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そうだよ。そうだよ。異性じゃないもの。エミリーは。だから、好きな男性のタイプを聞かれて答えるわけにはいかない。
きっと私も、色々な男の人を見れば、自分が好きなタイプも分かるようになるんじゃないかな。それで今みたいに、どんな人がタイプなの?と、楽しくエミリーと会話をするんだ。別に、結婚したいということ以外にだって、だれそれがカッコいいだのいう話はみんなしているんだよね。侍女たちの噂話も良く耳にするし。……とはいえ、私に男の人の噂話を聞かせるなといわれたのかここ数年はぱたりと聞かなくなった。お父様が気を回してくれたのかな。
宿に入ると、机の上に書きかけの手紙とペンを取り出す。
シェミリオール殿下当ての手紙だ。まずは当たり障りのない挨拶から。祝勝会で渡す予定なので無事に帰還したこと、軍を率いて勝利に導いたことなどを書き記す。
それから……。
『婚約の申し出のお話ですが、もう一度お考え直しくださいませ。他にもっとふさわしい方がいらっしゃいます。』
と、そこまで書いてある。続きは、他の誰かに万が一見られても問題ないようにとアレルギーや心が女だということや、これから密会する方法なんかも書かないほうがいいだろうと思ったところで筆が止まってしまいかけていない。
だけど。
「ローレル様は、皇太子妃の座など望んではいない……」
ポロリと涙が落ちた。
だとしたら、私が偽装の婚約者になっても構わないかもしれないという気持ちがよぎる。だけど、問題はそれだけなのか……。
書きかけの手紙の上に載せた手をぐっと握る。紙がくしゃりと丸まった。
もう少し心の整理をして、書き直そう……。
ベッドの中に入り、目を瞑る。
……ローレル様の屋敷でアレルギーに困ることは1度もなかった。
お父様がお願いしてくれてたというのもあるけど、男性アレルギーであるということには振れずに伝えただけなのに。
もしかしたら、私……もっと外へ出ることができるんじゃない?
舞踏会では倒れそうになったことが何度かあったけれど、それは男性に触れられた時だ。
近くにいるだけならば、強いアレルギーが出ると言ってもせき込んだりするだけ。体調がすぐれないと言ってその場を離れれば済むことなのかもしれない。
「また、仮病ですわ」
エカテリーゼ様の言葉が頭をよぎる。
……しょっちゅうせき込めば仮病だと思われるのか。それとも体が弱いと思われるか。どう思われるかは分からないけれど……。




