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お父様が言っていたではないか。
皇太子の出陣を陛下が許すほど、こちらには余裕があると。
一戦を交えることもなく、兵力の差に驚いて敵は逃げ帰るだろうと……。
何とか、気持ちを落ち着けようとゆっくり息を吐きだそす。
「ああ、ほら、あちらのも!もしかしたらこれを機に、思いを寄せている人に告白した人たちも結構いたのかもしれませんね」
ローレル様の言葉にハッとする。
目をしっかり見開いて、窓の外を見れば騎乗の兵たちの何人かの胸元に、青い制服の上では目立つ色を見つけることができた。
黄色、ピンク、赤、グリーン……。
「素敵ね……。男性が花の飾りを身に着けるなんて女のようだなんて、きっと誰も言わないわよね」
ローレル様の言葉に、複雑な気持ちになった。
エミリーも、かわいい物を持っていても取り上げられないようにと考えたものが、こうして実際に広まっているのはよかった。
でも、広まったきっかけが戦争だったなんて、恋人同士の美談に語られても……。
いやだ。どうか、すぐに、犠牲者もなく戦争が終わってほしい。
「勇敢な兵たちが、こうして胸に花を飾って出陣しているんですものね……。男が花の飾りなんて、みっともないなんて誰も言わないわ……。ふ、ふふふ……」
唐突にローレル様が笑い出した。
「ふふふふ、あはははは」
「どうなさったんですか?」
「ああ、ごめんなさい。なんだか、とてもおかしくて。兵士が花など軟弱だと、私も思っていたなぁって。それが今はロマンチックだと思っているんだから……。固定概念というか……常識というか、そんなもの一瞬でひっくり返ることがあるんだなと……」
ローレル様がぴたりと笑うのをとめると私の目を見た。
「リリー様、私、実は人には隠しているコンプレックスがあるんです」
「え?」
人に隠している?
ローレル様のような方にも?
自信があって、堂々としていて、強くて凛々しい素敵な女性なのに?
「実はこれなんです」
ローレル様が、ドレスの裾を少し持ち上げて、靴を私に見せてくれた。
「あ……かかとが……」
ローレル様がはいていたのは、貴族の女性がはくようなかかとのある靴ではなく、子供や庶民がはくようなかかとの無いペタンな靴だった。
「私ね、背が高いの。それがコンプレックスで。かかとのある靴が怖くて履けないのよ。ふふ、背が高いと可愛げがないっ、女じゃないみたいだと、そういう固定概念に私自身が縛られてるの」
■
「ローレル様!身長なんて関係ないですっ!」
興奮気味にローレル様の手をとり立ち上がった。
「あ、いたっ」
馬車の中だということを忘れるくらいの勢いに、ローレル様がびっくりしている。
「リリー様大丈夫?」
「平気です」
馬車の天井にも壁にも上質なクッションが張り巡らされていて、あまり痛くなかった。これはいい。もし、馬車で事故が起きた時にある程度怪我を防ぐことができるんじゃないだろうか?
って、違う、それより今は。
「ローレル様、女性らしさに身長なんて関係ありませんっ」
エミリーの姿を思い浮かべる。
背は高くて、肩幅も広い。手もごつごつしているけれど、それでもエミリーは飛び切り可愛くて女性らしい。
誰よりも可愛らしい女性だ。
「そうかしら……」
ローレル様が言葉を濁す。
「はいっ!絶対そうです!身長がとかそんなことでしか女性を評価できないなんて、ちゃんと見てないんです。自分の都合のよい女性を探しているだけで、人として見てないんです。女性らしさは、見た目じゃないです」
ローレル様が私の言葉をじっと聞いてくれている。
「だって、女性らしくない中身だとじゃじゃ馬と今度は言われるんですよ?」
「あっは。確かにそうね。自分にとって都合の良い……扱いやすい女を求めているというのは正解かもしれないわね。リリー様覚えていらっしゃいますか?ブルーレ伯爵令息。彼に絡まれていたでしょう?」
ブルーレ伯爵令息?そう言えば、お父様にお名前を伝えると言って忘れてた人がそんな名前だったかしらね?
「立場を利用して女性を何人も泣かせているという噂だけれど、ああいう女を思い通りにしようとするような卑劣なやつが特に背が高い女はダメだとかうるさいのよね」
ローレル様がいつもの自信に満ちた顔に戻った。
「大人しくて、力が弱くて、立場も弱くて、上から押さえつけることができるよなか弱い女の子ばかりを狙っているわね。女性は口答えするのは生意気だ、剣を持つなどありえない、立場が上だとそれをかさに着てろくでもない、背が高いと可愛げがない……なんて、男の都合のいい女像を押し付けられてただけなのね……あー。私も情けない。背が高いくらいで女性として馬鹿にするような男なんて私の方から願え下げよ。はぁー。領地に戻ったら、靴を注文するわ」
「わっ、私も、靴を注文しますっ!」




