は性的に搾取されてて、その票で議員になっても、まともな政治活動してなくて、外遊のふりした物見遊山が批判されりゃ、自腹だ。私たちは払わされた。
おまえ、タレントもどきていうか、レス乞食だろ。局お抱えの給料泥棒が歳費泥棒になっただけだろ。
ほんとにチビはどうしようもないな。戦場行けよ、チビは全員赤紙だ。チビに人権なんかないんだよ」
「議長」黙り込んでしまった女性大臣を見かねて、労働大臣が手を挙げた。
「山口敏夫くん」
「チビは関係ないでしょう。ハゲでも首相が務まってるでしょうが。個人の資質と外見を混同するのはおやめなさい」
冷静な反論に質問者は恐縮して引き下がり、交代して野党党首が質問に立つと、今度は首相が手を挙げ答弁台で向かい合った。さっきの人とは体積比四倍にもならんかとは思えども、相対的には大男というよりも、大きな饅頭が羽織袴で立っている。これで興奮して真っ赤になろうものなら据物斬り用の大蛸だ。
「我が帝国は勝っておる。戦争は我が軍が優勢に進めておるところである。尊王攘夷が帝国の方針である。しかるに、その精神に賛同しMCUもよくやっておる。何も問題はない」
「首相、MCUの新たな王は戦場に出ていない。帝国の政策を受け入れていると言いますが、戦場には出て来ていない。これはどうなんですか」
「我が女王陛下もお出ましではないが、戦っておられる」
「いや、システムが違う。彼らはそのシステムの一部で、組み入れられている。そうでしょう、国家と同じように。それなのにその王が戦場に出ない」
「なんですなあ、性急にすぎますですなあ」首相は、禿げ頭を横に振って言った。
「性急も東急もないですよ。それで、王と呼べるんですか首相? 王と呼ぶべきなのか?」
「華族とは違いますからな。我が帝国が先の大戦で敗れたあと、王政は維持され、国体は保たれた。しかし、華族の復活はだれも望まず、そうは問屋が卸さなかった。まあ歴史の遺物で、敗戦後の平和な時代にはそぐわないお荷物だったんでしょうな。
MCUの王は、我が帝国に留学もされていた深い縁のある御方で、国同士も古くから交流がある。友好国として、苦境は救いたい。我が帝国の理想に共鳴してくれるなら、共に戦うのも当然。そのような王を彼の国の人々が認めているのだから、王の行為について我々がどうこう言うこともあるまい」
「しかし、出てきてないんですよ、王は。これもう、逃げてませんか?」
「出てこないから、逃げてる? あのねえ塹壕戦ってのがあってね……」
「タコ壺のほうが統一の壺よりましって、いやいやそうじゃなく、自由から逃げてる、そうでしょ。真の独立を目指してない。
それならいっそ、MCUを解放すればいいんですよ。真の独立を認めることです」
「MCUからは連合軍のほかにも義勇兵が大勢参戦しておる。王の代わりとは言わないが、しかし、彼らが王に幻滅してるわけではないな」
「いや首相、むしろMCUの独立というイリュージョンで、その辺もうやむやにされてるんじゃないですか?」
「MCUは独自の王を擁した独立国である。そして人権も経済的格差も、魯西那国の一党支配のころより格段に改善されておる。
国土、国民、主権。幻ではないな、これは事実だ」
「属国でもその三つ、あることはあると言えませんかね。支配もないが、自由もない。いや、身に覚えがあるのは支配されてるのに自由と思い込んでいるほうですな。そういうこともあるんじゃないですか」
首相は、てきめんに顔を赤くして、
「そうは行かねえ。そんな時代があったとして、それをまた我が帝国が他国に押し付けようとしていると言いたいのかね? 戦後生まれはこれだから困る。そんときゃ統帥権干犯で軍人が無茶苦茶してた。226事件なんて何がどうなってるかわからずにみんな動員されたんだ。上も下も無茶苦茶になってた。少なくとも今の帝国にそれはないし、そうはさせない。そのための議会じゃないのかね」
松岡は、薄く笑って、
「そんなに思い当たることがあるとは意外でした。CSNの合併を、併合とひっくり返して収まったことにしてる昔でもない話のつもりだったんですが」
「ふん、CSNこそ魯西那に朝貢していた属国の立場から解放したのではないかね」
「解放と言っとけば向こうも納得する、そんな上手く行くもんですかね。CSNの二の舞になるんじゃないか、そうなっても困るからMCUは出てこないんじゃないですか、まだ出ばるときじゃないと。
結局、帝国主義はやっぱりそういうもので、そんな大所帯になれば、今度はこっちのコントロールが効かなくなる。
意見が多様になれば、強引に仕切る場面も多くなる。
多数決が強制力になってしまう」
「選挙まで否定するのはどうなのかね」
「選挙ったって、ちゃんとした議論もない争点も見えないんじゃバカとマヌケの玉入れ競争みたいなもんですよ。アカか白しかわからない。選挙権は現在、現地にしかないですよね。前回の統一地方選挙にも入ってない。帝国の移民にもまだない」
「我が帝国の総選挙が近いからな。まあ、先延ばしはやむを得ないよ」
「あとでやるんですか? ほんとに?」
「みんなでやるんだよ」
「みんなって誰なんですか? どんなみんなですか? ものまね師も漫才師も色物で、本芸とは違う。一人前に芸人と呼べるのは落語家だけだ。
そうでしょう、舞台の出番から決まってる。一緒には板の上には立ちませんぜ。
芸人でもなくて、タレントと言われるとんねるずも、そのみんなに入るんですか?
入んないですよ、そうなりますよ。同じですよ、帝国本土以外は本来持つべき権利も与えられない」
松岡の毒舌は止まらない。国のカタチの話もだが、落語という伝統芸能がテレビではあまり取り上げられず、列挙した連中の活躍を横目に見ている悔しさがにじみ出ていた。しかし、なおさらそんな心情に囚われてもしかたないような、前世代の古典派の重鎮はそうではなかった。
「視野が狭すぎる。現代落語論なんて大上段から打つんならちゃんと現代を見とかないとならねえ。
特に、とんねるずは昭和の空気を変えた、昭和を過去にした芸人だろ。ああ、あの子らが芸人じゃないなら、芸人を名乗れる奴がいくらばかりいるんだい。
彼らは客に「盛り上がれや、盛り上げろや」と言ったな。空気を読め、ウケてる空気を作れ。芸人が欲しいそれだけじゃなく、客自身に盛り上げろ、能動的に振る舞えと言った。空気を読むだけでなく流れを見ろ、そして動けと言った。
こりゃあ画期的だぜ。今更やめられない、あとには引けない、それで間抜けな戦争に突っ込んで行って、恐ろしい原爆を二発も喰らうまで誰にも止められない、そんな昭和の空気を吹き飛ばしちまった。
そっからは、やれと言われても空気を読むし、やるしかないという空気に流されることもない。
バカ騒ぎはする、パワハラもする、バブル経済みたいに無意味なこともやる。でも、カミカゼはやらない。笑えないから。やっても帰ってこないならリアクションがないから。死んじまって人数が減ると騒ぎは小さくなるから。
今の帝国もその影響下にあるよ。カミカゼドローンでめちゃぶつけはやっても、人間ではやらない。人間にバレーボールをぶつけまくっても、逆はやらなかったのとおんなじさ。
やられるほうにやめろと言わせない空気だったら、ぶっつぶしていい。違う流れを作っていい。逆らっていいし暴れていい。盛り上がらない流れだったなら。
一億火の玉で始まって一億総懺悔なんて、大どんでん返しを笑う。
わかんねえのかい、とんねるずは空気を変えたんじゃない。流れを読むことを始めたんだ。それを芸人も客も、みんなでやるってことだ。
だから、時代が進むと新しい潮流に乗り遅れもする。
だが、新しいから優れてるとは限らねえよなあ。誰かさんの偉そうな本みたいにガツンとぶってくれてもいいよなあ。
それと細けえことなんだが、勇気を与えたい、感動を与えたいみたいな言い草はよくないね。よく聞くよ、スポーツ選手なんかが試合と関係ないインタビューかなんかで言ってらあな。まあ、スポーツばっかやってたからギブ・アンド・テイクしか知らない筋肉バカで、ブリングて単語も知らない間抜けが出来上がっちまったんだろうなあ。
おめえまで一緒になってどうすんだよ。
昭和、平成を席巻したって言やあ、おまえの好きな手塚先生だってそうじゃねえか。
あんまり訳のわからないこと言ってちゃあ手塚先生に笑われるぜ」
手塚治虫ですか、アトム大使ですか、劇画に押された時代もあって若手の才能に対する嫉妬がすごくて、ほとんど独力で動画までやって、似たような名前の変な動物の漫画もあったような、ディズニーからパクったりパクられたり、ストーム・ブリンガーは海外小説だったか。グルグルと反論のための材料が松岡の頭の中では回っていた。たぶん首相の年代では最後は知らないだろうが、しかし、まぜっ返すのはやめた。古典を現代に合わせるつもりが自分を更新できてないんじゃ、ぐうの音も出ない。それでも喋り続けるのは、けだし芸人の性である。
「でも今、バブル景気が良いことのように言いましたよ。こいつも随分と時代錯誤だ」
「そういうことじゃねえな、戦争景気に浮かれる奴なんざ屁だぜ。そんなやつ居ねえよ」
「しかし、通貨安で随分もうかってるところもあるらしいですよ」
「んな奴あ国賊だよ。国を疲弊させて儲けたからって何だってんだ。非公認の中抜き、ほっかむりもしない火事場泥棒、マスクもしないブスみてえなもんだ、しょうもねえ」
「MCUは穀倉地帯として、CSNは半導体産業を中心に我が帝国と関税のない貿易ができるようになってるわけですが……」
「交易だな。貿易じゃなくて」
「はいはい、その交易は各国にとってフェアにやられてるんでしょうか」
「負担だけさせてないよ。だいたいこういう問題は大蔵省が考えることだよ。あの野郎縄張りばっかり気にして、外務省とも鉄道省とも別個で話をしに来んだよ。海軍だって陸軍と組んで上陸作戦やってんのによ、なんだかなあ。そのくせ米理国の大学の先生の論文はありがたがるんだよな。あっちを支援してる敵国だろうによ。どういう了見だよ」
委員会室の壁際で立って聞いていた鶴林元子も渋い顔をした。あいつらGAFAから税金取れないくせに、こっちには予算を回さない。戦争にはカネ掛かるの分からないのか。
「では、MCUとCSNも取引も交易であると。国土が狭く第二次産業に注力しているCSNは、MCUの米や麦を国内流通させうると、こういうことでよろしいですね。帝国の商社を経なくとも交易でいいですね」
「なんだ、しょうがねえなあ、言わされちまったなあ」
苦い顔の大蔵大臣が労働大臣の向こうによく見える。新作派の彼をNHKは映したがる。
「CSNの半導体によって帝国のロボット産業は革新的に進歩しました。帝国に国益をもたらしたんだから彼らにもその恩恵はあって当然です」
「しかしねえ、優秀なのはいいがロボットが人間の代わりになって様々な職種に進出しておるようだが……」
あんまり分かってないな、これは言わされてるなと松岡は感じたので、
「いやいや、一〇六万円の壁をロボットにまで適用するつもりですか。ロボットは第何種の被保険者なんですか。それより世の奥さん連中をどんどん働かせなさいよ。戦争やってて男手がないんだから」
「その点は仏西国の子育て支援策も参考にしてですな、家単位ではなく個人に補助金が回るように施策される予定であります。それによって人口増、雇用増、さらに国力増進と、そのように考えておるところです」
「仏西国? いやいや、あっちの支援国ですよ」
「まあ、いいものはいい。大蔵省、こども省、厚生省、社会保険省など、各所の調整を進めております。
坊主憎けりゃ袈裟まで憎いでは、敵の兵器を鹵獲してもみんなぶっ壊すことになる。飛車角落ちよりひどいわな」
「ふーん」と、松岡は素直に感心した。そして、
「ということは、交渉の場はやはり残しておかないといけませんぜ。仏西国や英利国の代表は魯西那に飛んで大統領と協議をしたって昨日もニュースでやってましたね。外交のチャンネルは開いておかないと」
「あのねえ、向こうさんは魯西那とこっちを倒す相談してたんだよ。その点は考え違いがあっちゃならねえ。帝国が譲歩するなんて考えられん」
それは勝ってる国の言い分だった。首相は続けて、
「王政復古が答えだったと我が帝国が証明する。同胞の独立国と共に戦い、現状の奇妙な国際秩序を超えて、共に新たな自由平等の世界を創る。
我々で国際社会を変える。もうそういう段階なんだよ」
「でも、MCUの王は逃げてますよ。そういう世界を目指すとしたら、自由からも逃げてる」
「勝てばいいんだよ。そしたら、彼もその世界の一部じゃないか」
「でもですよ、例えば、ここに絶海の小島に住む一人の王様がいたとしますよ。
彼にとって、世界とは小島のことだ。それ以外にない。だから海はずっと向こうまで平らで、その先の端っこでザーザーと落ちて行ってる。この島や海は平らな板の上にあって、でっかい亀が下で支えてる。象は島にはいなくて見たことないでしょうからな。そして、その王様が死の床についた。
さあ、その時です、我が帝国の海軍軍艦が遥か沖に見えた。小さな島に着岸した。
王様はなんとか起き上がり、遠来の客に挨拶をする。
なんでここまで来たのか、と。
帝国の軍人は国際情勢と共に滔々と戦争の理想を語るでしょう。共に王道楽土を目指し戦おうと。
しかし、王様が聞きたかったのはなぜ来たかではなく、どうやって来たかだった。平らな海は端で滝のように流れ落ちてるはずでその先はどうなってるのか。
首相、あなたならどう答えますか? 小島だけが世界のすべてで、死期の迫っている王様に外の世界をどう説明しますか?
むしろ、何も言わず、彼の信じるままに死を迎えるのを待ってあげてもいいんじゃないですか?」
「言うべきだろう。すぐに死ぬとしても新しい知識はうれしいものではないかね。それに島の民のためにはその知識は持つべきと考えるのではないかね」
柳谷首相は即答した。
「でも、それは彼にとって幸せなんでしょうか? 新しい理想の世界の到来が、彼の世界を破壊してませんか?」
「我が帝国は島国だ。我々がみな、その小島の王様のようだと言いたいのかね。井の中の蛙……」
「カエルなら泳げるときもあったろう、跳ぶこともできたろう。しかし、事象の地平が島の端だったとしたら、その外では何も起こってない。起こったとしても知りえない。
それは可哀そうなことなんですか? 死にそうな王が外の世界を目指す。平和な島だったのに彼が野望を追うため死に物狂いになったら、王政復古が覆したものは何なんですか。
小島だから、逃げ場もない。現実とはそういうものです。どうにもならないこともある。
厭離穢土ですよ。だったら「帝国万歳」と叫べばいいと、彼は知らない。いや、帝国と言わなくていい、文言はどうでもよくて自分の叫びを自覚すればいい。そこまで理解してないと思うんですよ。MCUの王も逃げていいけど死んじゃいかんでしょ。ついでに民も引きずられて死なしちゃいかん。流れを止めるってさっき聞きましたよ」
「宗教を先に立てたらまとまるもんもまとまらんよ。浄土には誰もがゆける。壺を買わなきゃ入れてやんねえ、何を肌身に常に付けていろもない。豚を食べちゃ駄目、日曜日にはここに来い、日に幾たびお祈りしないと駄目、春と秋には甘茶でカッポレ。何の義務も制約も押し付けない。こんなに真に自由を説いてるとしてもだ、結局、理解が足りんと言われてると向こうは取るだろうし、まず今までの否定と受け取る。
民を統べる者にはそれ相応の義務がある。小島の王様なんだから、帝国に比したら弱い存在だとしても、あるいは王だけが取れる責任があるだろう」
「勝った者の論理なんですよ。王と臣民という関係があってさらに外の世界の秩序があって、敵の敵は味方みたいに順繰りにやってたら、それは歪みますよ」
「我々が勝てば、西欧の立場に我々が替わって立つだけと言うのかね。我々が差別をする側になり、格差は我々が上昇して終わりと。勝った奴が甘い汁を吸うのはどこも同じってことかい?
しかしね、奇妙な果実の汁はさぞかし苦かろうよ」
「苦々しく思ってる人々は国内にもいると思いますがね。旧帝都で前の戦争と言ったら応仁の乱のことで、東北地方じゃ幕末の朝敵の汚名が残っていると言いますよ。これは憎しみの連鎖というより、身内だから消えないしこりですよ」
噺家は、河原乞食とかつては呼ばれた。人間国宝なんてものをいただいてやりにくくなっちまったなあと思っていた。
帝国臣民は二大政党制というより、古典の名人と稀代の奇才の対決を支持していた。舌戦はウケてもなかなか政権交代は起きなかった。
他方、議員は三権分立に守られてる。行政内閣が都合よく抵抗勢力を減らしたり、司法が軍事法廷のように独断専行するのを防ぎ、臣民に選ばれた議会を守っている。法の支配を超えている以上、議員の退任は本人の同意が必要で、除名のためには議会の三分の二以上の賛成が必要とハードルが高い。そんな中でも、三権の一権も関係のないただただ居座ってるだけの不届き者あるいは能無しは破門に処される。首相の専権事項である。
松岡議員も一度、破門を受けている。だが、破門辞職しても再度立候補し、当選すれば議員に返り咲くことができる。
帝国総選挙はまもなくである。