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ああ、そうか……。
殿下がいらっしゃると言う舞踏会で、オレンジ色のドレスをまとっていた人が多かったのはそう言うことか。
意中の人の瞳や髪の色の物を身に着ける。
馬が歩みを進めれば、騎乗の殿下も上下に揺れる。
ふわり、ふわりと、光を浴びて美しいオレンジ色の髪が揺れている。
「エ……ミリー」
馬車の前の大通りを殿下が通過するときに、思わず声が漏れた。
「シェミリオール殿下バンザーイ、シェミリオール殿下バンザーイ」
歓声はますます大きくなる。
いつしか私の頭にその音は届かなくなっていた。
頭が真っ白になるというのはこういうことなのかと。
兵たちが北門から出て行き、パレードが終わる。
「リリー様がよろしければ、アンナとハンナもご一緒しても?隣の領地なので、普段は一緒に馬車で移動するんです。……その、今回は公爵令嬢と一緒にと言われて、遠慮してもらったのですが」
南門に向けて、馬車が動き出したところでローレル様が遠慮気味に切り出した。
「まぁ、アンナ様とハンナ様も?嬉しいわ!私、学園にも通っていなかったので、お友達とおしゃべるする機会も少なくて。色々お話できるなんて素敵」
はしゃいだ声を出す。
無理にでも気持ちを上げて行かないと、すぐにでも考え込んでしまいそうだ。
エミリーが……皇太子殿下だったなんて!
エミリーが!
「まぁ!公爵令嬢様って、リリー様でしたの?」
「ごめんなさい、黙っていて……これからも同じように仲良くしてくださるとうれしいわ」
「もちろんです、あの、失礼があったらごめんなさい」
アンナ様とハンナ様と合流して、4人で移動するのはありがたかった。
色々な話に気持ちがまぎれるから。
夜、宿の部屋でベッドに入ると、エミリーの……いいえ、皇太子殿下の凛々しい騎乗姿を思い出す。
まっすぐ前を向いている”エミリオ”の表情はとても凛々しくて素敵だった。
たくさんの女性たちがうっとりと見ていた。
オレンジ色の髪に、赤い服がとても似合っていた。誰がどう見ても、立派な男性がいた。
エミリーの面影なんて少しも無くて。私の知らない、別の人みたいだった。
だけれど、皇太子であれば、国民に不安を持たせるような振る舞いなどできるわけもない。
できるだけ男らしくふるまっていたのだろ。
……エミリーは、弟に家を継いでもらうって言ってたけど。
それって、王位は弟に譲る。皇太子の地位を降りるって話よね……。ただのお家問題と違う大ごとだわ。
めんどくさいことを片付けたら婚約しましょうって言ったけれど、まさか、めんどくさいことというのが……皇太子の地位を降りるということだったなんて。
うーんと、固く両目を瞑る。
■
お世継ぎのことを考えたら、エミリーが王位を継ぐのは無理なのよね。無理というか、王としての務めの一つはお世継ぎを残すことだもの。
心が女のエミリーには絶対無理なことだ。まぁ、在位中にお子が生まれない王もいる。
そう言う場合でも、王位継承権は誰が何番目といったように決まっているから、王子が生まれないイコール王家が途絶えるというわけではないのだけれど。
必ずしも、お世継ぎを残す必要があるというわけでもないといえばないんだけれど。生涯独身で通した王なんていうのも他国にはいたはずだ。
……。
ガバリと布団を跳ね上げ、上半身を起こす。
「何も問題がないんじゃないかしら?」
皇太子殿下が、宰相の娘である公爵令嬢と婚約を結ぶ。
表向きはそれだけのことよね?
どこの誰が反対するというの?
ふと、エカテリーゼ様の顔が思い浮かんだ。仮病を使って人の気を引くような女に皇太子妃なんて務まるはずありませんわ!と言いそうだ。
「仮病じゃないんだけどなぁ……」
言えない。男性アレルギーなんて。
そんな人間が皇太子妃になるなんてそこれこそ国の恥だと。反対されるだろう。
「仮病……、むしろ、仮病を使ったらどうかしら?」
私が、エミリーと婚約する。私とエミリーがラブラブなのを世間に見せつける。
私が病弱だという場面を見せる。……アレルギー以外は健康体なので、これは仮病ね。
皇太子妃、後の王妃として相応しくないといわれる。でもエミリーは私と別れたくない。
皇太子の位を弟に譲って、エミリーと私は田舎でひっそりと暮らす。
こういうラブロマンス、世の中好きよね?
うち、公爵家で力もあるから、王家としても、別れさせ、公爵家と仲たがいするわけにはいかないとかなんとか言って、弟殿下に皇太子の位をすんなり譲れるんじゃない?
「ああ、そうよ!完璧じゃない?」
私、公爵令嬢でよかった!
お父様が宰相で良かった!
エミリーと婚約できるわ!
エミリーと好きなだけ一緒にいられるんだわ!
お父様はきっとビックリなさるわよね。エミリーと婚約したいって言ったら。だって、皇太子殿下と婚約したいなんて突然言う人間がいる?
言っても普通は叶うような話じゃないもの。だけど、皇太子殿下とも話がついてるとか言ったら、驚くわよね。ふふふ。
ああ、戦争が終わって早くエミリーが帰ってこないかしら。
戦争……大丈夫よね。皇太子なら、一番安全が確保されているだろうし。
それに、お父様も、心配ないと言っていたし。
……。




