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「まぁ、だがリリーシェンヌのいうよに、万が一何が起きるかは分からない。王都を多くの兵が離れる好きをついて、王都で騒動が起きないとも限らない」
なるほど。目を北の領地に向けさせ、そのすきに間者が王都で何か起こす可能性か。……って、しっかりもう、お父様に作戦読まれてるからそれも失敗ね。サ国には、頭の切れる人はいないのかしら。
「ローレル嬢と友達だと言っていただろう?」
「え?」
ローレル様が今の話に何故出て来るの?
「しばらく舞踏会も行われないから、ローレル嬢も領地に帰るだろう。王都よりもよほど安全だからな」
そうか。エミリーにも会えないけれど、ローレル様にも会えなくなるんだ……。
ぐっと奥歯を噛む。サ国の馬鹿!無駄なことして!
「ローレル嬢が領地に帰るのであれば、リリーシェンヌを一緒に避難させてもらえないかと手紙を出しておいた」
「え?」
「友達だと聞いていたからね」
た、確かに、お父様には友達ができたと言ったけれど、まだそこまで親しくないですし……。
そ、それに、手紙って公爵家から娘を一緒に領地に連れて行ってくれみたいな感じですよね?
私、ローレル様に公爵令嬢だって言ってないのに……!
ちょ、手紙をもらった辺境伯も困っちゃうんじゃないかな……。
翌日には手紙が届き、3日後には公爵家に迎えの場所が来た。
「まぁ!リリー様、公爵令嬢というのは貴方でしたの!」
ローレル様が通された部屋に、私が姿を現すとローレル様が驚いたように立ち尽くした。
「ごめんなさい、内緒にしていて……あの……」
どうしよう、馬鹿にするつもりでしたのとか、怒ってしまったかしら……。こんなふうに教える予定なんて無かったのに……。
「素敵!」
え?素敵?
「招待を隠して舞踏会に参加されるなんて、なんて素敵でしょう。リリー様は……いえ、リリーシェンヌ様」
ローレル様に、リリーシェンヌと呼ばれたことで胸の奥がぎゅっと痛む。
距離を置かれたような気持ちになった。
「リ、リリーと呼んでください。あの、今まで通りで、お願いします!」
私の言葉に、ローレル様がニコリとほほ笑む。
「リリー様がご自身の身分を明かさなかったのは、公爵令嬢としてではなく自分を見てくださる方との出会いを求めたのでしょう?」
ローレル様が生き生きとして言葉を続ける。
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「分かりますわ。私も、身に覚えがありますもの。辺境伯令嬢じゃなければ声をかけなかった。お前みたいなかわいげのない女、辺境伯令嬢じゃなきゃ誰も嫁にしようなどと思うものか!などと、陰口を言われたことがございます」
え?
「ローレル様のように、素敵な女性に何故そんなことを!」
思わず頭に血が上る。
「ふふ、ありがとう、リリー様。……リリー様は、ご自身を馬鹿にされても腹を立てないのに、私のために怒ってくださるんですね」
「私なんか、色々言われても仕方がないんです!でも、ローレル様のような素敵な女性を馬鹿にするなんて、絶対に許せません!ローレル様は、舞踏会で戸惑う私のような娘にも親切に声をかけてアドバイスしてくださいました。それに、私が正体を黙っていたと知っても、責めるようなことはなくて……」
あまりに頭にきすぎて、目じりに涙が浮かぶ。
ふわりと、柔らかいものが体を包んだ。
「ロ、ローレル様?」
ローレル様の両腕が伸びて私の背に回っている。
ハグされてる!
「私なんかなんて言っては駄目よ。貴方は素敵な女性なのだから。私が、友達になりたいと思うんだもの。素敵じゃないはずは無いでしょう?」
「ロ、ローレル様……」
でも、私は……男性アレルギーがあって、お父様にもお兄様にも迷惑をかけている……本当なら、しかるべき相手と結婚して……。領主の妻、貴族としての務め、国のために尽力するべきなのに。
「でも……私、舞踏会でも迷惑をかけて……ローレル様にも……」
エカテリーゼ様には仮病だと言われてしまったけれど……むしろ、仮病だと思われるくらいの方がいいのかもしれない。
男性アレルギーで、男の人が近づくだけで咳き込んだり倒れたりする人間など、なぜ舞踏会に来たのかと。邪魔だから来るなと言われても仕方がない。せっかくの場所で倒れる人間がいたら、場がしらけてしまうだろう。本当に迷惑な……。
「馬鹿ねぇ。リリー様は。私は少しも迷惑だなんて思ってないわよ。それどころか、とても救われているわ」
え?救われている?
「似合いもしないオレンジのドレスを着る苦痛から救われた。皇太子妃の座を求めて参加するだけの退屈な舞踏会から救われた」
「え?」
「リリー様にお会いできるのも楽しみの一つになっていたのですわ」
「耳元で楽しそうなローレル様の声が弾む」
「わ、私も、あの、ローレル様にお会いするのが楽しみでしたっ!」




