救いの手
差し出された手を無視するわけにはいかないようだ。手を伸ばして手袋越しにちょこっとふれたとたん。
ぶわっと、羽虫が全身に止まったような気持ち悪さ。
「くしゅんっ、くしゅんっ」
ああ、これ、やばいやつ。
「無理することはないよ、少し休むといい。ロイホール公爵夫人に部屋を用意してもらおう。休んでいる間に馬車を呼んであげるから」
親切な人だ。
お兄様も、いいやつだとほめていただけのことはある。
だけど、私的には、ダメな人だ。やばい人だ。この人と長時間いたら命の危険が。
「あの、大丈夫ですから……手を、離してくださ……くしゅっ」
「遠慮することはない」
遠慮じゃなーい。
本当に、まずい。どうしよう。名を明かせばいい?お兄様に助けを求めようか。
「ディック様、その方なら大丈夫ですわよ。そうして仮病を使って男性の目を引きたいだけでしょうから」
え?
「そうなのかい?とても仮病には見えないが……」
「あら、ディック様は、私の言葉が嘘だと?酷いですわ……」
ああ、もう、くらくらして行きも苦しくなってきた。
ディック様に話しかけているこの声には聞き覚えがある。
エカテリーゼ様だろう。
吐きそうになってきて顔を上げることができない。
「ほら、見てくださいませ。顔を上げて否定することもできないようですわよ?」
「仮病を使ってお優しいディック様の気を引こうなんてなんてあさましいのかしら」
「この間ピンクのヒラヒラを来ていた恥知らずですわよね」
「あの手この手でよくもまぁ……」
周りの人たちがエカテリーゼ様の言葉に同調して色々噂を始める。
ディック様が、エカテリーゼ様の話が本当なのだろうかと思い始めたのか、私の手を握る力が弱った。
そのすきに、手を抜き出すと、貴族令嬢としてはとてもみっともないのだけれど、小走りで会場を抜け、窓から庭に飛び出した。
吐く、全身にぶつぶつ出る、やばい。
「すー、はー、すー、はー」
息が、苦しくはならなかったことに感謝。
そして、結果としてエカテリーゼ様に助けてもらった形になる。
あれ?お兄様はどこにいたのだろう。お手洗いにでも行ったのかしら?
まぁいいか。結果的に、私は無事。
全身を羽虫が止まったような気持ち悪さも収まって来た。
「エミリー……」
もう、来てるかな。
まだ薔薇の咲いていない薔薇の迷路を潜り抜ける。噴水の場所まで来て、愕然とする。
その先、あづまやへと続くはずの道が薔薇の垣根でふさがっているのだ。
「え?どうして?何故ふさがれちゃったの……?」
どうしよう。使用禁止?
何か理由があるの?あづまやを取り壊すとか、改築するとか……。
どうしようかしばらく垣根の前で立ち止まって考える。




