密偵に愛された公爵令嬢
学友からアレックス王子と知らない女性が腕を組んで歩いているのを見たと聞きました。
ですから我が家の密偵に探らせることにしたのです。
第1王子アレックス様と公爵令嬢クローディアの私は婚約しているのです。
放置していると取り返しのつかない状況になるかもしれないと危機を抱きました。
「第1王子に纏わり付いている女は隣国の間諜です。情報を得る事を目的とし、あわよくば妻となり売国行為を続けるつもりです。」
流石は公爵家お抱えの密偵。
素晴らしい情報収集能力ですね。
危険だと思った私の勘は正しかったようです。
殿下にお伝えする前にお父様に相談する必要がありますね。
「証拠は集めてあるのですか?」
「はい、問題なく。」
流石です。
密偵に私からも褒美を与えなければなりませんね。
「素晴らしい仕事には褒美が必要です。貴方は何を望みますか?」
「私は貴方の全てが欲しいです。」
な、なな…、何ですって…。
望みが私の全てだなんて思い切った褒美です。
私を動揺させるとは中々やりますね。
「今のは冗談ではないのですね?」
「勿論でございます。」
密偵は妖艶な笑みを浮かべました。
「貴方と結婚する為に公爵家当主夫妻の根回しは万全です。」
とんでもないことを言っています。
殿下と婚約中の私と結婚することに両親が納得しているのですか。
「貴方、仕事が早すぎませんか?私が嫌だと言っても結婚できるのですか?」
やはり私が嫌だと言えば結婚できないのでしょう。
寂しそうな顔をしています。
「外堀を埋めて結婚することは可能です。しかし、それは私の本意ではありません。」
発言の内容が重すぎます…。
結婚は密偵の気持ち次第で行えるという事ではありませんか。
理解の及ばない所まで話が進んでいる気がします。
「時間さえ頂ければお嬢様を私の虜にすることも可能だと考えております。」
この自信はどこから来るのよ。
少しドキドキしてきました…。
「貴方の身元は調べてあります。教会で育てられた孤児ですよね?」
密偵は少し恥ずかしそうに口を開きました。
「そうです。お嬢様が教会に寄付をしに来てくださった日に一目惚れをしました。まずは公爵家で雇って頂く為にあらゆる情報を集め自分の売り込みを行いました。」
彼が家に来た時期とお父様の出世が重なっていることに気づきました。
まさかとは思いますが…。
「お父様が宰相になれたのは…、貴方のお陰でしょうか?」
「勿論です。王家の不正を徹底的に調べ上げ、その情報を利用して宰相の位を頂いたのです。」
思ったことを素直に聞いてみました。
余りにも出来過ぎた話だからです。
「孤児がそこまで情報収集できるものなのですか?」
「ただの孤児ではできないでしょう。お嬢様を愛した孤児だからこそだと思います。」
ふふーん!
攻めてきますね。
少しずつ私を虜にするつもりなのかしら?
顔は悪くないし私一筋だし結婚してもいい気がしてきました。
「貴方の調査だと私はこの後どうなるのかしら?」
「デビュタントで第1王子に皆の前で婚約破棄を宣言されます。」
見せしめですか…。
性格の悪い方だと知っておりましたが最低ですね。
「お嬢様が色々な嫌がらせをしたと追及し、最低な女性だと罵った後に、浮気相手と結婚するとこを発表するでしょう。」
あぁ、残念ながら殿下の性格だと想像できてしまいます。
「私はその場にいても問題ないのかしら?」
「問題ありません。国王を使い第1王子を廃嫡させ第2王子を王太子にすると発表させます。」
国王陛下を使うのですね…。
密偵の想定通りにいかなかったとしても私は婚約破棄されるのでしょう。
私と密偵は一蓮托生ですね。
「ところで貴方の名前を聞いておりませんでした。名前を教えて頂けないかしら?」
「ありません。公爵家専属の密偵です。」
密偵は静かに告げましたが私は驚きました。
「名無しと結婚はできないでしょ?貴方にしては抜けているのではなくて?」
密偵は満面の笑みを浮かべました。
「私の初めては全てお嬢様に捧げる所存です。名前も付けて頂けたらと思っております。」
ふふふーん!
凄い攻めてきますね。
「では今からクリストファーと名乗りなさい。私はクローディアで構いません。」
しかし、孤児と公爵令嬢の結婚は流石に無理があります。
「まずは貴方の立場を平民から変える必要がありますね。我が家の婿養子になってもらいます。」
クリストファーは嬉しそうです。
「心配ございません。既に養子縁組の書類は用意してございます。私の名前を記入するだけでしたので今書類が整いました。」
はぁ…。
公爵家は安泰ですね。
「デビュタントまでもう少しですね。」
「クローディア様も楽しみにしていてください。」
「ディアと愛称で呼んで構いません。貴方と結婚しますし言葉遣いも普段通りで構いません。私も貴方をクリスと呼びます。」
あれ…。
プルプルと震えていますが大丈夫でしょうか?
「嬉しすぎて体が震えてしまいました。」
クリスは体で喜びを表現していたみたいです。
私はワクワクしていました。
デビュタントに1人で参加することを考えると少しだけ寂しかったですけれど。
デビュタント当日。
私に合わせた綺麗なドレスと装飾品が届きました。
クリスが用意したのかしら?
彼の髪と同じ色のドレスです。
それ程のお金をどこから…。
彼を心配する必要はありませんね。
私はデビュタントに向けて着飾りました。
そして屋敷の扉を侍女に開けてもらうとクリスが馬車の前で立っていたのです。
「やはり美しい!私の見立てで間違いはなかったようです。なんて素晴らしい日でしょう!ディアと一緒にデビュタントに参加できるなんて…。」
今日は殿下に婚約破棄を宣言される最低な日になるはずでした。
それなのに幸せに感じることができるのはクリスのお陰ですね。
「ありがとう、クリス。これからもよろしくね。」
「勿論だよ、ディア。」
会場に着くとザワザワとしていました。
中に入ると理由に気づきました…。
殿下には例の女性が撓垂れ掛かっています。
殿下の後ろに控えているのは取り巻きの方ですね。
恩を売るつもりなのかもしれませんがどうなるのでしょう。
「クローディア、婚約者である私がいるのにも関わらず他の男と入場とはどういうつもりだ!やはりコリンナの話は事実であったのだな。」
婚約者を放置してこのようなことが言える殿下は厚顔無恥なのでしょう。
そして殿下の隣にいる女性の名前を私は知りませんでした。
「コリンナ様は殿下の隣にいる女性のことですか?初めてお会いしたので名前も存じ上げておりません。」
私の言葉を聞くとコリンナ様は目に涙を浮かべ始めました。
すぐに泣けるなんて舞台女優の才能がありますね。
「クローディア様、何故そのような嘘を吐くのですか?私の教科書をビリビリに破いて目の前で捨てたり、食堂でわざとぶつかったり、水をかけたり、階段から突き落としたこともあるではありませんか。」
何を言われても知らないのです。
問題が起きないように学園には貴族舎と平民舎がありますが平民舎に通っているのでしょう。
「私に話し掛ける許可を与えた覚えはありませんが不問にしましょう。目撃者はいるのですか?」
コリンナ様は私の発言に頬を膨らませた後に嫌らしい笑みを浮かべましたが、私以外には見えない角度なのでしょう。台詞を覚えたら舞台に出られますね。
間諜なのが残念です…。
「私の後ろに集まってくれた方たちが証言してくれます。」
流れは理解しました。
これからどうすれば良いのか考えているとクリスが私に微笑みました。
「今はまだ王子も言いたいことがあるのでしょう。先にそれを言うべきではありませんか?」
流石クリスですね。
殿下を相手にしているとは思えない発言です。
今はまだ殿下なのですね…。
「偉そうに…。誰に向かって発言している!まぁ、今だけは見逃してやろう。私とコリンナを祝福する日だからな。クローディア、君と婚約破棄し私はコリンナと結婚することにしたよ。」
クリスは満足げに拍手を始めました。
「今の発言はここにいる皆が証言者となります。覚悟して下さいね。」
暫く拍手を続けた後に周りを見て納得したように見えました。
「国王を呼んできなさい!」
クリスの発言で何故か国王陛下を呼びに行く衛兵がいます。
この状況が私には理解できません…。
本当に私の旦那様は頼もしいですね。
少し待つと国王陛下が衛兵に連れてこられて驚いている方が多いです。
そして陛下は既に顔色が悪いです。
「お久しぶりです、国王。」
クリスは国王陛下に会ったことがあるみたいです。
敬意は微塵も感じませんけれど。
「お前は…。」
呼び出された国王陛下は不快感を隠そうともしていません。
しかし、陛下の言葉を遮ってクリスは話し始めました。
「クリストファーです。公爵家の養子になる書類を提出しましたが見ていないようですね。」
公爵家の養子になるためには国王陛下の許可が必要です。
陛下は却下すると言いたげな顔をしています。
それを見たクリスの笑みが深くなりました。
「国王、真面目に仕事しなければ私の集めた情報がばら撒かれます。気をつけてください。」
クリスに脅された国王陛下は今にも倒れそうな青白い顔をしています。
何かの悪い冗談にしか思えません。
「国王、私の話していた通りの結末を迎えたのです。ここで皆に宣言をお願いします。」
国王陛下は立っているのがやっとの状態に見えます。
息子が他国の間諜と親密であることを公開すれば王家の信用は失墜するでしょう。
しかし、陛下はこの場で公開するしかないのでしょう。
クリスの集めた情報がとても気になります。
「アレックス…、お前は王子でありながら他国の間諜と繋がり結婚するなどと…。間諜に唆されたお前に王子の資格はない。廃嫡し間諜と同じく平民牢に入れて取調べだ。アレックスの後ろにいる輩も取調べなければならぬ。衛兵、まとめて連れていけ。」
会場は凄い熱気に包まれました。
王子が他国の間諜と結婚するところだったのです。
前代未聞の醜聞です。
「今回の件を未然に防いでくれたのは第2王子であるベネディクトだ。ベネディクトを王太子とすることに異論のある者はおらぬであろう。」
続く陛下の発言により新たな熱気に包まれました。
「ベネディクト殿下がそこまで凄いとは…。」
「これで王国も安泰だ!」
皆がそれぞれの言葉で安堵を口にします。
クリスは私の耳に「秘密ですよ」と囁きました。
もう限界だわ!
クリスの虜になるのは仕方ないでしょう。
私の為にここまでしてくれる男性は世界でクリス唯一人です。
17歳の誕生日にクリスと結婚しました。
そのときに気づきました…。
クリスは何歳で誕生日はいつなのか知りません。
「クリス、誕生日と年齢を教えてちょうだい。」
「勿論今日です!年齢も17歳です。私の全てはディアと共にあるのですから。」
クリスの愛が重すぎて溶けてしまいそう。
恥ずかしさを我慢してクリスに今まで聞けなかったことを聞いてみましょう。
「ねぇ、クリス。他にどのような秘密を知っているの?」
「秘密を知りたいのでしたらベットの上で話しましょう。」
恥ずかしさで私の顔は真っ赤になっているでしょう。
体が熱いです…。
私に全てを捧げてくれた密偵は私の全てを奪っていきました。
毎日溶けてしまいそうです…。
少し甘い話を書いてみたかったので勢いで書きました。
楽しんで読んでいただけたら幸いです。
2024/04/05
見直して修正しました。