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第4話 ガーネットの街でお買い物

私、神崎あやめ! 二十五歳! ニートだった不運人生を終えたら、待っていたのは『極運』による幸運人生でした!

なんてったって、隣には騎士のように私に付き添う金髪のイケメン! 夢なら覚めないで永遠に寝ててほしい!

――ここはガーネットの街。私とエルモードさんが冒険者として活動の拠点にしている、それなりに発展した大きな街だ。

とは言っても、MMORPGの世界なので、文化レベルは現代日本のそれよりは遅れている。多分中世ヨーロッパあたりをモデルにした世界観だから、ビルのような建造物はない。

車もない。乗り物は魔物使いが魔物に引かせている馬車のようなものが中心だ。魔物使いが手懐けた魔物は街の中でもおとなしい。

今日はギルドにクエスト受注に行くのをお休みして、エルモードさんと買い物に出かけている。

……これって、もしかしてデート……?

いやでも、期待しすぎて違ったら恥ずかしいな。言わないでおこう。

「レディを独り占めしたら、ギルドの連中が嫉妬してしまうな。クエスト受注にあたって、『極運』の同行はメリットが大きいから」

エルモードさんはそう言って呑気に笑う。

――運のパラメータがカンストしている人間を、この世界では『極運』と呼ぶ。なんでも、賢者になるより難しいという。

そして、極運をパーティーに入れていると、ドロップアイテムや経験値、マニーやレアアイテムが多く手に入りやすくなる、らしい。……実際のゲームでもそういう仕様なのかは私にはわからない。実際に運をカンストしようなんてふざけた遊びをするプレイヤーは見たことがないから。なるほど、たしかに賢者よりも珍しい人種ではあるのだろう。

「今日は、なんで私を誘ってくれたんですか?」

「もちろん、貴女に関係することだからですよ、レディ」

さりげなく魔物車両から私を守るように車両側を歩き、いたずらっぽくウィンクするエルモードさん。本当に女の扱いになれてらっしゃる……。

「昨日のクエストでいきなり貴女を連れて行ったのは失敗だったな、と」

「? 昨日のクエストは大成功じゃないですか? あんなにいっぱい蜂蜜持って帰れたし」

ちなみに昨日のクエストとはキラービーの蜂蜜採集だ。私がキラービーに刺されるトラブルはあったものの、クエストの結果自体は成功して、報酬も受け取った。

「そういうことじゃないんですよ、レディ」

ふう、とエルモードさんはため息交じりに首を横に振る。

「いきなりゲストに招かれて、装備を整える暇もなかったでしょう? 見たところ、その『ジャージ』という装備は防御力はあまりないようだし」

そりゃそうだ、ジャージに防御もへったくれもない。

――そうか、この世界に来て街まで案内されてギルドでクエストを受注して……という流れだったから、私の着ている服は未だに現実世界のジャージのままであった。

「まずは装備品を整えましょう。キラービーの針程度でダメージを受ける装備ではこの先が心配だ」

「そ、そうですね……」

何より、ジャージという格好はこのヨーロッパ調の街では浮いていた。住民たちの視線を感じて、羞恥心で自然と汗が流れてくる。

つまりは、デートではなく単に私を心配して買い物するだけと……まあ、そうですよね。

エルモードさんに連れられて、私達は『武器・防具の店』と書かれた店の扉を開けた。

「よぉ、エルモード! 彼女連れとは珍しいな」

「ははは、そういうことにしておきましょうか」

店長らしき男の『彼女』という言葉を否定せず、スマートに笑うエルモードさん。

「今日はこの方の防具を一式そろえたいんですが、女性用の防具はどちらに?」

「わたくしがご案内いたします」

店員らしき女性が、私を伴って防具のコーナーに案内する。エルモードさんは店長に声をかけ、何かを渡してから私に合流した。

「へえ、さすが女性用の防具は軽いな」

「はい、非力な女性でも素早さが下がらないように軽量化しつつ、防御性も保っております。当店のおすすめ商品ですよ」

「では、これと……レディ、靴はどうします?」

「あ、このままでいいですよ。このスニーカー、歩きやすいし」

私はスニーカーで床をとんとん叩く。丈夫で歩きやすく、なにより履き慣れているから靴ずれもない。

「すにーかー……ふむ。異世界の装備品にも興味が湧くが……」

「わたくしも見たことのない装備品ですわ。興味深いですね」

店員さんはじーっとスニーカーを眺める。やっぱりなんか珍獣になった気分で、恥ずかしかった。

まあとにかく、エルモードさんは防具を選んでは私に着せて、着心地を確認したりと時間をかけてくれた。

やっと装備を選び終わった頃には私はもう着せかえ人形になるのはクタクタだった。

「店長、この防具一式をいただこう」

「おう、まいどあり」

「あっ、エルモードさん、私の装備は私が払います」

「おや、この世界に来たばかりの君に支払えるのかい? 昨日のクエストの報酬じゃ足りないと思うけど」

うっ……確かに袋の中の金貨じゃこの装備品一式は買えない……。

「す……すみません……」

「いいんだよ、レディ。これは僕が勝手にやってることなんだから」

多分エルモードさん、私がキラービーに刺されたことに責任を感じているんだろうな……。

私はおとなしく装備品をおごってもらうことにした。

「ああ、店長。武器の加工は終わったかな?」

「待ちくたびれてたくらいさ。そら、持ってけよ」

「エルモードさん、これは……?」

太くて長い、針……? 柄がついていて、見た目はアイスピックっぽい。

「昨日のキラービーの毒針を武器に加工してもらったんだ。先端に触ってはいけないよ、またキラービーの猛毒を浴びたくなかったらね」

そう言って、羽のように軽い鎧を装備した私に、その毒針を渡してくる。

「あの、もしかして……?」

「そう、君にプレゼントだ。戦う必要がないとはいえ、昨日のこともあったし武器は持っておいたほうがいい」

「あ、ありがとうございます……」

デートではないとはいえ、随分と物騒なプレゼントをくれる人だな。

思わず苦笑いしてしまった。

そのあと、道具屋で荷物袋も買ってもらった。入れられる道具の数に制限があるから、何を持っていくかよく悩んだものだ。前世の記憶だけど。

薬草などの自分で支払える範囲の値段の道具は自分で買った。

……とまあ、冒険のための準備をしていたらすっかり夕方だ。

「レディ。まだマニーは残っているかい?」

「あ、ヤバい……今日の宿代ギリギリ払えるか払えないか……」

ゲームの世界では宿屋に何日も泊まるなんてシステムないから何も考えずに買い物してしまった。

「ふむ……僕が払ってあげてもいいんだが……」

「い、いやいやいや! ここまでしてもらって流石にそれは……!」

エルモードさん、どんだけ金持ちなの!?

そういえば、私はエルモードさんについてほとんど何も知らない。

私をレディ扱いしてくれて、イケメンで、冒険者をしていることくらいしか。

「そうだね……ここはひとつ、『極運』のちからを有効利用してはどうだろう?」

エルモードさんは、いたずらっ子のようにニヤリと悪い顔をした。

連れられてきた場所は、ガーネットの街にあるカジノ。

……中世ヨーロッパあたりをモデルにしてるくせに、カジノはあるしスロットやポーカー、ルーレットもある。考えてみれば変な世界だ。

私はスロットマシンに金貨を一枚入れて、目押しすらせずテキトーにボタンを押す。

777。

何回やっても777。

スロットマシンからはジャラジャラ金貨が滝のように溢れてくる。なにこれ楽しい。

「レディ、そろそろ引き上げよう。出入り禁止になったらまた金欠になったとき困るからね」

私達は袋から溢れんばかりの金貨を抱えて、カジノをこっそり抜け出した。

「やはり『極運』のちからはすごいな! レディが誰かに悪用されないか心配だ」

「お金に困ったらこれで必要な分だけ稼げば当面はなんとかなりますね……すごいな極運……」

すっかり暗くなった夜の街を、宿屋に向かって二人で並んで歩く。

「エルモードさん、今日は何から何までありがとうございました。これで、なんとかこの世界でもやっていけそうです」

「うん、僕もついているから、困ったらいつでも頼ってほしい。しばらくはこの街に留まると思うから」

「しばらくは……ってことは、またどこか別の場所に旅に出るんですか……?」

「ああ、そんな顔をしないで、レディ」

心細い顔をしてしまったのか、立ち止まったエルモードさんは私の頬を撫でる。

「もし、僕が旅に出るときは……君にもついてきてほしい。迷惑でなければ」

「迷惑だなんて思いません。エルモードさんとの冒険、きっとすごく楽しいから」

「じゃあ、僕と『相方』になってくれないか?」

相方。

『ワールド・オブ・ジュエル』において、他のプレイヤーと相方になることは特別な意味を持つ。

相方は一人しか選べない。一緒にクエストに行くと経験値が多く貰えたり、イベントで特別なプレゼントをお互いに渡しあえたり。いや、でもこの世界ではどうなんだろう。

現実世界での『ワールド・オブ・ジュエル』でチームのみんなに優しくされていた頃でさえ、誰かと相方になることはついぞ叶わなかった。

返事の言葉はひとつしか考えられなかった。

こうして、私は私を助けてくれた冒険者――エルモードさんと、相方になったのである。


〈続く〉

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