離脱
「私はね、こう見えても伯爵家の者なんだよ?」
「あの、失礼します」
「おいっ!ちっ。なんだよ。時代遅れのドレスを着た貧乏男爵令嬢とかだろ?」
腕を、捕まれた。
「ちょっと顔がいいからって、お高く留まりやがって。伯爵の私が愛人にでもしてやろうって言ってんだよ」
痛い。捕まれたところからきっと赤くはれあがってきている。手袋をしているから分からないけれど。真っ赤だろう。
吐き気もしてきた。
まずい、まずい。
「離して」
まだ、呼吸は大丈夫だ。
「離してくださいませ、伯爵様だろ。口のきき方もなってないとは。マナーも知らない人間はこれだから」
全身ムズムズだ。またくしゃみも出そう。手が痛い。そして熱を持って来た。炎症が起きてるのか。
吐き気も酷くなってきた。
「何伯爵様でしょう?父にお伝えいたしますわ。お名前をうかがっても?」
「あははそうだよ、素直に私に従えばいいんだよ。ブルーレ伯爵だ」
「ブルーレ伯爵ですわね?しっかりと記憶いたしました。父……トーマルク公爵にお伝えいたしますわ。私のマナー教育が不足しているとおっしゃっていたと」
ぱっと、伯爵の手が離れた。
顔が青ざめている。
「トーマルクこ、こ、公爵様?あ、貴方は……まさか……幻のご令嬢……」
幻のご令嬢?
私、社交界ではそんな風に言われているの?そんなことよりもどうでもいいわ。
本当に気持ちが悪い。
「二度と、私に近づかないでくださいます?ブルーレ伯爵」
「は、はい、に、二度と、申し訳ありませんでしたっ!」
すぐにブルーレ伯爵は距離を取ってくれて助かった。
……でも、ここにいては、いつまた別の男性が近くに来るかもわからない。
怖い。もう無理。気持ち悪い。
会場に着て5分と経っていないけれど帰りたい。
お兄様の姿を探すと、婚約者と仲睦まじく話をしているところだ。
……邪魔しちゃ悪いわ。それに、こんなに早く帰ったのではお父様にも全然探す気が無いと思われそう。
キョロキョロと上がりを見回すと、外に出るためのドアが目に移った。
今日の会場となっているのは、我がトーマルク公爵と並ぶも公爵家。国に2つしかない公爵家のもう一つの家だ。
女主人である母がが亡くなった我が家とはちがい、社交上手な公爵夫人が、立派な舞踏会も年に何度も開いていると聞く。
今日の、独身貴族限定の出会いの場……手段見合い舞踏会も、世話焼きの公爵夫人が率先して計画したものだと兄が言っていた。とはいえ、本当はいまだに婚約者のいない今年20歳になる皇太子のためのパーティーだという。