112 ★途中エミリー視点あります★
妻……母はもう亡くなっている。そのお母様のことを生きていると思わせるように書かれた手紙は、2枚目から人目に触れないように読みなさいという暗号だ。
人前で開いたときのための暗号まで使って何を私に伝えようとしているの?
1枚目の残りの文面をとばして、2枚目に目を通す。
人目につかないようにと注意したうえで、さらに用心のため2枚目は、色々な国の言葉がまぜられ書かれていた。
5か国語を覚えている私ならば、人の助けも辞書も必要なく読むことができる。しかもフェイクで、我が国の言葉で全く違うことが書かれている。言葉を知らない人が見れば全く意味が分からないだろう。
『王都に戻るな』
王都に、戻るな?
『殿下が攫われた。敵国の要求不明』
ポロリと、手紙が手から落ちる。
殿下が、攫われた?
敵国の手に落ちたということ?
エミリーが……。
エミリーが?どういうことなの?
王都に、戻るな?
それは王都が危険にさらされる可能性があるということ?
エミリーを盾に敵国が何か要求するの?ならば、まだエミリーは生きてる?
がくがくと震える手で、落ちた手紙を拾い上げる。
全然頭に入らない、でも、皆の安全のためにも……。お父様から受け取った暗号で書かれた手紙を水で溶かした。それから……。
「ごめんなさい、気分がすぐれないので、今日は宿で休ませていただいても……」
王都行きを阻止する。
★★エミリーサイド★★
「あはははっ、勝ったと思って油断するからこうなるんだ!」
油断。そうだ、確かに油断していた。
いいや、違う。油断ではなく浮かれていた。
王都に帰ったら、リリーと会える。
戦争を勝利に導いたとして、父に……いいや、陛下に一つ望みをかなえてもらえる。
だから、自ら進んで戦争に行くと言ったのだ。
望み……それは皇太子の地位を降りること。幸いに優秀な弟が僕にいる。
皇太子の座から降り、なんなら王族からも抜け、適当な爵位を貰って、ただの貴族の一人として……。
リリーと二人で幸せに暮らすことを想像して、浮かれていた。
まさか、味方に敵が紛れ込んでいたとは。
両手両足を縛られ、どこかに運ばれた。
「交渉が終わるまでここに入ってろ!」
廃屋だろうか。ところどころ荒れた屋敷の、小さな明り取りの窓のある狭い部屋だ。
どんっと、背中を押されてよろめく。
「おい、武器を隠し持っているかもしれない。確かめてから放り込め」
頭の回る男の言葉に、思わず舌打ちをしそうになった。
ブーツに小さなナイフが仕込んである。それを何とか取り出して縄を切って脱出を試みようと思っていたところだ。
「ありました、ナイフです」
「他にもないかよく探せ」
残念ながらそれ以上は探しても出てはこない。
「なんだこれは?」
胸ポケットから、小さな四角い木を盗られた。
「うわっ、不気味な絵だな、魔除けのお守りか?」
リリーが私のためにくれたのよっ!汚い手で触らないでちょうだい!返してよっ!
と、叫びたい声を必死に抑える。
「あははっ。お守りを持っていても、役に立たなかったな!ざまぁ!」
男が、リリーから貰った大切な裁縫セットを床に投げつけた。ガシャンと音を立ててバラバラになった。
「おい、行くぞ」
身体検査をしていた男は他に何もないと確認すると、部屋を出ていく。
ガシャリとドアに鍵がかけられる音がした。
朽ち果てかけている屋敷のドアなど、体当たりを何度も繰り返せば鍵ごと壊して出て行けそうだ。だが、あいにくと両手両足を縛られた状態では十分に力をドアにぶつけることができない。
今頃、僕が攫われたことで、騒ぎになっているだろうか。
交渉とは何を要求するつもりだろう。
くそっ。
小さな窓から差し込む月明かりがリリーのくれた裁縫セットの残骸を照らし、キラリと何かが光った。
「……これは……」
壊れた裁縫セットから、3センチほどの刃が出ていた。
「そうなのね……糸を切るための刃を、木で挟んであったのね。そうよね、糸の幅だけの刃物なんて逆に作れるわけがないものね……」
両手両足の縄を切りながら今後の行動を考える。
縄を切って自由になったことは知られないようにしながら、機会をまとう。入口には見張りが立っているだろう。
助けは来るはずだ。来ないとしても、交渉が進めば、僕が無事な姿を見せろだとか、人質と交換だとか何らかチャンスは訪れるはずだ。
リリー……。待っていてね。
バラバラになったお守りをもう一度組み立てて胸ポケットにしまう。
大丈夫よ。私にはあなたがついているんだもの。リリー。ぜったいにあなたの元に帰るから、待っていてね……。
リリー、私の、リリー。
★★




