85
って、それよりも、いくらお父様がどんな相手でも構わないと言ったからって、エミリーの家は大丈夫なのかしら?いきなり公爵令嬢なんて恐れ多いとかならないかしら?
「不安な顔をしないで。大丈夫よ、すぐに、何もかもうまくいくわ……」
エミリーの唇が、私の唇に優しく触れ、すぐに離れた。
ビックリして、両手で口を押える。
「もう、しないって言ったけれど……婚約者になるんだもの……いいわよね?」
ちょっと照れたような顔をしてエミリーが言った。
そうよね。友達だけど……婚約者になるんだもん。周りの人に、不審がられないようにしないとダメだものね……?
でも、どうしよう。
エミリーはなんてことないかもしれないけれど、私、すごくドキドキしちゃってる。
「1カ月は長いわね……」
エミリーが立ち上がった。
さようならの時間だ。
屋敷に戻ると、珍しくお兄様が先に帰っていた。
「ロバートから聞いたぞ」
食事の時間に、お父様が重たい口を開いた。
「随分アレルギーで苦しい思いをしただろう……すまなかった……」
お父様からの言葉は意外にもそれだけだった。
もう次から舞踏会へ行かなくてもいいと言われると思っていたのに。
「ロバート、明日には領地へ出発するのだから、早く休みなさい。リリーも、疲れただろう。ゆっくりしなさい」
疲れた様子のお父様は、食事の後に再び王宮に向かった。
仕事の合間にわざわざ私たちの顔を見に来てくださったのかしら?
それにしても、忙しすぎない?
「父上は、随分と忙しそうだな……。それで、僕に領地行きを任せたのか。……しっかり父上のサポートができるように頑張らないといけないな」
「お兄様、でも無理しないでくださいね」
お兄様の顔色もあまりよくない。
「ああ、大丈夫だよ。無理はしない。ただ……ちょっとエカテリーゼのことがあって、気持ちが落ち着かないだけだよ」
エカテリーゼ様のことで?やはり、1カ月以上離れるのが寂しいのかしら?
ああ違う。寂しがり屋はエカテリーゼ様の方だったわね。お兄様についてくと言って譲らなかったのかもしれない……。それでもめたのかな?
「まぁ!なんですか、これ?」
「あ、ダメ!メイ、返して!それは大切なものなのっ!」
ドレスのポケットに入れておいたハンカチを見つけたメイが驚きの声を上げた。
エミリーがくれたハンカチだ。
「大切、ですか?……もしかして小さなころにお母様と刺繍の練習をした想い出の?」
メイが勝手に解釈している。いや、まあそうだよね。
「それは大切なものですね。……もしかして、舞踏会へ向かうのが不安で持って行ったんですか?」
さらに、勝手な解釈を始めた。




