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第1話 神崎あやめの不運な人生、その幕引き

私――神崎あやめの人生は、それはもう不遇で不運なものだった。

まず出生からして不運である。母親に便秘と間違えられ、便器の中で生まれる。もう少しでトイレに流されるところだったという。いや、出産と排泄を間違えるか? 普通。

学校の成績は悪くはなかったが良くもない。というか不良だらけの学校で授業崩壊していたので自主勉強でなんとか成績をキープしていたと言っていい。そのノートも不良のいたずらで破られたり勝手に落書きされたり、挙句の果てにはパシリまでさせられた。女子校だったのでその泥沼感はさらに深い。トイレに連れ込まれて水を頭から浴びせられたり、プールの授業の間に制服を水浸しにされたりなんて日常風景だ。早く卒業してコイツらと縁を切りたくてたまらなかった。卒業さえしてしまえばコイツらと会わなくて済むと思い、自殺したくなるのをなんとか耐えた。

そんな過酷な学生生活を終えると、今度は過酷な就職氷河期にぶち当たる。私は就職に失敗して、今は二十五歳。親のスネをかじり、『穀潰し』と罵られるのを無視して自室に引きこもってゲームする毎日。だってしょうがないじゃん、どこも雇ってくれないんだもん。

オンラインゲーム『ワールド・オブ・ジュエル』だけが私の心の支えだった。いわゆるMMORPGというやつだ。

現実世界に私の味方はただの一人もいなかったが、顔の見えないゲーム内では、まあ荒らしやら冷やかしだのはあったものの、少なくともチームのみんなは私に優しくしてくれた。

私はこの『ワールド・オブ・ジュエル』が大好きだった。どうか私の不運が働いてサービス終了しませんように、と祈る毎日だった。


とある深夜。

「ちょっとおつまみと酒補充してくるわ」

とゲームのチャットに書き残して、ゲームの画面は開いたまま、近くのコンビニまで買い出しに行くことにした。酒を飲みながらゲームをするのが私の人生最高の瞬間だった。

ジャージ姿のままコンビニに入り、店内の商品を物色する。

買い物かごにポイポイと好きなおつまみとお酒を入れていく。……この酒とつまみを買うお金も、親から毎月もらっている『お小遣い』だ。二十五にもなって親からお小遣いをもらって生活しているとか、自分が情けなくなる。

いやいや、そういうこと考えるのやめよう。私は酒を飲んで楽しくゲームするためにここに来たんだ。

結局厳選できず買い物かごいっぱいに商品を詰め込んで、レジにかごを置いた、その時。

「――動くな。レジから金を出せ」

自動ドアが開いたと思ったら覆面の男が包丁をこちらにつきつけて立っていた。――嘘でしょ、このタイミングでコンビニ強盗!?

ああ、やっぱりツイてない。もう少し買い物を早く終わらせていれば、強盗に出くわすこともなかったのに。いや、それでも店員さんは危ない目に遭うのか。やっぱりコンビニバイトはやめておこう。

店員はレジから慌てて現金を取り出す。

「も、申し訳ありません、今レジには三万円しか……」

「ハァ? たった三万円ぽっちで捕まるリスクを犯せっていうのかよ、ふざけやがって」

強盗は苛ついた様子でレジ台を蹴る。

――いや、捕まりたくないなら真面目に働きなさいよ。

そう思うと同時に、親がいなくなったら私もこういう道を歩むことになるんだなあと思う。もしくはホームレスか? 女の身でホームレスは流石にキツい……。

「おいテメェ、何ボンヤリしてやがる。テメェも財布の中のカネ、全部出せ」

「えっ、わ、私!?」

強盗の包丁がこちらを向いて、私は背すじがゾッとする。

「いや、私のお金、これ無くなったらお酒買えなくなっちゃう……」

「酒だァ? ケッ、カネに余裕のあるやつはいいよな。いいから財布をよこせよ」

「や、やめてください!」

強盗が私の財布を掴んで、私はそれを阻止しようとすったもんだしていると、突然腹部に痛みを感じた。

「――ッ、――?」

「あ、やべ」

やべ、じゃねえよ。お腹に思いっきり包丁刺さっとるやんけ。

もともと赤いジャージは、血を吸ってますます濃い赤に変わっていく。

しかもお腹に突き立った包丁に動揺したのか、とにかく警察に対抗する武器を取り戻さねばと思ったのか、強盗は思い切り包丁を引き抜く。

ますます出血がひどくなり、私は失血状態になってその場に倒れ込む。

「し、知らねえ……俺は知らねえぞ! 財布を渡さなかったその女が悪いんだ……オラ、三万円でいいからそれよこせ!」

自動ドアが開いて強盗が出ていくのを、私は霞む視界の中で見ていた。

――ああ、このまま死ぬなこれ、と思った。

最後まで不幸な人生だったなあ。

……でも、この苦しい人生もここでやっと終われるんだなあ。

私はドクドクと流れる血の海の中で、静かに目を閉じる。

パソコンの画面を開きっぱなしにしていたのが、少し気がかりであった。電源切ってから出かければよかったなあ。私が死んだあと、親にゲーム画面を見られるのは、気恥ずかしくもある。

そんなことを考えながら、私の意識は徐々に薄れていった――。


〈続く〉

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