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「パティシエほど素晴らしい物はできませんが、クッキーなど簡単な焼き菓子を作っているんです」
「アンナはね、作ったお菓子を孤児院に差し入れしているの!」
ハンナ様がアンナ様のことを自慢げに話し始めた。
「まぁ、素敵ね」
ぎゅっと胸の奥が捕まれる思いだ。
皆すごい。ローレル様も素敵だけれど、アンナ様も立派だ。それに比べて私……。
皆の話を聞きながら、馬車の中でずっと考えていた。
私なんか……と考えている時間があるなら、私にも何かできることを考えよう。
成長するんだ。
私だって、ダメなままじゃない。
できることがあるはずだ。
男性と距離を保つことさえ出来ればアレルギーも大したことがないのだ。酷くアレルギーが出る人には近づかなければいい。
いいや、近づかさせなければいい。
腐っても公爵令嬢。私の気持ちを無視して近づける人なんて、国には多くはいないのだから。
……ん?
あら……?もしかして、私、婚約者を探すという目的を取りあえず置いてしまえば、社交界に顔を出せるようになるのでは?
ローレル様やハンナ様やアンナ様と一緒に行動していればいいんじゃないかしら?ダンスを踊る以外、男性と振れることなど無いでしょうし。
公爵令嬢にいきなりなれなれしく接してくる男の人なんていない……んじゃ……。
女性だけのお茶会を催すこともできるでしょうし。
……あら?
あれ?
私なんて、男性アレルギーがあるから、あれも、これも、それも、できない、無理、役立たずだと思っていたけれど。
もしかしたら、そうじゃないのかもしれない。
私に何ができるのか。
私にしかできないことがあるかもしれない。
私には、もっと、もっと、色んな事が出来る。
その日の夜は、布団の中に入るとワクワクが止まらなかった。
何をしよう。何ができるか。
ファッションリーダーとして活躍するのもいいかもしれない。
かかとが20センチある靴……。そうだ。女性たちと話をすれば、何か困っていることを知ることができるかもしれない。それを解決できたらいいのに。コルセットが苦しいのは何とかしてあげたい。ウエスト部分に大きな飾りがつくようなデザインのものはどうだろう。
腰ではなく胸のすぐ下からスカートが広がるようなデザインは?うーん、想像があまりできない。
デザインセンスがあるわけじゃないのよね。こういうのはできないのかと言うと、仕立屋の優秀なデザイナーさんがぱぱぱっといくつもデザインを考えてくれるの。
だから、まぁ、私の手柄というにはおこがましいんだけれど。
■
他には何ができるかな。
そうだ。アンナ様はお菓子を作って孤児院へ顔を出していると言っていた。私も連れてってももらえないかな。
孤児院には男の子もいるだろう。子供なら大丈夫だろうか?そんなことも自分のことなのに知らない。
ああでも、孤児院に行ってどうするの?寄付をする?でも、そのお金も結局はお父様の物だ。
私が何かしてあげられることはないの?
アンナ様と一緒にお菓子を作らせてもらう?……ああ、ダメ。それは手伝わせてもらうだけだもの。もしかしたら逆に足手まといになって邪魔になってしまうかもしれない。
私にできることを考えなくちゃ。
エミリーとの婚約の話は、無かったことにしてもらおう。
ローレル様や他のもっと相応しい人がいる。ローレル様なら……エミリーの事情を知ってもきっと悪いようにはしないはずだ。
ううん、でも、もしかしたらローレル様は事情を聞いたらエミリーとは婚約したいと思わないかもしれない。
……もし、そうなら……。エミリーが他の誰とも婚約しないのなら、私なんかでも。
ハッと、して頭を振る。
まただ。また、私なんかでもって。
エミリーやローレル様が恥ずかしくないように成長するんだ。友達として見捨てられないように。呆れられないように。
公爵令嬢ということを公表して、お茶会やら舞踏会やら開くようになれば、皇太子だって招ける。秘密裏にという形にしたっていい。
表立って女性を紹介するためという理由にして、影で二人で合うことだってできるようになるはずだ。
ああ、そうだ。お兄様に協力してもらうこともできるかもしれない。皇太子とお兄様に交流はもちろんあるから。
大丈夫。
偽装の婚約なんてしなくたって、私とエミリーは友達でい続けられる。会える。
まずは、そう。きっと、戦争が終われば祝勝会が王宮主催で開かれるはずだ。公爵令嬢リリーシェンヌとして、正面からエミリーに会いに行こう。
エミリーは驚くかな。ああ、そうだ。手紙を書いて持って行くのはどうだろう。通常のルートで出した手紙では、誰かのチェックが入るだろう。だけれど、直接手渡したものは、エミリーしか見ないはずだ。どうせなら、めいっぱい可愛い手紙にしよう。
私の趣味だということで、いくらだって可愛くしたって、エミリーが手にしていても不審がられるようなことはないだろうし。
ああ、でも万が一誰かの目に触れることを考えた内容にしなければ行けないわよね。




