殿下
「ごめんね、リリーのRが刺繍してあるの。今度はエミリーのEの文字を入れたハンカチを……いいえ、リボンがいいかしら?またちょっとしたかわいいものをプレゼントするわ」
「嬉しいけど、悪いわ。ああ、私も何かプレゼントを……」
そこまで話をしていたところで、人の声がすぐ近くまで来た。大きな声でおしゃべるする女性の3人組のようだ。
「楽しみにしてるよ、来月」
あっという間に、エミリーの言葉遣いも仕草も男の人のように戻って、あづまやから姿を消す。
それと入れ替わるようにして、華やかなオレンジ色のドレス姿の女性3人組が現れた。
おそろいで揃えた?それとも偶然重なったのかしら?
同じ年くらいの3人の女の子。
「あら、人の気配がすると思って期待したのに殿下ではありませんでしたのね」
殿下?
「本当、どこに殿下はいらっしゃるのかしら。ねぇ、貴方、見なかった?」
唐突に3人のうちの一番背の高くて胸の大きな女性に尋ねられた。
胸元の谷間をしっかりと見せるデザインのオレンジのドレスは、大人びていてフリルは裾に少しあしらわれているだけだ。
うん、こういうのが私くらいの年齢の定番デザインだとすると、確かに私のフリルがこてこてについたドレスは子供っぽいと思われても仕方がないわよね。
「殿下ですか?少し前から私はここにいますが、誰も見ておりませんわ」
エミリーのことは言わない方がいいだろうと、黙っていることにした。
「そう、おかしいわね。確かに今日は来ていると言う話なのに……」
背の高い女性がはぁと小さくため息をつく。
そういえば殿下のための出会いの場がこの舞踏会の裏の目的だとお兄様が言っていた。
それなのに、殿下は女性たちの前に姿を現していないの?
殿下ってどのような方なのだろう。探しているというけれど見たら分かるものなの?みんな顔を知っているの?それとも服装が特徴的とか?
まったく興味がないし、会いたいと言えば、お見合いの席が設けられるだろう立場なので、むしろ家で話題にすることはないからサッパリ分からない。
公爵令嬢であり、年齢的にも釣り合いの取れる数少ない令嬢のうちの一人なんだけど、そう言えば、王家の方からもお見合いもどきがセッティングされたことはない。お父様が上手に断ってくださっているのか、それとも殿下側が何らかの事情で会うのを避けているのか。
まぁなんにしろ、ありがたい話だよね。もし、男性アレルギーが強く出るような相手だったら、手を取りダンスを始めた途端に吐くとか、令嬢にあるまじき失態をおかしかねないもの。




