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1枚目

書き納め兼書き初めです。不定期更新予定。

 これは走馬灯だ。どうしてこうなったのか……世界が良くない。だけど俺にどうにか出来たか? どうにもならなかった。おそらく誰にも。王にも貴族にもどうにもならなかっただろう。街に魔法使いでもいれば……いや、いたところで味方になってくれた可能性は低いだろう。お伽噺でもあるまいし、なにか特別な存在が問題を解決してくれるなんていうことはないのだ。


 ただ1人の農民が、死にかけているだけ。運が良ければもしかしたら助かるかもしれないけれども、そうはならないだろう。


 でも、何が理由でこうなったのか……少なくとも意識しているのは、この走馬灯の始まりからだろう。


 それまでは、多少危険ではあっても大きな変わりはなかったのだから。



※※※



 この国の平均寿命というやつは男女ともに32歳程度らしい。


 らしい、というのは掲示板に貼られていた掲示物のおかげで知ることが出来たというだけで、そもそも俺はその掲示物を読むことすら出来ない……要は、そういった教育を受けられる身分にないからである。いや、法律としては可能なのだけれども学費にするための金が無い。多少の計算はできなくもないが、もし商店で買取価格や釣り銭を誤魔化されていてもすぐに気付くことはできないだろう。


 ではなぜ掲示板の内容を知ることが出来たかというと、取引先の商店のおばちゃんがわざわざ教えてくれたからである。年齢だけで言えば俺の2倍で、平均寿命の半分を超えているのだからおばちゃんである。本人にそんなことを言ったら殴られてしまうだろうが。


 そして、平均寿命を最も縮めているのは……つまり、この世界で一番多い死因というのが、他殺、殺人であるということも教えてもらった。15歳になるまでに殺人を行った人の割合が8割程度だとか。8割がどのくらいの数字か分からなかったが、おばちゃんが言うには5人中4人らしい。


 当のおばちゃんも『殺人経験者』である。


「何年前だったかな、確か12年くらい前……父さんの手伝いでこの店にいた時、強盗が入ってきたんだよ。そのときに父親を殺されて、強盗を殺した。確か……3人くらいだったかな? 金庫漁りと店の棚を漁るやつと、あとひとり……見張りだったと思う。なにかする前に殺しちゃったからね。そうしないと妹も母さんも、自分も殺されるって思ったから」


 衛兵は殆ど機能していない。詰め所を稼働するたびに襲撃されてしまうからであり、異常なまでに危険な不人気職であるからだ。


「で、その後は死体の顔を見て……1人が店の常連さんだったからびっくりしたね。まあ今じゃ思い出せもしないんだけど。で、その時の死体4つを処理屋に買い取ってもらって……何に使うかわからないけど、結構高く買い取ってもらえたんだよ。今はもうこの街に処理屋はないんだけれど。で、それから母さんと2人で切り盛りしてたんだけど、……んでまあ、その間に何件か強盗をどうにかしてて……最後の殺人は、5年前に母さんが病気して、薬が買えないから頼まれて殺した。死体はどうしたかな……どこかに埋めたはず」


 おばちゃんは事も無げに話す。少なくとも4人、しかも身内や知り合いを含んでいるというのに。


「初めて殺した時はそれどころじゃなかったからねぇ。なんだろう? 必死さっていうのは全部塗りつぶしちゃうのさ」


 おばちゃんは豪快に笑う。


「あんたは『まだ』なんだろう? だったらアレだ。なるべく殺さないように、それからなるべく長生きできるように。こんな世界じゃ殺さず殺されずなんて難しいし、神様だって誰も信じちゃいない。幸運を祈ることくらいしか出来ないんだから」


 翌日のことだが、また新しい告知が成された。それがすべての始まりだった。だけれども、俺にとっての始まりは……そう、殺し殺されかけた話を直接聞いた、この時だったんだ。



※※※



 国王は苦悩していた。貴族も官僚も、だけではなく、異国の帝王や評議会なども同じであっただろう。少なくとも、同じような問題には直面していた筈だ。


 民があまりに容易く死んでいく。何も価値などないと言わんばかりに殺され、実際に何かを残せるはずもなく死んでいく。


 病気になれば薬を買うよりも命を絶って葬儀とも言えない何かしらをしたほうが安上がり。薬代の余裕すらなく……国王は、民が苦しんでいるということに苦しんでいた。


 官僚や貴族のうち半数程度は税収が得られるようになる前の民が死んでしまうという、王の苦悩とは違う点で悩んでいた。


 会議が煮詰まることはなく、ただひたすらに意見が出され、却下され。それはすでに失敗した、あるいはそれを行う資金がない。解決する手段はないんじゃないか、いや何かあるはずだ。そもそも原因はなんだ。


 一番大きな原因は貧困だった。ただその日の食事のためだけに命が関わってくる。定期的な炊き出しをするための収穫も足りないんじゃないだろうか。溜め込んでいる商人や貴族もいるだろうが、それを買い取るにしても徴収するにしても、また新たな血が流れうるだろう。


 貧困を解決するには? 金をばら撒くのは否。一時的な解決にはなっても、長期的にはどうにもならないだろう。現状その資金をめぐって無意味な殺し合いになる可能性だって十分に高い。


 皆、どうしようもないくらいに疲弊していた。殺し合いを止められるような状況になれない。できない。


 神にでも頼りたい。神がいないのならば、魔や妖でもいい。現状を改善してくれる何者かが、もしくはアイデアが欲しい。会議では皆がそう思い、祈った。


 誤算があるとすれば、会議室にはそういった『儀式』を行うための、本物の道具である剣があったということだ。


 悪魔としか形容しようがない黒い肌と翼をもった、角の生えた大男のような何者かが、黒い光とともに円卓の上に顕れた。その異形を見た全員が驚き、一瞬ではあるものの恐怖した。王はすぐに落ち着きを取り戻し様子見をし、なにかしようとしていた貴族に対して静止を呼びかけた。


「何を望むか」


 それは、ただ問いかけた。異形とはいえ人に似た姿を使っているのに、コミュニケーションが取れない。そういった印象を全員に強く押し付けた。


 そして、この場で何かしら返事をできる人間はただ1人、王だけである。


 王は悪魔の伝承を知っていた。だがしかし、意図的に呼び出したわけでもないのに所謂『付け入るスキがない願い事』を唱えられるかどうかといえば否であろう。


「民が無意味に死ぬようなこの現状を、変えたい」


「では、民が死ぬことに意義があるように」


 それは、それだけ言葉を放ち掻き消えた。数分の緊張の後何も起こらず、会議に参加していた全員が極度の緊張のせいで目にした幻覚か……そう思い、誰かが会議の続きを宣言しようとした瞬間。


 参加者全員の目の前に、丸められ蝋で封をされた、普通のものよりも黒い羊皮紙が現れた。全員が出現した理由を察し……誰が言うでもなく、その封を解いて、それぞれ読み始めた。



※※※



 1.新たな貨幣として『魂貨』を導入する。現在利用されている貨幣も引き続き利用できる。

 2.『魂貨』は人を殺害した場合、相手の【肉の価値】に応じて入手できる。『魂貨』は人の殺害と合意の取引のみによって入手できる。

 2-1.殺害で得られる『魂貨』は【肉の価値】に基づいたものだけであり、所持している『魂貨』は死亡時点で消滅する。

 2-2.脅迫や詐称が伴う取引では『魂貨』の利用が不可能である。

 2-3.『魂貨』での取引を断り通常の貨幣での取引を希望することは問題ない。

 3.【肉の価値】は正当防衛及び法に則った処刑以外での殺人、窃盗、詐欺など、他人から生命や財産を奪う行動によって上昇する。一部の例外を除いて減少しない。内紛や戦争の場合、【肉の価値】が影響を受けるのは、所属において一定以上の身分にあるものになる。戦闘規模によって適応範囲は変更される。

 4.【肉の価値】は、生産及び加工職に就く者には低い倍率が掛けられる。また、12歳以下かつ[3]で上昇していない者には別の低い倍率が掛けられる。

 5.取引以外で20日の間に5回以上『魂貨』を入手した場合、その人物は【賞金首】と指定され、【肉の価値】に対して『魂貨』の入手回数分倍率がかかる。ただし正当防衛、及び法に基づいた処刑を実行は5回の数に数えられない。また、この倍率は時間経過で下げられる。

 6.この書類発行から3日後、国民全員に対して『魂貨』300枚が支給される。

 7.『魂貨』を消費することで、食料を手に入れる事ができる。『魂貨』10枚で1日分の食料となる。また、為替は『魂貨』2枚で銅貨5枚である。これは双方向で両替可能であり、食料と同様に消費で銅貨を得られる。

 8.『魂貨』の取得、及び【肉の価値】については、この書類の発行から50年遡り設定される。

 9.『魂貨』は国民の思考の中に存在し、物理的には取り扱えない。

 10.自身の『魂貨』は自身にしか確認出来ないが、【肉の価値】は誰でも確認できる。

 11.必要に応じて追記修正する。

黒い羊皮紙には白い文字でこう書かれていた。


 王の持つ羊皮紙から小さいメモ書きが落ちる。それには、『命に価値を。』と、裏面には『3日後より全国民に施行する。6-2.お前達は今日から』と雑な文字で書かれていた。


 会議に参加している全員は、こんなものは嘘だと信じたかった。あまりにも常識を逸しており、ただ何者かが紙を用意し手品を行ったのだと思いたかった。


 しかし、会議に参加していた全員の頭上に、【肉の価値】だと思われる数字が浮かんでいた。つまり、その人物を殺害した場合にどれほどの『魂貨』が得られるかどうか、という数字である。


 王の頭上に浮かぶ数字は620。この数字が多いのか少ないのかは分からなかったが、少なくとも会議に参加している人員の中では2番めに番小さな数字だった。


 そして会議に参加する貴族のうち1人、異様な数値を持つ者がいた。


 彼の頭の上に浮かぶ数字は、7628891。悪い噂が絶えず、しかし不正の証拠も掴めなかったとある貴族。証拠と言える証拠はなかったのだが……。


「何か申し開きは?」


「こんなものはでたらめです! きっとあのさっきの黒いやつが、適当な数字を我々の頭上に浮かべているだけです! 理屈はわかりませんが、魔法が使える奴らならこのくらいは造作もないはずです!」


 彼は大きな声で弁明する。確かに魔法ならばそれは可能かもしれない。ただ、


「この城のどこよりも警備が厳重なこの部屋に対して、ただ幻覚を見せるだけなんていう行動をする魔法使いがいるならば、だな。それができるならば我々全員が殺されていてもおかしくないだろう」


 王はくくっ、と笑う。あまりに異様な事態への緊張からか、あるいは騒ぎ立てるその貴族の様子がおかしかったからか。終いには大きな声で笑ってしまった。


「お前はお前自身の館に向かう途中に賊に襲撃された。よくあることだ、本当に」


 そう、この世界ではよくあることなのだ。私兵達をどうにかして目標を殺害できるというのは多いことではないが、それでも皆無ということはない。王は彼の元へと歩いていく。


「不正を暴かれて酷い殺され方をするよりも、マシな死に方だとは思うがな?」


 黒い羊皮紙によると、【肉の価値】が上がる条件は他人から生命や財産を奪う行為。そしておそらくだが、彼は【賞金首】でもあったのだろう。


 彼が何かしらの反論をする前に、王は悪魔を呼び出す触媒になった飾られた剣をそれとは知らず取り、その頸を薙いだ。宝飾すらない、見栄えのためだけの飾られたナマクラとはいえ、鎧も何もない相手の頸を切り落とすには十分な威力だった。


「さて、これは売れなくなってしまったが……」


 そもそも売れるような剣ではないのだが、そんなことは関係なかった。王はその剣を捨てる。


 王は自身の思考の中に存在する『魂貨』の数を確認した。その枚数は7801426となっていた。訪れた暗殺者達の数を考えればそのくらいであろうか。


 最初にすることは、


「これだけあれば、民に食事を渡すことができるな……?」


 会議に参加した他の貴族官僚の手持ちの『魂貨』も諸々合わせて3日分。どうやら『王命』は脅迫にはならないようである。悪い抜け道が結構な量意図的に残されて存在するのだろう、と王は考えた。


 人口35万程度の小さな都市国家。その全員が、たった3日の間だけではあるが、飢えることなく過ごすことができた。


 そしてその3日間だけが、この国が出来てから50年の間で一番平穏な時間だった。


 一時的な解決にしかならないと考えた給付金でも、一時的な解決になるのだ。しかし、それから先に起こる展開は給付金よりも酷いものになるだろう。



※※※



 2日後。


 あたらしい掲示物が貼られていた。詳しい内容は分からなかったが、人を殺すことで、相手の頭上に表示されている数字を『魂貨』という新しい貨幣として入手することができるらしい。普通に取引にも使えて、10枚使えば配給のような食事が得られる……ということらしい。そして、掲示2日後……すなわち明日からそれは有効になるとか。それから、3日間配給が配られる。昨日届いていた食料はこれか。新貨幣の導入よりも、こっちのほうが重要だという人は多いかもしれない。


「それと、悪魔との契約で実行されたものだから、王にも覆すことができない……ってさ。もしかしたら反乱が起きるか、それとも多少なり平和になるか。まあ先のことはわからないけれども」


 俺は農民だから【肉の価値】とやらは低い倍率が設定されているけれども、だからと言って価値がないというわけではない。今日の食事、明日の食事に困って殺人を犯すような状態なのだ。俺の【肉の価値】が『魂貨』10枚分以上あったとしたら、あるいはそれほどなくても、相手が端数であっても欲しいという状況であったとしたら、命を狙われる立場にあるのだろう。



 そして施行日。


俺の【肉の価値】は『魂貨』8枚と書かれているもが線で塗りつぶされ、3枚となっている。一安心というべきか、それとも危険があると見るべきか。畑を襲ってきた害獣や虫を殺したりしたことは多々あったが、【肉の価値】に影響するのは人間に対する行動だけらしい。不幸中の幸いと言えるだろう。


 そして、配布された『魂貨』が300枚。銅貨にすると750枚。銅貨、銀貨、金貨の交換比率は210:30:1なので、金貨3枚と銀貨7枚が配布されたのと同じくらいの資金を手に入れた、と考えていいのだろうか。食事の量を考えると1食あたり銅貨6枚というのが街のほうでは普通らしいので、『魂貨』で食料を貰うと少しばかり損をしてしまうという感じだろうか。ただ移動する体力や時間を考えれば、悪い選択肢ということもないのかもしれない。


 そして、『魂貨』で購入した食事は悪魔の術によって作られたものらしく、どこかから奪われたりなくなったりというものではないようだ。説明を信じるなら、だが。


 手元に金貨3枚分の資金があれば、治安的な意味ですぐに危険な状態になることはないんじゃないだろうか……そんなことを考えながら、腐らせてもいけない、と今日の収穫物を売るためにおばちゃんの店に向かうことにした。


 そして、すぐに危険にはならないだろうというその考えは甘かった。店の前は血の海で、おばちゃんはやれやれといった感じにモップ掛けをしていた。排水溝に流れ出た血液や肉片、汚物なんかを流して捨てていて……その原因は、1組の男女だった。どちらももう死んでいるのだろう。おばちゃんだけでなく周囲の人からすらぞんざいな扱いを受けている。


「これ、どうする? 回収するか?」


 靴磨きの兄貴がおばちゃんに問いかけている。死体が持っていたナイフを奪い、おばちゃんが利用しないのならばそのまま何かしらに使おうと考えているのだろう。


「あー、こっちにはツテはもうないからねぇ。他に欲しい奴は……いないみたいだね。『魂貨』2枚で両方とも持っていっていいよ。奪われないように注意しときな。ナイフの方は片方だけこっちに残してくれ」


「あいよっと、商談成立。……おお、ホントに減ってら」


 靴磨きの兄貴は普段床代わりに敷いているゴザに死体を乗せると、そのまま路地裏のほうに引きずっていった。死体を何に使うのだろう。衣類や持ち物は血に塗れているとはいえ使えなくもないだろうけれども……と、死体の方も人間扱いされないようで、それをどうにかしている靴磨きの兄貴の【肉の価値】が変化することはなかった。


「と、ちょっと待っててくれるかい、今日の仕事開始は遅くなってしまいそうだし……それとも今日はよそに売りにいくかい?」


 おばちゃんにそんな風に問いかけられた。


 正直なところ目の前の血溜まりから離れていきたい感情と、少しでも動いたらその匂いに当てられて吐いてしまいそうな感覚。それから、平然と対処しているおばちゃんの様子を見て混乱しているのだろう、動けなくなっていた。獣を殺したときのものとは違う雰囲気……しかし、遺体はもうない。ずっとあのまま残っていたらどうなっていたかわからないが、耐えることはできた。


 かろうじて首を横に振り、作業が終わるのを待つことにした。


「おっと、そこは血が跳ねてるからあんまり近寄らないようにね。……っと、もう固まってきてるわ。もし掃除を手伝ってくれるのなら少しお小遣いをあげるよ。支払いは銅貨でも『魂貨』でも、そっちの好きなやつでいい」


 正直なところ、動く理由を与えてもらったのはありがたかった。店の奥に入る許可をもらい、本来売る予定だったものを一旦置いておく。


「どこに住んでるかは知らなかったんだけどね。あいつら、夫婦だったらしいんだわ」


 おばちゃんが残念そうに、あるいは懐かしむように言う。


「少し前に、あんたとは違う方の村から街の方に出てきて、そのときに挨拶してくれたんだよ。鍛冶だか金物屋をやりたいからー、みたいなこと言っててね」


 おばちゃんはエプロン裾口についている血を払うように手を動かした。染み込んだそれは、その程度ではどうにもならなかった。


「まあ、実際にはこうして強盗になってしまったよ。あわよくばこの店の金でも奪おうとしていたんだろうね。まあ動きは慣れていなかったし、寝てたり酔ってた無防備な奴らばかり相手をしていたっぽいね? まあ動くのを相手にするのは確実に初めてかな。【肉の価値】に関して言うと私より高かったから、殺人自体は多分はじめてじゃあないね」


 聞き入るために、あるいは聞き流すためにモップを掛ける。


「さってと……やっぱり色は落ちても匂いはなかなか取れないねぇ。あとはまあ適当にニオイ消しを撒いてから、雨が降るのを期待するしかないかな。と、手伝ってくれてありがとうね。報酬は……使い方を覚えるために、『魂貨』か。了解。大変だっただろうし、少しばかり色をつけてあげよう」


 思考の中の『魂貨』の枚数が15枚増えた。ただの想像とは違い、明晰夢のなかでそれに触って受け取るかのように、あまりにもクリアで、思考の中というのがどういうものか……わかったような分からなかったような。


「と、作物の買取は普段どおり普通の銀貨と銅貨でか、了解だよ……あー、このまま匂いが残ったままじゃ今日の商売はまともに出来ないだろうし、午前は臨時休業ってことにしとくか。せっかくだし、買い出しを手伝ってくれるかい? 荷物運びをしてくれたら、それの報酬も払うよ」


 俺は報酬に釣られて、買い物を手伝うことにした。


「掃除用具と消臭剤を……それから、後は何がいるかな……血を被ったカゴとか棚も新しいものに替える必要があるかな?」


 カゴも新しいものを購入するのならば、荷物運び用のカゴは持っていかなくても良いかもしれない。というか、カゴがあるならば荷物運びはいらなかったんじゃないだろうか。


「いや、そうもいかないんだよねぇ。この枚数なら、多分また狙われないってことはないと思うんだよ。3人くらいまでなら一度に相手をしても負けない……殺せるかはどうかとか、深手を負わないかとかそのあたりは別にして、負けないとは思う。けどそれはそれとして、荷物を持っていたら前が見えなかったり武器を出すのに手間取ったりだとかで、やられてしまう可能性は結構ある……だから、こうやって一緒に来てくれるのは結構ありがたいんだよ」


 隣を歩くおばちゃんの【肉の価値】に目を向けた。あるいは、ようやく目視できたというか。そこに表示されていた数値は95で、おそらく母親を殺したときのものとか、小さい頃にひったくりをしたときのものだろう、とつぶやいていた。


「あと、今朝来た強盗の子供のぶんも含まれるんじゃないかな」


 女性の方を刺して少し、おそらく女性が死亡してから数十秒後に、30か40くらい一気に数字が増えたそうだ。


「妊娠している最中にでも強盗をしなければならないってくらいに追い詰められているっていうのは、どういうことだろうね。2人あわせれば金貨6枚とちょっとぶんの『魂貨』があったんだ……それでも強盗をするっていうことは、欲をかいたか、それともそれでどうにもならないくらいの借金があったのか。そうなったら金を貸してた連中に襲われてしまうかもしれないねぇ」


 おばちゃんはやれやれ、と言わんばかりに呟いた。


 とは言っても、この街で金貸しやってる奴らなんて大半が非合法である。合法の金貸しは、中心都の方か、そこから派遣されてくる連中しかいないはずである。だから、多分金貸しをしていた奴らも襲われる対象だと思う。


「その可能性もなくはないけど……あっちは数が多いし……しばらくは警備を雇わないといけないかもしれないねぇ。ほら現状、襲ってくる奴らが増える環境だからさ。『魂貨』を得るために積極的に殺しをしたい奴らもいるんじゃないかって思うし、そっちもあとで労働力として買うほうがいいかもね」


 あなたは俺になるべく死ぬなと言ってくれたけれど、あなたのほうが死にそうな状態じゃないですか。


 そう言いたかったが、声に出すことができなかった。そう言ったら、なんだか本当にこの人が死んでしまいそうな気がしたから。


「まあそれは、あの2人に借金があったらっていう話だけどね。あったとしても返せていたら無関係、なかったらなかったで警備を雇う数は少なくていい……と、そうだ。この前殺すな、殺されるな、なんて言った手前頼みにくいっていうのはあるんだけれども。あんたの親にはこっちから話をつけるからさ。うちで警備として働いてみるつもりはないかい? ほら、ほぼ毎日畑仕事を手伝っているんだろ? 腕っぷしの方は問題ないはずだと思うんだよ」


 たぶん俺よりあなたのほうが強いと思うんですが。


 けれども、俺の口から出た返事は、『うちの両親の許可がおりたならやります』というものだった。


「そうなると……まあ、いつもの買取価格よりは多くて、でも損はしないように、させないように……それと毎日1日中うちに来てもらうことになるね。そうなると……うーん、移動の時間も考えないといけないからねぇ」


 おばちゃんが移動や時間の考え事をしているので、自分も距離を考えるために地図を見る。


 この国は4つの都市から出来ている。まずは王のいる中心都。比較的安全ではあるが、あくまで比較的、である。人は10万人程度いるらしい。北側に大きな鉱山があり、捕まった犯罪者は鉱山の北側から、普通の採掘労働者は南側から採掘している。犯罪者は捕まるより殺される確率のほうが高いのだが。


 北以外の3方向に、徒歩2日ほどの距離をおいて周都市がある。西が2万人、南が6万人、そしてここ東が7万人。


 さらに、その3つの都市から枝を広げるかのように開拓村がある。周都市3つの開拓村の住民全部をあわせて、およそ10万人。西の周都市に関しては、西にある開拓村の合計のほうが人が多い。


 俺が住んでいる開拓村からこの東の周都市に向かうには、日が登り始めてから出発して、一般的に朝食を摂るような時間までには到着できる。最近は鍛えられたのか少しは早く到着するようになったけれども、まだ誤差の範囲だろう。幸いにして、売る予定の作物を朝食の代わりに多少なり食べることは親から許可されている。


 まあ、生の芋とかは食べたくても食べることは出来ないのだけれど。果物があれば良いんだけれども、うちの村ではまだ安定した生産は難しい。基本的にはトマトとか豆とかは食べやすいので助かるが、季節が限られる。大抵の場合は昼食まで我慢することが多い。


 同じ村の中の他の家は、時間や日付をずらしたり、あるいは他の店に売りに行ったり。

 全員で1つにまとめて大きい荷台でも用意すれば多少楽になるんじゃないかとは思ったんだけれども、5年程前までそれをやっていたときは売上を誤魔化しつつ持ち逃げしたやつがいて、そいつの家族が殺されるということもあった。逃げたやつは見つかってはいないが、村では捕まえるか殺せば報酬が出るということになっていた。報酬が正しく支払われるかどうか、それはそれで信用出来ないが。村は貧乏なのだ。……今なら『魂貨』があるので、まったくもって支払われないということはないはず。


「うーん、とりあえず普段どおりの運搬に追加で、拘束時間は長めに……あんたにとって畑仕事と立ち仕事、どっちのほうが大変買っていうことにもなるけれど、そうだね。食事はこっち持ちで、毎日来てもらうように。それから追加で、夕方の閉店作業までの手伝い。それでどうだい?」


 おばちゃんの提案した条件と給料は、悪くないように思えた。両親に報告するという旨を伝え、


 ようとしたところで通りの方から大きな音が響いた急いで外の方を見る。斜向いにあった油屋の建物が、何本かの柱だけを残して消滅していた。隣の建物にも、それから通りとこちらの建物にもいくらか被害が出ているようだ。


 通りや崩れた建物には、いくつかの血溜まりが見える。それが何であったのか考えたくもない。


 おばちゃんが俺の両目を塞ぐ。


「まだ慣れていないんだろう? 無理して見る必要はない。大丈夫。心配しなくてもいいから」


 自分たちはここで生きているから大丈夫だと、言ってくれた。



※※※



 細々と何かしらを買いに行くよりは、もういっそのこと大工に頼んだほうがいいだろうということで、おばちゃんと一緒に大工のところへ向かった。一日の間にそう何度も事件に遭遇するはずがない……そう考えながら一緒に移動した。少なくとも、俺とおばちゃんの関わる範囲では事件はなかった。どこかで通り魔や強盗などがあったのかもしれないけれど、少なくとも俺は気付かなかった。おばちゃんに聞いても答えてもらえないだろう。


 交渉事には首を突っ込んだりとかはできないので、おばちゃんと大工の話が危険な雰囲気になったりしないかだけ確認しながら外を眺めていた。普段はあまり気にならなかったが、外は結構酷い有様である。


「そうかな、多少は変わってるかもしれないけれど。でもまだまだいつもどおりの範疇だよ」


 警備の姉さんがそう言ってくれた。いつもだったら軽い食事をしたりしなかったりで、その後には村の方に戻るからこっちの様子はあんまり知らないんだけれども、こっちに住んでいる人が言うならばそうなんだろうか。


「うん、まだ多少の範疇だと思うよ。さっき聞こえてきた爆音みたいなことは滅多にあるもんじゃないけれども、それでもないっていうわけじゃないしね。それに、今日はこっちにの方では強盗は来ていない。どっちかっていうと平和な方だと思うよ」


 日常的に強盗が来る……うーん。姉さんの方の【肉の価値】を見やると、14となっていた。多いのか少ないのかはよくわからないが、なんとなく『1食のために殺される可能性はあるのか』と思ってしまった。


「まあ、そうなったらその時さ。そもそも警備をやってる時点で……いや、やってなかったとしても明日生きているか怪しい日々が続いていたんだ。ちょーっとくらい死ぬ可能性が増えたところで、だよ」


 死ぬことが怖いかどうかと聞いたら、

「『誰でもどんな生き物でもそのうち死ぬから怖がっても仕方ない』。けれども、痛い死に方はしたくない。としか答えようがないかな?」


 誰かからの受け売りだろうか。誰でも経験すること、あるいはしたこととはいえ……俺はどうしてもそれが怖くて仕方なかった。


 少し時間が経って、おばちゃんと大工が話を終えたらしく、現金と『魂貨』の両方を利用していた。


「しかしアレだな、【肉の価値】が関わらない、手持ちの方の『魂貨』っていうのは死んだときに奪われない、っていうのはある意味では殺人の防止になるかもしれないな」


 大工がそういった。


「だってアレだろ? 単純な殺人で増える『魂貨』っていうのは、相手の【肉の価値】ぶんを奪うのと、自分の【肉の価値】の上昇ぶんだ。これが『魂貨』300枚になるかって言われたら、【賞金首】にでもならなければそうじゃない。どうだ?」


「それでも、今日の食事のために、あるいは明日の食事のために、わずかでも欲しい人はいるかもしれない」


 大工の問いに対しておばちゃんはそう答えた。


「だろうな。でもそれって、昨日までと何も違わないだろう? それに、【賞金首】になれば殺される可能性が増える。だったら、あんまり極端なことにはならないだろう」


 どちらの言い分も正しいように感じたし、しかしどちらにも違和感を感じた。


 このときは、それがどうしてか、なぜなのかということに気づくことはできなかった。


 おばちゃんとは翌日以降のことは両親と相談してから、と改めて話し合いをしてから……それから、村に戻ることにした。今日の帰りに購入するものは特に指定されていなかったので、荷物が軽くだいぶ気が楽だった。なんとなくではあるが、街の中では息が張り詰めていたような気もする。いや、今までと状況が多少変わったから気のせいでもないのだろうけれども。少なくとも死体や血溜まり、血飛沫を見てしまったことが精神的に悪影響になっているのだろう。夢に見てしまうかもしれない。


 家に戻り入ろうとして、そこで酷く嫌な匂いを感じ取った。それは、今日の朝に意図せず嗅いでしまった血溜まりの匂い。


 そして、横たわる両親と妹達の死体。犯人は屋内やそばにはいない……と思う。二部屋しかない小さな家だ。動く気配があるならば、流石に気づけるだろう。1歩下がり、家から出る。


 泣きそうで、吐きそうになってくる。家族を殺されたからか、死体を見たからか。それすらもわからなくなっている。だが、そんな余裕もない。


 家族を殺した誰かに見つかる前に、戻ってくる前に……父親が溜め込んでいた資金を回収する。もしかしたら奪われているかもしれないが、3箇所を確認する時間くらいはあるだろう。意を決して、一番厄介で、かつ見つかっている可能性が高い屋内のものから確認する。


 1つ目は寝室にもなる部屋の床板の裏。明らかに外された形跡があり、奪われていることはすぐに理解できた。兄と弟2人の遺体がある。


 俺以外の7人、全員が死んでいるのか。誰も逃げられていないのか。もし単独犯ならば、殺した誰かは賞金首になっているんだろうか。もしかしたら警戒する目安になるかもしれない。


 次に探索するのは、屋外にあるトイレの天井。こちらは発見されていなかったようで、中身を確保する事ができた。血の匂いも排泄物の匂いも、混ざってよくわからなくなってくる。


 最後に、畑の隅に埋められた箱。こちらも掘り返されてはいなかったが、しかし入っている量はトイレのものとそれほど変わらなかった。恐らく寝室に隠されているものが一番多かったんじゃないだろうか。確保できたのは銀貨17枚と銅貨8枚。宿代も考えるなら1週間が限界だろうか。手持ちの『魂貨』があるので、もう少しなら可能だろうけれども。


 最後に、畑から収穫できそうなもの、少し収穫が早いくらいのものをなるべく回収していく。動きが遅くならない程度に、可能な限り選別する。


 村の誰が殺したか、あるいは誰が殺されているかわからない状況で長居はできない。


 誰かに見つかる前に、咎められる前に。急いで村を出ていった。

面白かったと思ってくださったなら、画面下から【ポイント】評価や【ブックマーク】などを貰えると嬉しくなってやる気が出ます。

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